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18話 そのあとで

◇花子


図書館の帰り道、通学路の曲がったとき、花子の背中がそこにあった。花子は僕には気がつかなかった。イヤホンをつけ、ただ前に歩いている。


数秒、彼女の背中を見つめる。何も言わない。何も伝えない。でも、その背中には、何か温かなものが、そっと乗った気がした。


学校の図書室の片隅で、花子は黙って、本を読んでいる。僕は離れた場所で、また、本を読んだ。


目は合わない。声もかけない。けれど、僕が立ち上がると、花子は一瞬だけ顔をあげる。僕はそっと微笑んで、図書室を出ていく。



***


ある日のこと。


「また、変な本読んでる。また誰かに押し付けるんだ?」


「……悪かったよ。役に立ちたかっただけなんだよ。今は楽しいから読んでいるんだ」


「ふーん。成長したじゃん」


***


放課後の図書室。花子がにやっと笑う。


「ねえ、また見てたでしょ?」


「……うん、見てた」


「変態~」


「花子こそ見ないでよ……」



◇梨花


ミニスカートの裾が揺れた。黒髪は、もうない。ピンクのメッシュとハイライト。


「えっ……梨花?」


梨花は笑って、コンビニのドアを足で押し開けて出てきた。


「なによ、久しぶりに会ったのにその顔……ウチ、今、まじで人生チルってるから」


梨花は全身を見せつけるようだった。あの日の図書館で、君が見せようとして、でも見られなかったもの。


「梨花、よく似合ってる。かわいいよ」


そう言ったのは、たぶん無意識だった。声に出す前に、それはもう心の底で決まってた。


梨花は一瞬だけ、動きを止めた。


「え〜?今さら言っても遅いんだけどぉ〜?」


そう言って、けれど、声が少しだけ上ずっていた。たぶんあの時の図書館で、言われたかった言葉。いま、やっと届いた。


僕は黙って手をスカートに伸ばした。


「だから、それやめろし!!」


スカートは思ってたより短くて、彼女のツッコミは思ってたより本気で、でも、怒ってはいなかった。


ハハハ、と笑って── 二人は、別の道を進んだ。


それが、「図書館」じゃない日の午後だった。



◇『をかし』/ 梨花


言葉にしてみよう。自分のことを。

散らばってても、バラバラだって、かまわない。

ただ整えて、ただ引きつけて、わたしの欠片を。


問いかけるたび、わたしの輪郭が変わる。

問いかけるたび、本当の気持ちが変わる。

言葉が増えるたび、わたしの何かが震える。


わたしは整っていない、感情、感覚、言葉の寄せ集め。

紡いで、編んで、つなげる、バラバラの布。


あなたが引き寄せてくれたとき、

わたしは、整いながら、散らばることができる。


新しい自分、本当の自分。

わからなくたっていい。 ただ、近くにあればいい。


わたしたちは、何度も壊れてきた。

わたしたちは、快楽に流されてきた。

それでもいい。感じている自分が、本当のわたし。


でも、忘れない。

感じていない自分も、まだいるっていうこと。


バラバラな自分を、整える。

バラバラな自分を、引きつける。

バラバラな自分を、一つにする。

きっとそれで、見えてくるものがある。


バラバラのままで、いい。

それぞれの破片が、わたしの証。

壊れた日々、過ちの夜、

笑った瞬間も、泣き崩れた時間も。

すべてが、わたしの断面。


一つじゃない私で、何が悪い?

快楽に流された夜も、

黙って耐えた朝も、

耳を塞いで、塞ぎ込んだ日々が、

すべてが同じくらい本物だった。


感じるわたしが、わたしなら、

感じられなかったわたしもまた、そこにいたわたし。

わたしはわたしを、忘れない。


ひとつの言葉で語れないなら、

いくつもの言葉で、差し出してみよう。

傷んだ自分を。

照れた自分を。

意味を持てなかった自分を。

自分という、わたしの風景を。


束縛したい。操りたい。奴隷にしたい。

意地悪されたい。冷たくしてほしい。酷くしてほしい。

そう思う自分を否定しない。

自分の感覚から目を背けない。

そう思うわたしもわたし。


そう思うことは悪いことじゃない。

どうして否定したくなるのかな。

なんで恥ずかしいって思うんだろう。


それは切り捨てていいわたしじゃない。

欲望は、闇じゃない。

それは、触れてもらえなかった光。


壊したいほど、誰かの中にいたい。

傷つけられて、確かめたい。


それは消したい感情じゃない。

誰にも触れられなかった、あなたの真ん中にある叫び。


恥ずかしい?なぜ?

誰にそう教えられたの?

その声は、本当にわたしの声?


欲望は、目を背けたときに、

いちばん大きな声で、泣き始める。


逃げないよ。わたしは一緒にいよう。

君に、名前をあげよう。場所をあげよう。

そんなわたしも、いていいように。


キレイじゃない。キレイなばかりじゃない。

かわいくない。かわいいことばかりじゃない。

痛いこと、辛いこと、汚いこと、酷いこと。

全部私が生んだもの。それでいいじゃない。


なんで可愛くなきゃって思ってたんだろう。

なんでキレイじゃなきゃいけないって思ってたんだろう。

誰がそう決めたんだろう?

みんな一緒じゃん。世界ってそうじゃん。

私だけじゃない。


汚れとともに。穢れとともに。

自分に向けて、分かり合おう。

傷ついたままでも、わたしは、ここにいる。


キレイじゃない。

そうだよ。わたしはキレイじゃない


言葉も、涙も、吐息も、ねばついて、濁ることもある。


かわいくなんてなれないよ。

かわいいって言われたかった過去が痛いくらいまだ残ってる。


汚れがある?

あるよ、当然。

心にも、肌にも、記憶にも。


だから触れられる。

だから分かり合える。

キレイじゃないまま、かわいくないまま。


誰が決めたルールだったんだろうね。

笑顔だけで生きろって。

綺麗にしてから出直せって。


でも、世界は最初から、光と影が、くっついてる。

だから、これが、本当の言葉。


―― 汚れとともに

―― 痛みとともに

―― わたしとともに


気持ちいい程度に。安心できる程度に。

壊れない程度に。枯れない程度に。

震えて、崩れて。静かに、落ち着いて。

沈み込むように、あたたかくなろう。


耐えて、我慢して、ただ黙って。

でも、ひとりぼっちにならないように。

守ってほしいときに、助けてって言えるように。

気持ちに流されないように、蓋をしないで。

自分の声が聴こえなくならないように。


グチャグチャじゃダメ。でも、 整えすぎててもダメ。

ひび割れてもいい。でも、バラバラになっちゃダメ。

こぼれ出してもいい。だけど、ひっくり返しちゃダメ。

我慢して、壊れることから。

我慢して、手放すことから。

突き放しちゃダメ。壊しちゃダメ。

一緒にいくの。痛みも、美しさも、悲しさも、穢れも、全部、全部抱えて。


何度でもやり直せばいい。

「ダメ」と「いい」のあいだで、わたしは生きている。


壊れたら、悲しい。

でも、壊れないふりは、もっとつらい。

すこし歪んでいて、すこしヒビが入ってて、

それがちょうど、わたしがわたしでいられるかたち。


こぼれてもいい、すこし染みだしてもいい。

でも、すべてをひっくり返したら、もうどこにも戻れない。

だから、我慢する。

壊れるためにじゃなく、壊れないために。

手放すんだ、執着じゃなく、つながりのために。


見捨てないこと。でも、溶け合って消えない。

曖昧なままで、ゆれてるままで、

そのままでいい。


壊れそうなときにこそ、全部、そばにおいておく。


信じることは、怖いよね。

でも、裏切られたっていい。利用されたっていい。

大事なのは信じた自分。

信じる自分を疑う方が、もっとつらい。


間違えたっていい。怒られたっていい。

大事なのは語った自分。

考える自分を疑う方が、もっとつらい。


どこまでも流されていい。手放していい。見失っていい。

でも、ここに帰ってくる。真ん中にある、一番静かな場所に。


感じる心は、はみ出た自分。

ときに溢れて、ときに足りない。

それが、やさしさのかたち。

正さない。ただ、そばにいる。


笑い合って、泣き合って、抱きしめ合って。

あなたとわたしを。わたしの中のわたしを。


バラバラだったわたしが、すこしずつ、縫い直されていく。

かわいいわたし。汚れたわたし。

汚れたっていい。 汚れは落とせばいい。

汚れが残っててもいい。 それが、生きるってこと。

それが、命を育むっていうこと。


誰かの瞳に映ったとき、

「そうであろう」とした私。


汚れたわたし。痛みを知った夜、

自分に嘘をつけなかったわたし。


どちらも、わたし。

どちらも、生きてきた証。


命は、いつも汚れてる。

だから、命はやさしくなれる。

誰かを包むとき、自分の汚れごと、赦せるようになる。


汚れたまま、咲いていい。

命は、汚れとともにある息吹。

穢れの花を咲かせよう。


生きよう、風とともに。

汚れよう、響きを感じて。

毎日変わっていく。毎日違う。

新しい自分。壊れた自分。

傷ついた。 濁って、固まって。

崩れた。ひび割れた、欠けたわたし。

拾って、寄せ集めて、溶け合えなくていい。

ただ、まとめる。 散らばったわたしを。

その震えを、大事にして。

この震えは、そこにあったわたし。

掴めなくたって、抱けなかったって、染み込める。


澄んだ水じゃない。流れる清流じゃない。

汚れも、濁りも、飲み込んだ何もかもが、命のみなもと。

爽やかじゃなくたって、清らかじゃなくたって、腐ってない。

全てが混ざったまま、波立たせて、泡立つ、全てを沈める海のように。


風とともに行こう。濁ったままでいい。

欠けたままで、きらめこう。

傷ついたまま、波になろう

あなたとわたし、わたしとわたし。海で会おう


とても暗いそこ。

光は届かない。それでいい

照らされぬまま。ずっとそこにわたしがいる。


暗いというより、深い。

怖いというより、遠い。

何もないんじゃない、ただ、見えないだけ


水面で跳ね返る光は、たしかに美しい

でも、光を飲み込む底にも、美しさが折り重なっている。


そこに、わたしがいる。

見えなかった、語られなかった、知られなかった、

それでも、消えなかったわたしがそこにいる。


信じて、あなたの中にある、あたたかさ。

怖くても、震えを伝えて、抱きしめあおう。

暗くても、手を伸ばして、泣きあおう。

遠くても、声を届けて、求めあおう。

響きそのものが、わたしたちの灯り。


つれづれに。ただ、つれづれに。


揺れていく感情の端っこを、

なにかを言おうとして、でも言いきらないまま、

風にまかせて、筆がすべらそう。

理由もない、きもちを並べ、

意味もない、ことばを踊らせよう。


つれずれに ただつれずれに つづっていこう。


あなたのまなざしを。

この毎日をいとおかしを。


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