放送禁止用語だらけの婚約破棄
「ファンデ・フォビア! 今この場でお前との婚約を破棄する!」
シャンデリアが煌びやかに輝く夜会にて、金髪を流すように整えた侯爵家令息ボネス・ジーンは宣言した。
突然の婚約破棄に、子爵家令嬢ファンデはうろたえる。彼女自慢の波打つ長い髪も悲しげに揺れ動く。
「なぜでございますか……?」
ボネスはフンと鼻を鳴らす。
「お前は男爵家の令嬢マリーナ・ワットに数々の悪口を言ったとされる。これは令嬢として相応しくない行為であり、十分婚約破棄に値する!」
マリーナが待っていましたとばかりにその横に現れる。ぱっと見は儚げな印象を受ける。
「ファンデ様には、バカだの、ブスだの、ノロマだの、色々言われました……」
これ見よがしに両手で顔を押さえる。
ファンデには身に覚えのないことだった。
「私はそんなことしません!」
「しませんも何も、本人から訴えが入った。証拠も揃っている」
ボネスは証言書の数々を見せつける。
捏造されたものであることは明らかだ。
「さあ、婚約破棄を受け入れて、とっとと消えろ」
ファンデはうなずく。
「……分かりました」
「ふん、聞き分けはいいみたいだな」
「ジタバタするのは好きじゃないので。しかし、最後に言いたいことを言わせてもらいます」
「いいだろう、言ってみろ」
ギロチンにかけた囚人の最期の言葉を聞くような心持ちで、ボネスが許可を出す。
すると――
「この……『ピー』野郎が!」
「……ッ!?」
ファンデは聞くに堪えない罵倒言葉を言い放った。
なお、あまりに下品でとても文章として記すことはできないので、以後こういった言葉には『ピー』という効果音を付加させていただく。
「あんたのことはずっと『ピー』だと思ってたのよ! だけど、せいせいしたわ! こんな『ピー』な男と別れられるんだからねえ! 今夜は祝杯だわ!」
ボネスはうろたえつつ、抗議する。
「お、おい……なんて言葉を使うんだ!」
「ああ、あと……そちらのマリーナさん」
ファンデはボネスを無視してマリーナに目を向ける。
「な、なによ」
「バカ? ブス? ノロマ? ……嘘ばっかり。私が本気で人を罵ろうと思ったら、そんなぬるい言葉使うわけないでしょ」
「なんですって……」
「この『ピー』女!」
「な……!?」
ファンデの勢いは止まらない。
「あんた、証拠を捏造してまでこの『ピー』野郎とくっつくつもりだったんでしょ? ったく、とんだ『ピー』だわね! まあ、あんたみたいな『ピー』は、この『ピー』野郎と毎日『ピー』ってるのがお似合いだわ!」
この一瞬で一生分は罵られ、マリーナは顔を真っ赤にする。
「あんたらってホント『ピー』で、『ピー』、『ピー』な『ピー』なんだから!」
スラム街住民が使うような言葉を垂れ流すファンデに、ボネスがついに詰め寄る。
「いい加減にしろ! さっきから下品な言葉を連発しやがって……ここは夜会だぞ、正気か!?」
「はぁ? 意味が分かるってことはあんたも同じ穴のムジナってことでしょうが!」
「うぐ……!」
図星であり、夜会にいた他の貴族たちもどこか気まずそうだ。
「だいたいあんたもよく婚約破棄なんて大胆な真似できたわね! 毎晩『ピー』で『ピー』ってるような変態のくせにさ!」
「お前、なんでそれを知って……あ、いや……」
地味に墓穴を掘るボネス。
「まあ、おおかたこの『ピー』女に、たぶらかされてってとこだろうけどさ! 頭の足りない『ピー』が!」
「ぐぬぬ……」
怒涛の攻めに、ボネスは何も言い返せない。
が、ここでマリーナが反撃に出る。
「さっきから好き勝手言って! あんたみたいなアバズレ女はとっとと退場してよ!」
「うるさい、『ピー』!」
渾身の悪口“アバズレ女”を、即座に十倍ぐらいにして返されるマリーナ。
「マリーナ、あんたこそ『ピー』よ。せいぜい『ピー』で『ピー』して、一生『ピー』して生きていくことね! 『ピー』! 『ピー』! 『ピー』!」
凄まじい罵詈雑言ラッシュを受けて、哀れマリーナは失神した。
多少悪ずれはしていたものの、ファンデからすれば一介の小娘に過ぎなかった。
「さてと、雑魚は片付いたし……いよいよ一対一といきましょうか」
「なにい……!?」
「マリーナは女の子だしだいぶ手心を加えたけど、あんたには本気を出してあげる」
宣言を受け、ボネスは青ざめて震えている。
周囲も「まだ本気じゃなかったのか……」と息を呑む。
「ボネス、あんたは『ピー』よ! 『ピー』野郎の『ピー』の分際で『ピー』! 『ピー』が『ピー』して『ピー』で『ピー』が『ピー』! 『ピー』『ピー』『ピー』『ピー』『ピー』! 最後におまけに『ピー』!」
もはや発言のほとんどを伏せなければならないレベルだ。
最上級レベルの罵倒を受けたボネスは、泡を吹いていた。そして――
「僕の……負けだ……」
遺言のようにつぶやき、マリーナのように卒倒した。
二人を倒したファンデはため息をつく。
「ふぅ、終わったわ。同時に私の貴族としての人生も終わりね。なにか別の生き方を考えないと」
すると――
「そんなことはないさ」
突如、銀髪で白いコートを羽織った青年が声をかけてきた。
「公爵令息のシュメルツ・ヴェインという。婚約を破棄されたのであれば、どうか私とお付き合い願いたい」
「は、はい……」
恋とは突然終わりを告げ、突然始まるものだ。
婚約破棄されたばかりのファンデを待っていたのは、新しい恋だった。
***
それからというもの――
「シュメルツ! あんたは『ピー』よ! 『ピー』野郎!」
ファンデのとても文章にできない罵倒を心地よく受け止めるシュメルツ。
「ああっ、もっと激しく罵ってくれ、ファンデ!」
「はいはい、分かりました。公爵家の跡取りともあろう者がとんだ『ピー』ね!」
「おおっ、素晴らしい……!」
刺激と快感にのたうち回るシュメルツを見据えながら、ファンデは思った。
(相手のダメージを気にせず、思う存分罵ることができて楽しいわ。世の中にはこんな恋愛もあるのね)
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




