第18話 割り切った考え
「ふふっ……」
「お姉様? どうかされたのですか?」
この子のことをあのエムリーだと思ってはいけない。切り離して考えなければ、ならないことだったのだ。
なんというか、今回の件に対する心の整理がやっとついたような気がする。そう思った瞬間、私は清々しい程に明るく笑うことができていた。
「確かにあなたとは色々とあったのは事実ね。でも、そのことを今のあなたに言っても仕方ないことじゃない」
「えっと……でも、そうすることでお姉様の心が少しでも晴れるなら……」
「今のあなたをなじった所で、心なんて晴れないわ。何も知らない少女をいたぶる趣味は、私にはないのだから。それに言いたいことは、皆昔のあなたに言っていたしね」
肩の荷が下りたためか、私の口からはすらすらと言葉が出てきた。
明るく笑うこともできる。こんなにも清々しい気持ちになれたのは、なんだか随分と久し振りのような気もがする。
「言っておくけれど、別に私はあなたにやられっ放しだったという訳ではないの。私だってあなたにやり返していたし、私達の関係は対等だった。その点に関して、私のことをあまり見くびらないで欲しいわね」
「い、いえ、見くびってはいませんが……」
私の変化に、エムリーは困惑しているようだった。
とりあえず今は、捲し立てるべきだろう。彼女に考える隙を与えてはいけない。私の気持ちを一方的に押し付けることによって、エムリーには半強制的に納得させるのだ。
「まあだから、昔のことなんて今のあなたが気にすることではないのよ。私も気にしないことにするから、あなたも気にしないことにしなさい」
「で、でも……」
「はあ……今日は疲れたし、そろそろ寝るとしましょうか」
「え? ええっ? お、お姉様……」
困惑するエムリーを放っておきながら、私は布団を被った。
これだけ私の意識を押し付けておけば、彼女の憂いも少しは収まるだろう。
もし明日も引きずっているような場合は、その時に考える。とにかく今は、呆気からんとしているのが有効だろう。
◇◇◇
「……それで、エムリー嬢のことは気にならなくなったと?」
「ええ、そうなんです。なんというか、もうすっきりしました」
「なるほど、そうですか。心の持ちよう、ということなのでしょうかね……」
エムリーのことを割り切れるようになってから一夜明けて、私はマグナード様と話していた。
昨日のことを話すと、マグナード様は驚いたような顔をした。私の割り切り方というものは、他の人からみたら不思議なものなのかもしれない。
「エムリー嬢はどんな様子なんですか? あなたとのことを気にしていたのですよね?」
「まあ、まだ少しだけぎこちない感じはしますね。でも、多分大丈夫だと思います。私の態度が変わったのは、向こうも察しているでしょうから」
「そういうものですか……」
エムリーの方は、急に私の態度が変わったためか、まだ困惑している様子だった。
ただ、昨日のように気落ちしているとい感じでもなかったし、それ程心配はいらないだろう。
私と彼女の過去のことは、うやむやにしておく方がいい。このまま上手く誤魔化していくことにしよう。
ちなみに件のエムリーは、今は私達の視線の先で、ブライト殿下とミレリア嬢と話している。
エムリーは昨日の内に、二人とは概ね打ち解けて仲良くなっていたのだ。
逆に、私と同じように微妙な感情を抱いていたマグナード様とは、まだほとんど話していないらしい。
「……確かに、彼女を見る目が変わっていますね」
「え? わかるものなのですか?」
「ええ、なんというか、とても温かい目をしているので」
そこでマグナード様は、私の視線について指摘してきた。
その指摘には、少し驚いてしまう。ただ、わからないという訳ではない。エムリーに対する気持ちが変わったのだから、そうなってもおかしくはないだろう。
もっとも、それが他者から見てわかるものだったという事実は恥ずかしい。私はそんなにわかりやすい人間なのだろうか。
「まあでも、確かにエムリーのことは可愛いと思えるようになりました」
「可愛い、ですか?」
「ええ、妹というのは普通はそういう存在なのでしょうけれどね。私は初めてそう思いました。物心ついた頃には、もうエムリーは生意気でしたから」
「そうでしたか」
「……こういう考え方をするのはよくないとは思いますが、あのエムリーは既に死んだ、と思っています。今の彼女は、今の彼女です。それ以上でもそれ以下でもない……」
エムリーの記憶が戻るのかどうかは、わからない。
ただ、それはもう考えないようにするつもりだ。戻った時は戻った時に、考えればいいのだから、今はただ仲の良い姉妹として、彼女と過ごすことにしよう。
「……イルリア嬢は立派ですね」
「え?」
エムリーに関する話が一段落ついたと思った時、マグナード様は急に私を褒めてきた。
その称賛の言葉に、私は困惑してしまう。意図がよくわからないため、素直に喜ぶことができなかったのだ。
「どうしたんですか? 急に……」
「エムリー嬢に対するイルリア嬢の考えが、立派だと思ったのです。寛大というかなんというか、あなたのことを尊敬します」
「それは大げさではありませんか。大体、私が結論を出したのは昨日ですよ? エムリーが記憶を失ってから、かなり経っています」
マグナード様の称賛は、あまり受け入れられるものではなかった。
もしも私が立派な人間であるなら、エムリーが記憶を失った時に、今の結論に達しているはずである。もうかなり日数は立っている訳だし、結論を出すのがむしろ遅過ぎるくらいだ。
「結論を出す早さが立派さに繋がるという訳ではありませんよ。それにあなたは、結論を出すまでの間にエムリー嬢を無下に扱った訳ではない。丁重に扱い、大切にしてきた。あなたのその理性的で優しい所が、僕はすごいと思っているんです」
「そうなのでしょうか……?」
「ええ、そうです」
マグナード様は、私の質問にとても力強く頷いた。本当に、心からそう思っているということなのだろう。
それに対して、私は少し照れてしまう。マグナード様のような人に褒めてもらえるのは、やはり嬉しい。
「もうわかっているとは思いますが、僕はそういう人間ではありませんからね」
「え?」
「僕は激情的で攻撃的ですから。そうではないイルリア嬢のことを好ましく思うのです。あなたを見ていると、思ってしまいます。ロダルト子爵令息やナルネア嬢の件などについて、もっと良い着地点があったのではないかと……」
喜んでいた私は、マグナード様の暗い表情を見て、面食らってしまった。
彼は遠くを見つめている。過去のことを彼なりに振り返っているのだろう。
しかしそれは間違っている。なぜなら、少なくともロダルト様やナルネア嬢の件に関しては、彼一人の責任という訳ではないからだ。
「マグナード様、あの二人の件には私も関わっています。一人で気に病むことではありません」
「いえ、それは……」
「だから私も、完璧なんてことはないんです。まあ、今回は褒めてもらえるような判断をしたというだけで……」
「イルリア嬢……」
私は、マグナード様にそっと微笑んだ。
彼に対しても、明るく振る舞っていくとしよう。その憂いを少しでも払えるように。




