第14話 必要な自省
マグナード様が呼んできた先生方によって、ミレリア嬢は無事に保護された。
かなり憔悴しているようだが、とりあえずは安心していいだろう。保健室の先生が診ていてくれるし、何れはお医者様も来るはずだ。
「さて、お主達から話を聞かなければならぬな」
私とマグナード様、ブライト殿下の三人は、校長先生に呼び出されていた。
当然のことながら、今回の件は学園にとっても大事である。故に、私達は校長先生からの事情聴取を受けることになったのだ。
一年以上もこの学園で過ごしているが、校長先生と話すなんて初めてのことである。
そのため、私は少し緊張していた。一方で、マグナード様やブライト殿下からはそういった感じは伝わってこない。流石に二人は、場慣れしているということだろうか。
校長先生は、長く真っ白なひげを撫でている。
そういえば、私はこの人のことをそれ程よく知っている訳ではない。確か噂では、千年程生きている魔法使いであるそうだが、それは本当なのだろうか。
「ブライトもマグナードも、元気そうで何よりじゃのう。もっとも、元気過ぎたといえるのかもしれないが……」
「うん?」
そんな校長先生の言葉に、私は眉を顰めることになった。
彼は今、なんと言っただろうか。その口調はなんというか、すごく親し気だ。
「ハムドラド様、この度はあなたにご迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」
「まあ、別に俺達に非がある訳ではないと思っているんだがな……」
「ふむ……」
マグナード様やブライト殿下も、とても近しい感じで答えを返していた。
私は明らかに、置いていかれている。ただ、口を挟んでいいかもわからない。
会話の内容的に、この校長先生もかなり高貴な人だと予想できる。私は立場が立場なので、滅多な言葉を口にすることができないのだ。
「おっと、イルリア嬢を置いて行ってしまっているようじゃのう。マグナード、わしらの関係性を説明してくれるか?」
「あ、そうでしたね」
そこで校長先生が、私のことを気遣ってくれた。
それはとてもありがたい。これで真相が分かりそうだ。
「イルリア嬢、校長先生は実の所、僕やマグナードの祖先にあたる方なんです」
「祖先?」
「詳しいことは、俺達もそれ程わかっている訳じゃないんだがな。とにかく、王家を辿るとこの人に辿り着くらしい」
「せ、千年生きているというのは、本当なのですか……?」
「ふぉふぉふぉ。どうかのう?」
驚いている私に対して、校長先生は笑顔を浮かべていた。
薄々わかっていたことではあるが、校長先生はすごい人であるようだ。元々そのつもりだったが、やはり無礼がないように気を付けておいた方がいいだろう。
◇◇◇
「なるほど、事情は大体理解することができた。どうやら、お主達も大変だったようじゃのう」
話を聞き終えた校長先生は、少し困った顔をしながら、そのようなことを呟いた。
彼の視線は、私の方を向いている。私は、この騒動の原因ともいえる。故に色々と思う所があるということだろうか。
「校長先生、イルリア嬢は今回の件における被害者です。彼女自身には、非などありません。それはご理解ください」
「もちろんそれはわかっているとも。彼女にはわしも同情していた所じゃ。しかし、マグナードよ。お主がやったことにはいささか問題があるといえる」
校長先生は、険しい顔をしながらマグナード様のことを見つめていた。
私もブライト殿下も、この呼び出しに関して心配していることは一つだった。
それはマグナード様が非難されることである。ブライト殿下と比べて、彼は明らかにやり過ぎた。ヴォルダン伯爵令息は、結構ひどい状態であるらしい。
「お主らしくもないやり方……とは思わんが、少々派手にやり過ぎたようじゃな」
「自覚はしています」
「ふぉふぉふぉ、お主は変わらんのう。クールに見えるが、その実誰よりも熱い内面を秘めている。わし個人として、そんなお主のことは嫌いではないが、この場においてわしは一介の教師でしかない。平等という観点において、お主の行いを判断せざるを得まい」
校長先生の言葉に、私とブライト殿下は顔を見合わせていた。
まさかこのまま、マグナード様に厳格な罰が与えられたりするのだろうか。公平を重んじるなら、その可能性もある。
「もっとも、ヴォルダン伯爵令息の行いは、もっと非難されるべきものじゃ。お主がやったことを非難する者はおらんだろう。まあ、ガンドル伯爵家からは何か言われるかもしれないが、そうなったらヴォルダン伯爵令息の行いを批判すれば良かろう」
「校長先生、それは……」
「まあ、お主にはそうじゃな……厳重に注意したということにしておこう。反省自体は、お主自身がたっぷりとするじゃろうからな。わしからの話は、以上じゃ」
しかし校長先生は、とても寛大な結論を出してくれた。
そのことに私達は、安心する。マグナード様に罰が与えられないというなら、何よりだ。
「……」
そこで私は、マグナード様が険しい表情をしていることに気付いた。
校長先生が言っていた通り、彼自身が自らの行いを反省しているのだろう。
罰が与えられなかったという事実も、それには影響しているのかもしれない。いやもしかしたら、校長先生はそれを見越して、罰を与えなかったということだろうか。
◇◇◇
「皆さんには、色々とご迷惑をおかけしてしまいましたね……」
「いいえ、お気になさらないでください。そんなことよりも、ミレリア嬢は大丈夫なんですか?」
「ええ、もう問題ありません。まあ、念のため後日、病院には行くことになりそうですが……」
保健室にて、ミレリア嬢は私にはきはきと返答を返してくれた。
彼女の顔色は、すこぶるいい。本人が言っている通り、大丈夫そうだ。お医者様にも診てもらったようだし、多分問題はないだろう。
それによって、私はやっと本当の意味で安心することができた。マグナード様も罰を受けなかったし、ミレリア嬢も無事であるならば、少しは気を緩められるというものだ。
「さてと、病み上がりのあなたに色々と聞くというのは酷なのかもしれないが、大まかでもいいから事情を聞かせてくれないか。あの二人との間に、何があったんだ?」
「特別なことがあったという訳ではありません。廊下を歩いていたら、あの二人が現れて、そのまま校舎裏まで連れて行かれました」
「わかっていたことではあるが、暴漢だな……」
ヴォルダン伯爵令息とムドラス伯爵令息の両名は、凡そまともな感性をしている人達ではない。それはわかっていたことだ。
彼らが心酔していたナルネア嬢は、悪辣な人間であった訳だが、あの二人程に狂気的な人間ではなかった。
彼らを抑えつけていたということに関してだけは、ナルネア嬢のことを称賛せざるを得ない。
「その後、彼らは私のことを非難してきました。私のせいで、報復ができなくなったと」
「やっていることも言っていることも滅茶苦茶ですね。やはり、あの二人はとんでもない人達です。ミレリア嬢の警告がなければ、私もどうなっていたことか……」
ミレリア嬢のことは、私にとって決して他人事ではない。
彼女からの警告がなかった場合、こうなっていたのは私だっただろう。
いやそれ所か、もっとひどいことになっていたかもしれない。本当にありがたい警告だったといえる。
「あの、所でマグナード様はどちらに?」
「え? ああ、彼は少し頭を冷やしたいみたいで……」
「頭を冷やす?」
「あなたは意識が朦朧としていて、気付かなかったか。あいつは、ヴォルダンに対して結構苛烈なことをしたんだ。今はそれを反省している」
「ああそういえば、彼の顎が大変なことになっているとは聞きました。そうですか、マグナード様が……」
マグナード様のことを聞いて、ミレリア嬢は少しだけ笑みを浮かべていた。
その笑みは一体、どういうことなのだろうか。少し気になる。
「私からしてみれば、いい気味でしかないですからね。マグナード様には、良かったらお礼を伝えておいてください。お願いしますよ、イルリア嬢」
「え? ええ、それはもちろん」
「まあ、そういうことならイルリア嬢、あいつの様子を見に行ってくれないか。こういう時には、俺よりあなたの方がいいだろうからな」
「あ、はい。それも構いませんが……」
ミレリア嬢とブライト殿下は、なんだか温かい笑みを浮かべていた。
それを疑問に思いながらも、私はマグナード様の元へと向かうのだった。
◇◇◇
私は、教室まで来ていた。
中を覗いてみると、思っていた通りマグナード様がいた。
よく考えてみれば彼の居場所は知らなかったので、ここで見つかったというのは幸いである。
「マグナード様、少しよろしいでしょうか?」
「イルリア嬢……」
私は少し安心しながら、教室の中に入っていった。
放課後ということもあって、中には彼しかいない。これならミレリア嬢のことなども含めて、色々と話をすることができそうだ。
「ミレリア嬢との話し合いは、終わったのですか?」
「ええ、彼女はマグナード様に感謝していましたよ。ヴォルダン伯爵令息には、散々煮え湯を飲まされていたようですから」
「……なんというか、複雑ですね」
ミレリア嬢からの感謝を伝えると、マグナード様は微妙な顔をしていた。
彼は、感謝されていることについて反省している。だからこそ、素直に喜ぶことなどはできないのだろう。
「やはり、後悔しているのですか?」
「恥ずべきことをしたと自分では思っています。激情に身を任せて、暴力を振るうなんてことは、紳士の行動ではありませんからね……」
「……ミレリア嬢も、それにブライト殿下もそうだと思いますが、私はマグナード様の行動は非難されるようなものではないと思っています。紳士の行動ではないとは言いますが、あの二人がやっていたことは人間とは思えない所業なのですから」
正直言って、私はかなりすっきりしていた。
あのような所業を働いていたヴォルダン様の顎を砕いたくらいで、気に病む必要なんてあるはずがない。むしろ、罰としてはぬるいくらいだと思っている。
ただ、当人として暴力を振るったことを許容できないのが、理解できないという訳でもない。それがきっと、この問題の難しい所なのだろう。
「……もちろん、あの二人に関しては裁かれる必要があるとは思っています。ヴォルダン伯爵令息には申し訳ないことをしたとは思っていますが、それで容赦や情けをかけるつもりはありません」
「それは……」
マグナード様は、鋭い目をしていた。
彼は、敵と認識した人には容赦しない。ヴォルダン伯爵令息やムドラス伯爵令息は、彼とブライト殿下の権力によって、潰されることになるのだろう。
「しかし、自省はします。それは必要なことであると思っています」
「そうですか……」
結局の所、マグナード様の憂いは彼が自分で納得するまで解決しない。
私やミレリア嬢の考えは伝えた訳ではあるし、今はそれでいいとしよう。
これから私にできることは、彼と今まで通りに接することだ。そうやって日常を過ごして、彼の心を癒していくとしよう。




