第4話 妹の真実
「申し訳ありません、マグナード様。頼れるのがあなたしかいなくて……」
「いいえ、構いませんよ。僕も首を突っ込んだ側ですからね」
私は、マグナード様とともにエムリーの元に向かっていた。
エムリーと話す際に必要なのは、第三者の存在であった。今の彼女は、何をするかわからない。そのためにも、抑止力となる人が必要なのだ。
それを私は、マグナード様にお願いするしかなかった。悪評が流れた結果、私が頼れる人は他にいなくなってしまったのだ。
「まあ、抑止力という意味から考えると、僕は適切ですからね。何しろ、公爵令息ですから」
「それは……そうなんですよね。マグナード様の意思には反することですが」
「構いませんよ。現実が理想とは違う以上、仕方ないことですからね」
マグナード様は、苦笑いを浮かべていた。
そんな風に話していた私達は、とある場所の前で足を止める。
そこは学園の敷地内にある教会の前だ。エムリーは話す場所として、ここを選んだのである。
「……エムリー」
「お姉様、ですかっ……」
私達が中に入ると、エムリーがしかめっ面をして待っていた。
彼女は、鋭い視線で私のことを睨みつけている。しかし、隣にいるマグナード様を見たことによって、その視線は少し和らいだ。
「これはどういうことでしょうか?」
「第三者の存在が、必要だと思ったのよ。冷静に話し合うためにもね……」
「冷静に話し合う? そのようなことが、できると思っているのですか!」
エムリーは、床に紙を丸めたものを叩きつけていた。
それがなんなのかは、すぐにわかった。恐らく両親から届いた手紙であるだろう。
「やはりあなたにも、手紙が届いていたようね?」
「ええ、届きましたとも。この忌々しい手紙がっ……」
「あなたにとっては、そうなのかもしれないわね」
ここに来て最初に言葉を発してから、エムリーの様子はおかしい。
いつもの彼女とは違う。かなり動揺しているようだ。
最早彼女には、私に対して怒りを向ける余裕すらないように思える。手紙の内容によって、乱心しているだけといった所か。
「わ、私がお父様とお母様の子供ではないなんて……そんなのは嘘に決まっています!」
「……そのような嘘なんて、つくはずがないでしょう」
「嘘です! 嘘です!」
エムリーの出自には、とある秘密が隠されていたらしい。
どうやら彼女は、お母様の妹夫妻、つまり私にとっては叔母夫妻にあたる人物の娘であるそうなのだ。
私達が物心つく前に亡くなった夫妻の子供を、お父様とお母様が引き取った。それがルヴィード子爵家の隠されていた事情なのである。
「エムリー、落ち込んでいるあなたにこんなことを言うのは、流石の私も酷だと思うけれど」
私は、ゆっくりと言葉を紡いでいた。
妹のことは、今まで疎ましい存在だと思っていた。今回の件においても、私は事実を知った際に勝ち誇っていたくらいである。
ただ、絶望している妹の顔を実際に見てみると、怒りや憎しみという感情は消え去っていた。
とはいえ、それでもエムリーにルヴィード子爵家を渡す訳にはいかないと思っている。故に私は、淡々と事実を伝えることにしたのだ。
「お母様は、ルヴィード子爵家に嫁いできた身であることは、あなたもわかっているでしょう。つまり、あなたはルヴィード子爵家の後継者にはなり得ない」
「くっ……」
エムリーには、ルヴィード子爵家の血は流れていない。
彼女は、母方の家系の後継者になり得ても、ルヴィード子爵家の後継者になることは不可能なのである。
それは最早、生まれ持った血筋の問題だ。私達の世代で何をしようとも、変えることができない。例え私を葬り去ったとしても、エムリーがルヴィード子爵家を手に入れることはない。
「お父様とお母様も、頃合いを見てあなたに話すつもりだったのでしょうね。まあ実際の所、二人はあなたのことを本当の娘だと思っているでしょうけれど」
私とエムリーの仲は悪いが、お互いに両親との関係が険悪だったという訳ではない。
だからこそ、妹は深く傷ついているのだろう。彼女にとっては、アイデンティティの崩壊に近しいことが起こっているのだから。
「エムリー、あなたには色々と思う所はあるけれど、しかしそれでも、どれだけ憎み合っていたとしても、私もあなたのことは妹だと思っている。その認識は、今更変えようがないものなのでしょうね」
「……」
私としても、今更エムリーのことを他人だと思うことができるという訳でもない。
私と彼女は、仲の悪い姉妹だ。その関係性が変わる訳ではない。それは事実なので、一応伝えておくことにした。
「さて……今回の件であなたに非があると認めるのは、こちらとしても不利益になる訳だから、このままならあなたはルヴィード子爵家から排除されることはないわ。だからこれ以上悪事を働かず、大人しくしていることね」
「私を飼い殺しにするということですか?」
「ええ、適切な関係を築いていきましょう」
私の言葉に、エムリーは項垂れていた。
最早彼女には、抵抗する力など残されていないだろう。その様からは、それがとてもよく伝わってくる。
これでエムリーとの争いは終わりだと思っていいだろう。もちろん、油断するべきではないだろうが。
◇◇◇
「……イルリア嬢、どうかされましたか?」
「いえ、思っていたよりも、穏やかにことが解決したので……」
「拍子抜け、という訳ですか」
私は、マグナード様と一緒に歩いていた。
思い出すのは、先程のことだ。エムリーとの話し合いに決着がついた。それ自体は、喜ばしいことではある。
しかしながら、もう少し拗れるものだと思っていた。エムリーが思っていたよりもしおらしい態度だったため、マグナード様が言っている通り、拍子抜けしているのかもしれない。
「ああ、すみません。そんなことよりも、マグナード様にお礼を言わなければなりませんね。本当にありがとうございました。こんなことに同行してもらって……」
「いいえ、お気になさらないでください。僕はただ、あなたの友人としてついて来たというだけなのですから」
私が感謝を述べると、マグナード様は涼しい顔で返答してくれた。
初めは色々と警戒していたものだが、彼は本当にとことん良い人だ。そんな彼のことを疑っていた自分が、本当に恥ずかしくなってくる。
「これからも困ったことがあったら相談してください。実の所、僕は友人も少なくてですね。これからも仲良くしてもらえるとありがたいのです」
「……」
マグナード様の言葉に対して、私は恐れ多いことだと思ってしまった。
ただ、それを口に出すのはやめておく。それを言うと、彼はきっと悲しむからだ。
恐らく、多くの人も同じ理由でマグナード様と友人になれないでいるだろう。それなら私は、その考えを捨て去るべきだ。
「それは、こちらがお願いしたいことですよ。マグナード様という心強い友人のお陰で、私はここ数日間で何度も救われてきましたから」
「……あなたの力になれたのなら何よりです。ああ、でもあなたの戦いはまだ終わったという訳ではないのでしたね」
「……ええ、そうですね。まだ一人、話をつけないといけない人がいます」
私は、マグナード様の言葉にゆっくりと頷いた。
今回の件に関わっているもう一人の人物と、私は話をすることになるだろう。
そちらに関しては、エムリーよりも攻め立てなければならない。今回の件に関する非を彼には全て背負ってもらう必要があるのだ。
「その時にも、力をお貸ししますよ。といっても、基本的には同席して中立な立場を貫かせてもらいますが」
「もちろんです。それが私にとっては、一番ありがたいことですから」
マグナード様の協力には、心から感謝している。
彼と親しくなれたことは、なんとも幸運だった。私は改めてそれを認識するのだった。




