三章*悪妻、推しを退職させる(3)
人事部門の長官は私の兄である。
人事部門のドアは礼儀正しくノックする。メイドが扉を開き、兄のもとへと案内してくれる。
「ああ、ルピナ、よく来たな」
お兄様は一番奥にある立派なマホガニーのデスクから立ち上がった。
「お兄様!」
私はにこやかに微笑むと、小走りで駆け寄った。
「コラ! ルピナ、はしたないぞっ!」
「だって、お兄様に早く会いたかったんだもの」
答えると、お兄様はデレリと相好を崩した。
(お兄様、チョロすぎるわ。こんなんじゃ悪い女に騙されるわよ)
私は内心心配である。
「……ルピナ嬢はこんなにかわいい人なのですか? 噂では悪女だと……」
ボソリと先輩役人に尋ねる新人役人がいて、お兄様は眉をつり上げる。
「ルピナはいつもかわいいが、勝手に見るな。噂に惑わされるとはまだまだだな」
ピシャリと言い放ち、私は思わず噴き出した。
新人役人はきつく目を瞑り、ピシリと居住まいを正すと、直角に礼をした。
「申し訳ございませんでした!」
ほかの役人たちは目を泳がせている。
「さて、なんのようだ、ルピナ」
「結局、お兄様のお手を煩わせることになってしまいましたの……。力不足で申し訳ございません」
私はしおらしく俯いて、シオン様の退職届をお兄様に差し出した。
お兄様は中を確認すると、静かに頷く。
「間違いなくこの退職届はこちらで受理した。あとの手続きは任せてくれ」
「ありがとうございます。お兄様」
「予想どおり、魔術部門は受理しなかったか」
「ええ、大切な魔導師とおっしゃっていましたわ」
「ならば、サッサと階級を上げ、役職につければよかったのに。在籍五年でまだ下級魔導師なのは彼だけだ。俺からは勧告を何度もしたぞ」
「お馬鹿なのですわ」
私が答えると、お兄様は苦笑いした。
「おかげで我が公爵家に有望な人材を引き抜くことができたんだ。礼でも言っておかねばな」
お兄様は余裕の笑顔である。
「ところで、ルピナ、例の件は考えてくれたか?」
お兄様が尋ねた。
「あの店の者をこちらに寄越す件ですか?」
「ああ。あの店は便利なんだが、毎度出向くのも面倒だからな」
「駐在できるように、支店を開設させてくださればよいですわよ」
私は軽く答えるが、王宮内に支店を開設させるなど、無理筋だとわかっている。
しかし、要求せずに諦める必要はない。断られたとしても、特に損はないのだ。
お兄様は少しだけ考えるそぶりを見せた。
「わかった、ひと部屋手配しよう」
簡単に了承し、私のほうが呆気にとられる。
「本当ですの?」
「ああ、効率化を考えればそちらがいい」
お兄様はサラリと答えた。
「ところで、駐在の責任者はルピナか?」
私はお兄様の唇に人差し指を当てウインクをする。
「一応オーナーの名は秘密ですの。それに、王宮で働くなんてまっぴらごめんですわ。家には愛しのシオン様がいるというのに」
私が答えると、お兄様は肩をすくめた。
「だいぶご執心だな。小さなころは姿を見かけるだけで失神していたくせに」
「あれは感激の失神でしたのよ! それをお父様もお兄様も誤解して、私とシオン様を遠ざけようとなさるんですもの!」
ふくれっ面を見せると、お兄様はニコニコと笑う。全然反省などしていないのだ。
「悪かったよ。だから今は協力しているじゃないか。許してくれよ」
「冗談ですわ」
私は笑う。
「では、責任者を一度こちらに寄越してくれ」
「承知いたしました」
商談成立である。
私は人事部門のドアを閉めた。
「この部屋で見るルピナ嬢はかわいいですね」
ドア越しに声が漏れてきて、私はビックリした。
「勝手に見るな」
お兄様がすぐさま一喝し、同時に窓際のカラスが飛び立つ。
盗み聞きしていた私は、おかしくて笑った。







