第25話 各所への挨拶
「おめでとうございます、ととりあえず言っておきましょうか。まだどうなるかはわからないということですが、お二人ならきっと大丈夫だと、私は思っていますよ」
「ありがとうございます、ミレリア嬢」
私とマグナード様は、とりあえずルヴィード子爵家に向かっていた。まずお父様とお母様に、今回の話を了承してもらう必要があるからだ。
その道中、私達はアークウィル伯爵家に立ち寄った。ミレリア嬢にも、今回のことを報告しておきかったからである。
そんな私達のことを、彼女は快く受け入れてくれた。その快闊な笑顔からは、私達のことを祝福してくれていることが伝わってくる。
「でも、私からすると、少々時間がかかり過ぎたような気もしますね。まあ、お二人も色々とありましたから、仕方ないことなのかもしれませんが……」
「それに関しては、僕の不徳の至る所ですね。父上との話は、随分と前についていた訳ですし」
「マグナード様は、思っていたよりも奥手だったのですね」
「ミレリア嬢は、僕にどのような印象を抱いていたのでしょうか?」
「てっきり、もっと肉食系なのかと」
「肉食系……?」
ミレリア嬢の言葉に、マグナード様は首を傾げていた。彼女の言っている言葉の意味が、よく理解できていないのだろう。
それにしても、ミレリア嬢はやけに生き生きとしている。以前も思ったことではあるが、彼女は恋愛的な話が好きなのかもしれない。
「でも、マグナード様のお兄様は、中々に厳しい方なのですね。いえ、お父様が寛大であると考えた方がいいのでしょうか?」
「ああいえ、兄上も普段はとても優しい方なのですが……まあ、今回の件は家に関わることですから、殊更厳しいのかもしれません」
「まあ、その辺りは中々に大変なものですからね……」
マグナード様の言葉に、ミレリア嬢はゆっくりと目をそらしていた。
もしかしたら、自分とヴォルダン伯爵令息の婚約を思い出しているのかもしれない。彼女はそれに、ひどく翻弄されていた訳だし。
彼女の気持ちは、わからないという訳ではない。私も、ロダルト様との婚約で色々と困らされたからだ。
「私からしてみれば、家同士のことなんて下らないことなのですけれどね。それで結局、家は大変なことになっている訳ですし、無理な婚約はいつか不和を招くことになる」
「ミレリア嬢……」
「ああ、すみません。暗いことを言う場ではありませんね」
ミレリア嬢は、そう言って苦笑いを浮かべていた。
いつか彼女にも、良き縁が訪れればいいのだが。その笑顔に、私はそんなことを思うのだった。
◇◇◇
ルヴィード子爵家に戻ってきた私は、お父様とお母様に今回の件を報告した。
初めは驚いていた二人だったが、すぐにこの件を了承してくれた。公爵家との縁談は、やはり嬉しいものだったのだろう。二人は、笑顔を浮かべてくれている。
「……少し安心している」
「安心、ですか?」
「ああ、お前には苦労をさせてしまったからな。ロダルト子爵令息との婚約に関して、色々と迷惑をかけてしまった。本当にすまなかったな」
そこでお父様は、私にゆっくりと頭を下げてきた。
その謝罪に、私は困惑してしまう。なぜならそれは、お父様に責任があることではないからだ。
「エムリーのことも、謝らなければならないわね。あなたとあの子の不和に気付いていながら、私達はそれをどうすることもできなかった。ごめんなさい。あの子のことまで、あなたに背負わせてしまって……」
「お母様……」
続いてお母様も、私に謝罪をしてきた。
私とエムリーの関係について、両親はやはり薄々察していたということだろうか。
ただ、それも謝罪されるようなことではない。私とエムリーは、争い合っていた。それについて謝罪されるのは、私が侮られているかのように思えてしまう。
「お二人とも、顔を上げてください。私は謝罪なんて求めていませんから」
「……そうだな。私達が言いたいことは、そういうことではない」
「ええ、イルリア。私達が言いたいことは要するに、あなたがマグナード様と出会えて、愛する人を見つけたということが嬉しいということなの」
「それは……」
私の言葉で顔を上げたお父様とお母様は、笑顔を浮かべていた。
その笑顔は、ブライト殿下やミレリア嬢と同じ笑顔だ。私とマグナード様のことを心から祝福してくれている。それが伝わってきた。
「……まだ兄上の許可が得られていない状況で、このようなことを言うのは早いのかもしれませんが、僕は必ずイルリア嬢を幸せにします」
「……その点について、私達は心配していません。あなたならば、大丈夫だと私も妻も思っています」
「ありがとうございます」
マグナード様は、真剣な眼差しで両親に誓いを立てた。
それは、私にとっても嬉しいものだ。元々そうしてくれると信じていたが、やはり言葉にしてもらうと心が安らぐ。
「イルリア、いざとなったら私達も協力する。公爵家であろうとなんであろうと、関係はない。私も妻も、お前が愛する人と結ばれることを望んでいる」
「それが私達にできるせめてもの償い……なんて、思っていないわ。私達はあなたの親だもの。いつだって思いは同じ。娘の幸せを願っている」
お父様とお母様の言葉は、とても心強いものだった。
二人にとって、公爵家との縁談なんてどうでもいいものだったのだ。
それがわかって私は、思わず笑みを浮かべていた。二人の思いが、なんだかとても嬉しかったのだ。
◇◇◇
「気に入りませんね。公爵令息との婚約なんて」
私とマグナード様は、怪我が治ってルヴィード子爵家に戻ってきたエムリーの元に来ていた。
私達のことを聞いて、彼女は不愉快そうにしている。今は以前のエムリーが、前面に出てきているらしい。
「はあ、しかしもう一人の私は、あなた方に別のことを言いたいみたいです。まあ、私にとってはまったく興味がないことですが、仕方ないので彼女に代わります」
「え?」
「……ふう」
エムリーが不思議なことを言った後、彼女の表情はとても和らいだ。
その変化は、まるで別人が乗り移ったかのようである。多分、人格を交代したということなのだろうが、同じ人間でここまで雰囲気が変わるなんて驚きだ。
「お姉様、マグナード様、おめでとうございます」
「ありがとう、エムリー……えっと、あなた達は自由に入れ替われるようになったの?」
「ええ、二人で話し合っている内に、こうなりました。自分でも不思議ですけれど」
エムリーの人格は、かなり安定するようになったようである。もう二人で争い合うような状態ではないということだろう。
いや、これは安定していると言っていいのだろうか。結局は二重人格である訳だし、その辺はよくわからなかった。
ともあれ、今のエムリーを否定するつもりは、少なくとも私にはない。私にとっては、どちらもエムリーだ。そのどちらもが存在しているのは、正直嬉しい状態だ。
「マグナード様、どうかお姉様をお願いしますね。お姉様はお優しい方ですから、物事について抱え込むことがあります。その辺りをどうか、気にしていただければと、私としては思っています」
「え、ええ、わかりました。任せておいてください、エムリー嬢」
マグナード様も、エムリーの変化には驚いているらしい。なんだかその受け答えが、とてもたどたどしかった。
「それでは、私はこれで。基本的には、あちらが主体ですからね」
「え? ああ……」
「……話が終わったなら、さっさと去っていただきたいですね。私の方は、お姉様と話したいことなんて特にありませんから」
元に戻ったエムリーは、鋭い目つきで私達のことを見てきた。
しかし、私達はその視線よりも変化の方に驚いていて、その視線はまったく気にならなかった。
「まあ、そういうことなら私達もこれで失礼させてもらうわね」
「……最後にもう一度だけ。お二人とも、本当におめでとうございます」
「え?」
私達が背を向けて部屋から出て行こうとした時、エムリーはまた祝福の言葉を口にした。
それは、どちらのエムリーが言ったことなのだろうか。振り返った時には、既にいつもの不愉快そうな顔をしていたため、私にはそれがわからなかった。




