書記官ルークの帰還
「まぁまぁ、少しならウチでポーション引き取るから安心して、交易で稼いだ分から分け前もあげるから」
グリムホルン迷宮伯領への帰り道、馬車の荷台に乗っているルークは憂鬱だった。
隣の雑貨屋の娘が心配していろいろと話しかけている。
ルークは元気がない。
昨晩中ずっと雑貨屋の娘と言い合いから雑談から昔話など盛り上がってしまったから疲れているだけではない。
カネがないのがずっと続いている、交易をしたのに在庫を引き取っただけに終わっている。
最終的には黙って待っていれば英雄である迷宮伯閣下が大金を稼いで帰ってくる。
だが、家臣として役に立てているのだろうか……。
昨晩までは幼馴染と久しぶりに遠出して、いろんな物語をして昔を思い出したりしていい雰囲気だった。
久しぶりに書類仕事をわすれて過ごすことができたのだ。
「しかし買い込んだよな」
「ポーションは小さくて高価だから荷台が空くのに、空荷で帰ろうとしてたのが信じられないんだけど」
荷台には雑貨屋の娘が買い込んだ皮革にベーコン、チーズが山と積まれている。
依頼を受けて代理で買い付けた牛や馬の背中にも積んでいるぐらいだ。
ダンザウベル伯の妻が牧畜を経営しているので割と安く買えたのだとか。
代金は魔石の販売で稼いだ。
「大都市でなくても魔石は売れるのか?」
「クズや小さな魔石なら魔道具の充填に使うから騎士様や神官様には売れるの、当然高くはないけど無関税なら問題ないし!」
「畜産品は迷宮伯領にもあるだろ?」
「相場より安かったし、最近は開拓村に売れるから」
「なるほど」
さすが雑貨屋の娘だ。昔から商売好きなうえに、雑貨屋としてなんでも扱うのでいろんな商売に首を突っ込んでいた。
俺は帳簿をつけて手紙を書くだけの仕事だからな、人に誇れたりはしない。
そんなことを考えていると、商隊の列の先頭に立っている騎士二人組が馬上から何かを見つけた。
「おっ、狼だ」
「注意しろ、一匹でいるわけがない」
今までの緩い雰囲気から一転して、警戒を始める騎士。
商隊全体の足を止めさせ、郎党を物見に出す。
「この先の道に狼が五頭ほどいました。こちらの様子を見ているようです」
戻ってきた郎党が報告した。
「五頭ならさっさと蹴散らそうよ」
「落ち着け、若君から言われていただろうが」
「あ」
年上の騎士が年下の騎士を制する。
騎士二人は顔を近づけて何事かをささやきあうと、作戦が決まったのかお互いにうなずいた。
年下のほうが軽く年上にキスをして、殴られる。
「いてて……じゃあ狼さんがいるから警戒!商隊全体をゆっくり進ませてね!」
騎士の指示で商隊は警戒態勢で進む。
ルークも荷台から降り、使い慣れない短剣を抜いて馬車の隣で歩いている。
なお、雑貨屋の娘は荷台の上で震えていた。
「どどど、どうしよう、魔物だよ。食われちゃう……」
「ただの狼だよ?!」
商隊が岩場に差し掛かると、隊列の先頭に狼が襲い掛かってきた。
狼は吠えながら郎党にかみつこうとし、郎党は石を投げて追い払おうとしている。
「加勢する!!」
「するな!」
「え?」
ルークや御者たちが獲物をもって前に出ようとした時、年上の方の騎士に止められた。
その時、列の後ろから声がした。
「ぎゃあああ?魔狼だぁ?!」
「助けてルークぅううううう!!!!」
雑貨屋の娘が本名で代書屋の息子を呼ぶ悲鳴があたりに響き渡った。
― ― ― ― ―
「うんうん、計画通り。狼の群れは普通数頭なんだけど、魔物化した魔狼が率いると数十頭に膨れることがあるんだよね!」
迷宮伯嫡子、オウドがワクワクしながら語り続ける。
グリムホルン城の謁見の間。無事に魔狼を撃破して帰還した商隊を出迎えたオウドは意思と希望に満ちた紺青色の目で家臣たちを見つめている。
領地からの報告書で魔狼の発見報告が上がっていたので、オウドは過剰なまでの護衛を付けた上に、騎士たちに戦い方を助言してあったのである。
「魔狼は通常の狼の数倍の大きさで、一噛みで人間を噛み砕く!ただ臆病で狡猾だから、群れの年寄りを先に突っ込ませて囮に使ったりする。その場合本命は逆側にいることが多いんだ!」
「それを見抜いた僕が後方を見張って、襲ってきた魔狼を弱点の火魔法で討ち取りました!」
「見抜いて無かったが?若君の助言忘れてたが?」
年上のツッコミに「てへ?」と頭をかく年下の騎士。
「お見事だ!さすがはボクの忠勇無比なる騎士。その活躍をいかに歌い上げようか」
「若君、歌はあとで」
「えー」
ルークの声にオウドはちょっと不満げな表情をしたが、すぐに本題に戻った。
「で、ルーク。よくやったね。すべて計画通りだ!」
「しかし、売上にはなっていませんし、手に入ったのは不良在庫になっていた薬草とポーションだけで」
「狙い通りじゃないか!」
薬草とポーションの山の前で喜ぶオウド。
その横では水魔法使いのドルミーナ姫がポーションを水魔法で鑑定している。
「ええ、確かにグスタフおじ様のポーションですわね」
「さぁ、これでボクの英雄計画も一歩前進だね!」
芝居がかった手ぶりで勝ち誇るオウドに、ルークの後ろから声が上がった。
「ちょっと若君、喜んでいるのはいいけどルークに説明してやってよ。支払いをどうしようってずっと悩んでたのよ?」
「ちょっ?!ヨハンナ?!」
思わず雑貨屋の娘の本名を呼んでしまうルーク。
平民が貴族、しかも領主の嫡子に食って掛かるなど無礼が過ぎる。斬られてもおかしくない。騎士が咎めようと前に進むが、オウドはそれを止めた。
「えー?……説明してなかったっけ?えっと……あ、ここまでしか説明してなかったか。ごめんなさい」
「……い、いえ。分かっていただけたら私はそれで」
素直に謝るオウドに毒気が抜かれたようになる雑貨屋の娘ヨハンナ。
「ルークもごめんなさい、全部説明するよ。その前にこの女性はどなた?」
「雑貨屋の娘で、ヨハンナです。私の知り合いで今回の交易馬車の仕事を手伝ってくれました」
「あ、この女性だったんだ、なるほど、予定どおりかな?」
ルークが予定??と訝しんだが、オウドは続きを促す。
「今回の交易馬車を商隊に仕立て、彼女の助言でいろいろと商売を行って儲けることができました。こちらが上納銀になります」
というとルークはずしりと銀貨の詰まった袋をオウドに差し出す。
「うわ、計画以上だった!?」
想定外のカネに迷宮伯嫡子はようやく驚いた。




