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不老の英雄

明るい話が書きたいんですけどね



少年訪れたのはとある町の酒場だ。剣を握り、魔のものを殺すことを生業とする冒険者が集う場である。大岳拓也はここにいる。始末対象の居場所はなんとなく分かるように対策本部の人間は作られている。


真夜中が近づく酒場はたいそう賑わっていた。始末対象はその中にいた。カウンターで酒を飲んでいる男だ。


細身の若い男。とても百年と少し生きたようには見えない。顔は整っているが、華がある美しさではない。長く生きた疲れが、顔には色濃く出ていた。


「お兄さん、こんにちは。一人ですか?」


少年は大岳拓也の隣に腰を下ろす。


「実は俺も一人なんですけど、こんなにたくさん人がいると、一人なのが寂しくなって。お話ししません?」


大岳拓也は目を細めた。ひっそりと息を潜めて存在していたのにも関わらず、声をかけてきた少年に警戒している。


「あ!俺、ゲイとかではないですからね。おっぱい好きです」


大岳拓也がぐっと眉を寄せた。


「何の用だ」


見た目に合わない威圧を含んだ声だった。地獄から響くような声。


「そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか」


少年はそれを笑ってかわす。そして店主に酒を頼んだ。


「酒場で一人きりの人って、何かと面白い話をもってるっていうのが、俺の中での常識なんで。お兄さんもあるでしょ?面白い話」


「人の不幸話がお前の面白い話なのか」


届いた酒を煽り、少年は答える。


「まぁそうかもしれないですね。人の不幸は蜜の味と言いますし。お兄さんもどうぞ」と少年が酒を差し出す。


大岳拓也も酒を口にする。


「言っても、どうせ信じない」


目を伏せ、大岳は呟いた。


「前に話したお兄さんは、異世界からやってきて勇者を任されていたそうです。でも魔王を倒した後のドロドロな大人の事情に耐えられなくなって逃げてきたって言ってました」


その勇者は町娘と結婚し、幸せにす過ごしていた。勇者であった過去も、かつて自分が過ごしていた異世界のことも忘れ、幸せに生きていた。しかしそれは神様から死を下されるまで。


「お前はそれを信じたのか?」


「ええ、まあ」


沈黙が続く。大岳拓也は下を向き、口を閉じては開いてを繰り返す。そしてそんなことをする自分を笑うように鼻を鳴らした後、話し出した。


「俺は歳をとらないんだ」


少年も歳をとらない。それに加えて不死でもある。それを隠し、少年は「へぇ」と答えた。


「異世界から召喚されて以降、歳をとっていない。もう百年も生きた」


「召喚されたってことは、勇者か何かですか?」


少年は何も知らないふりをする。例え過去を知っていたとしても、物語は本人の口から聞く方が面白い。知らぬ事実や細やかな情報が知れるからだ。


「ああ、勇者だった。魔王を倒した、勇者だったんだ」


大岳拓也は確認するように話す。勇者であったことは、遠い過去、幼い頃に読んだ絵本の内容のように、過ぎ去ったものとなってしまっていた。


「異世界に戸惑いながら、仲間を作った。旅を続け、魔王を破る頃にはもうこの世界に馴染んでいた。自分の守った世界が、愛しくも思えた。それに、ともに旅をしたエリーゼのことも」


エリーゼ。大岳拓也を召喚した国の第二 王女だ。彼女と大岳拓也が恋人同士であったことは有名だ。


愛した女の話は、どの英雄もする。優しくなでるように、思い出を話すのだ。だが、この英雄は違っていた。


「そう、エリーゼ。俺を裏切った、エリーゼ」


少年は僅かに目を輝かせた。第二王女エリーゼが勇者を裏切ったという話は聞いていない。二人は中慎ましく、勇者がその姿を消すまで愛し合っていたと聞く。実際、勇者が消えた後も、王女は王妃となったのちも生涯結婚せず、愛を貫いたという。


「エリーゼは俺と結ばれることを望んだ。それも全て、王位が自分へと渡るようにするための策略のうちだったんだ」


「愛し合っていたんじゃないの?」


少年が問うと、大岳拓也は馬鹿にしたように笑った。


「旅路はな。魔王を倒し、国に帰還した頃には、俺は彼女を愛していなかった。俺の首に、奴隷の輪をつけた女だぞ!」


少年は大岳拓也の首を見る。そこには火傷の跡がある。


「俺が日本へ帰らぬように、他の女の元へ行けないように、首輪を着けたんだ」


愛した故の束縛が形となって現れただけではないのか、と少年は思った。逃げられないように、愛する人を縛り付ける。それは人間によく見られる行動だ。


「憎い女の隣で、幸せそうに笑っていなければならい。どれほど苦痛だったか」


「それで行方を眩ませたんだね」


「そうだ。その先で、幸せになれればよかった」


大岳拓也は首を撫でた。そこにはもう首輪はない。大岳拓也は自由になったのだ。けれどその先に幸せはない。不老になった人間を僅かだが少年は見てきた。けれどどの人間も幸せにはなれていなかった。愛する人間は老い、死ぬ。自分は若いままそこに残る。それは苦しみで、幸せではない。


「俺が不老に気づいた頃、首輪が爆発したんだ。けれど俺は生きている。不老に加え、この世界の人間より丈夫だからな」


きっと爆発したのはエリーゼが死ぬ間際だったに違いない。


「自殺をしようとは思わなかったの?」


少年は聞く。


「自殺をしようとはしたさ。けれど、いつまで経っても身体が震えて最後まで出来ないんだ」


大岳拓也は歯を食いしばり、涙を堪えていた。


少年は残っていたぬるい酒を飲み干した。身体が熱くなり、気分が高揚する。


「それじゃあ、俺が殺してあげるよ」


少年はにっこりと笑う。


「外に出て。闘おうよ。それとも、まだ生きたい?」


不老の青年は顔を上げる。その顔には驚きと、ちょっとの期待があった。




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