不老の英雄死す
街の外れ。街から漏れた橙色の明かりが足下をぼんやりと照らす。
「少年、名前はなんていうんだ?」
少年は首をひねる。人に付けられた名前は幾つかあった。
「ツカサ」
少年が答えた名は、かつて異世界から来た女に付けられたものだった。女も大岳拓也と同じ日本という異世界から来ていた。女はこの名前に「死を司るもの」という意味を込めたと言っていた。
「俺の名前は」
「知ってるよ。大岳拓也さんでしょ」
驚いた顔をした大岳拓也は「そうか」と小さく笑った。
「俺を知っている人が、まだ居たのか」
大岳拓也は涙を流した。名前を呼ばれたのはいつぶりだろうか。心に名が染みた。
「ツカサ。君は何者なんだろう?」
ツカサは誤魔化すように笑う。ツカサ自身、自分が何者か知らない。不老不死の異世界人対策本部の一員。人であるか神であるかは分からない。
「それより、闘おうよ。きっと俺なら大岳さんを殺せるよ」
「あぁ。でも俺も、負けると思って戦いはしないよ。自分から死にに行くのは怖いから」
ツカサは腰に下げていた剣を抜く。大岳拓也もそれに習って、刀を抜いた。互いに睨み合う。
ツカサは唇を舐める。人生の物語をスパイスに加えた戦いほど、退屈をしのげるものはない。
ツカサは駆け出し、大岳拓也に斬りかかる。剣は刀に滑らされ、進路をそれた。
英雄であっただけ、大岳拓也は強い。衝撃に耐えうる筋肉と、相手の行動を見抜けるほどの経験を持っている。
刀の振りに性格が現れ、荒れる呼吸に生を感じる。
「えい」
ツカサは大岳拓也の刀を弾き、腹を刺した。何度も刀を交え、大岳拓也の息は上がっていた。
「ツカサ、君は日本人なのかな」
血を流し、大岳拓也は問う。
「違うよ」
「そうか」と答えた大岳拓也は悲しそうだった。
「死ぬのは嫌だ?」
「もう、いいさ」
力尽き、大岳拓也は仰向けに倒れた。
「あぁ、身体が動かない」
呻き、苦しむ大岳拓也は自分の首をそっと撫でた。彼はエリーゼという女の愛に気づいていたのかもしれない。
「さらば英雄よ」
ツカサは剣を振り上げる。
偉大な物語の幕は引かれた。




