16話 呪いの日記
ゆーきは家に帰ると、その日はそのまま寝た。親は文句を言うでもなく、顔を見てホッとした表情をしていた。
疲れてもいなかったし、お腹もすいていなかった。でも、何かが終わったような気がした。
寝た方がいいと思った。数時間で覚めては寝てを繰り返し、そのまま朝になったが、全てが妙に静かだった。
登校し、「おはよう」と皆に声をかけると、少し驚いて、少し嬉しい顔をしてくれた気がした。
席について、机の中に手を入れた瞬間、指先が触れた紙の感触で、すべてが止まった気がした。それは、梨花の日記だった――
――――――
7月11日
なんで、脚、開いたんだろ。
自分でも、意味わかんない。
でも、たしかに、開いてた。
それで、ゆーきが手を引っ込めて、
「ごめん」って言って、逃げた。
謝んないでよ、バカ。
ウチ、サイン出したじゃん。
目も見ないで逃げるとか、最低。
「ごめん」でも「好き」でも、何でもいい。
ただ、黙って見つめて、すぐに目を逸らす。
ウチの脚は、もうゆーきのものなのに。
7月12日
今日もすれ違った。目が合った。一瞬。
でも、何も言わない。
「ごめん」でも「好き」でも、なんでもいいのに。
ウチの脚は、もう、あんたのものなのに。
7月13日
クラスの女子が「梨花、モテそう」って。
笑って、ごまかした。
モテてない。誰にも見られてない。
ゆーきだけに触られたのに、
何も覚えてないみたいな顔、してた。
ウチ、ほんとにいた? あの日。
7月14日
夢に出た。あのときの机の下。
太ももに、指。
ゆーきの、指。
目が覚めたら、布団が濡れてた。汗で。
ウチだけが、一人で、熱くなってた。
バカみたい。ホント、バカみたい。
7月16日
もう、待つのやめる。
ウチが「待ってる」って、バレてるでしょ。
でも、ゆーきは良い子のフリして、知らん顔。
最低。
7月18日
泣いてるこの子は、「ウチ」じゃない。
「私」だ。
ずっと、誰かに、甘えたかったんだ。
お願い、気づいてよ。
私、こんなに待ってるのに。
7月20日
私、もう普通の女の子じゃいられない。
普通の女の子だったから、捨てられたんだよ。
ワタシ、“女”になる。
ゆーき、見ててね。
7月22日
もう、いい。
「梨花」なんて、いらない。
私、「ゆーこ」になる。
完璧な女になる。
全部、消してやる。
ゆーき。。。
(ページの端が破れ、日付の横に赤く滲んだインクのしみがあった)
7月24日
♡いっぱい来た。
ゾクッとした。
すごいなSNS……しばらく、頑張ってみようかな。
7月27日
一日中、ネタのこと考えてる。
どこで撮れば映える?
どうすれば欲しくなる?
頭の中、それだけ。
7月29日
Lineグル、復帰した。
ウチ、笑えるようになったよ。
写真みたいに、うまく笑えば、大丈夫。
7月30日
(ページ中央に、太い黒線が1本ひかれている)
■■■■■■■■■■■■■■■■■
(その下、うっすらと書きかけの文字)
×××やめたほうがいいかも。
(上から赤インクの×で塗り重ねられていた)
でも、バズれたら、なにか、変わるかも。
ゆーきじゃなくても、誰かに見てほしいの。
8月02日
プール。
楽しかった。みんな、変わらない。
おバカで、安心した。
ちょっとエロいけど、♡いっぱい来た。
ウチ、まだ、いける。
8月05日
わたし、もう、「ゆーこ」になってる。
この身体が褒められると、ゾクゾクする。
私って、なんだっけ。
でも、気持ちいいなら、それでいいんでしょ?
8月08日
みんなの写真、甘い。
全然、×××××××××映えてない。
教えてあげなきゃ。
わたしが一番、××××わかってるんだから。
(ページの余白に読み取れない殴り書きが並んでいた)
8月12日
一緒に出かけたのに。
陰口、聞こえた。
「梨花、キモくね?」
「■■■■■■タヒね■■■■■■■■wwww」
──教えてあげたのに。
……なんで、こんなに、寒いんだろ。
8月15日
あんたの写真、切り取った。
胸を、釘で、刺した。
黙って触って、黙って逃げた。
今度は、あんたが黙って苦しめばいい。
(ページ中央に写真の切り抜きが貼られ、胸に釘の跡あった)
8月16日
DM、うざいくらい来る。
でも、あんたのLINEだけ、来ない。
借りてたシャーペンも、消しゴムも、燃やした。
熱いでしょ? ウチが感じた熱、
今度は、あんたが味わって♡♡♡♡♡♡♡
(ページ端が焼け焦げていた)
8月17日
■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■
(塗りつぶされて何も読めなかった)
8月18日
(短く切られた髪の毛だけが散らばっていた)
8月19日
ゆーきの人形、作った。
触った場所──肩、指、首。
赤い糸で縛った。
「返せ」って言うまで、
私の熱、解かない。
……呪ってやる。
8月20-21日
(ページが破かれていた)
8月22日
うざかったんだ……ウチ。
しってた。
でも、
……でも……
ほんとは、
ほんとは……
ゆーき、会いたいよ……
(涙の染みで半分以上が読めなかった)
8月24日
ゆーき、私の日記、受け取って。
(以降のページには、何も書かれていない)
(折り目の奥に、小さく丸まった切り抜き)
(僕の写真の胸に釘の跡と赤い点が滲んでいた)
――――――
目を閉じると、まぶたの裏には梨花のまぶしい笑顔が浮かんできた。夏までの、明るい笑い声とあたたかい空気。そして柔らかい太もも。
異様な静かだった心に火が灯ったようだった。心の中に唯一残った何かに、梨花の日記は確かに響いた。
(……梨花)
名前を思い浮かべるだけで、胸の奥がじんと熱くなる。
(……ほんとはずっと、会いたかった……)
身体が欲しかったんじゃない。優しくされたいわけでもない。僕はただ、梨花に震えたんだ。理由なんてそれだけでよかったのに。
(……どうしてだろう)
でも、心が揺れたんだ。欲望でも、恋でもなく、ただ、梨花が生きていることに。
あのとき、図書館で、スカートの奥へ触れたあの一瞬に、彼女がほんの少しだけ、脚を開いたように思えた。それが答えだったのに。
「……ごめん、梨花」
ぼそりと、声に出した。誰にも聞こえない、でも、自分の中でははっきりと響いた。
あの日の図書館。彼女の瞳。膝の奥に指が触れたときの、息づかい。全部が、まだ自分の中で、生きていた。
(梨花を迎えに行こう。梨花はあの日の答えを待っている)




