マクロ(卅と一夜の短篇第10回)
カンカンカンと鳴る踏切。血のような赤色の、めくるめく明滅。
……眩暈……
きのうの夕食は鉄火丼だった。醤油のぬめり、つんとするわさび。
おいしかった。二杯食べた。
マグロは回游しつづける。泳ぎつづけていないと、死んでしまうからだ。
死んだら死んだで氷漬けにされて、解体されて人間に喰われる。
なんとも虚しい、儚い一生であることか。
マグロには、うまれかわりたくない。
プラットホームの人波を見やる。絶望とともに。
「1番線に列車が参ります」と、いつもと変わらぬアナウンス。
ああ、マグロも人間も変わらない。
人間も死ぬまで泳ぎつづけている。
私はもう、泳ぎつかれてしまった。
カンカンカン。
踏切が開くのを待つ、人人人。電車が来るのを待つ、人人人。
きのう食べた鉄火丼は、じつにおいしかった。思いのこすことなんてない。
なんとも虚しい、儚い一生であったことか。
もう人間には、うまれかわりたくない。なににも、うまれかわりたくない。
このまま心静かに終わりたい。
マグロには何千万円という「値」がつく。
そんなものはしょせん、人間が決めた「価値」でしかない。
その規格において、私に「価値」はない。
かつて私も、そんなものを気に病んでいた。
けれどもう、どうでもいいことだ。
死んでしまえば、その規格すら意味がない。
死んだマグロには値がつくが、死んだ人間は毟りとられるだけだ。
カンカンカンと、心地よい音の踏切。
死はすべてに平等である。
マグロも人間も、ただその赤身を晒すだけだ。
ガタンガタンと、滑りこんでくる列車。
眩暈をかかえながら、跳びおりる。
赤色の、めくるめく明滅。
ぶちまけられた鉄火丼。




