書記官ルークの遠征
ダンザウベル城についたのは夕方近くなってからだった。
以前、若君が騎馬で一日で往復した距離ではあるが、商隊を組んで移動するとどうしても遅くなる。
門の前で商隊に便乗してきた同行者たちと別れた。
雑貨屋の娘が護衛料として小銭ではあるがきっちり徴収してきた。
ルークはきっちりと勘定して帳面につけて、若君用の予算の袋に入れる。
「ちょっとぐらいアンタが取っておけばいいのに、いつもマジメなんだから」
そうじゃない、マジメというより小心者なんだ。だから言い訳できないことをすると落ち着かない。
こうやってきっちりする方が落ち着くんだ。
「それをマジメっていうのよ」
雑貨屋の娘は呆れつつも微笑んだ。この代書屋の息子は変わってない。
「おお、よく来たな!まぁ、疲れただろうから泊っていけ!」
ルーク一行はダンザウベル町の領主屋敷で、小山のような大男であるダンザウベル伯グスタフに謁見した。
さっそく若君オウドの書状を渡すと、用意された部屋に向かう。
身分のある騎士には一人一部屋。
騎士の従者や馬車の御者たちは大部屋だ。
そしてルークと雑貨屋の娘には一部屋があてがわれた。
「それではごゆっくり」
メイドが扉を閉める。
「ん???」
ごく自然に部屋に通されて見渡してからルークが慌てだした。
「まって?!部屋を分けてもらおう!」
「え、いい部屋じゃない。……というか、貴族様に部屋用意してもらって文句言うのはマズくない?」
「……それはそうだが」
ルーク、フルネームでルーキウス・アマデウス・エスカヴィッツ。帝国南部風の名前を持つ彼は姓を持つが、フォンがついていない。つまり領地を持たない平民、従者も持たない身だ。昔はかなり大きな市民の家だったらしいが今はしがない代書屋の家で、本人は書記官である。
迷宮伯嫡子オウドからの外交書状を預かっているとはいえ、身分差は厳然としている。小さくとも領地を持つ騎士とは違うのだ。
「これはまずいだろ」
ルークが雑貨屋の娘に指し示す。部屋にはベッドが一つしかない。
「あ、うん、えっと……そうね?」とさすがに雑貨屋の娘も赤くなった。
「じゃあ、私は大部屋にいこうかしら」
「ダメだ、知らない人も大勢いるだろ」
「それはあなたに関係ないでしょ」
「あるだろ、何かあったらどうする」
ルークが真剣な目で見つめるので、雑貨屋の娘は少し顔を赤らめながら伏し目がちになって目をそらす。
「う……あ、ありがと、じゃあどこか個室をとろうかしら……っていまさら外に宿をとるのは変よ?!」
「そうだな……」
二人が悩んでいるとルークが口を開いた。
「よし、じゃあ俺が床で寝るからベッド使っていいぞ」
「領主さまのご使者さまを床で寝かすわけにいかないでしょ!?逆よ!私はそこの隅でいいから」
「風邪でも引いたらどうする!」
「そっちこそ!」
ぎゃあぎゃあ言い争いをしながら夜が更けていった。
― ― ― ― ―
「最初はご使者様の従者だと思ったんですが、距離が近いので男女の仲だと。同じ部屋で問題ないかと思いましたんですが、なぜベッドに使われた形跡がなかったんでしょうか???」
ダンザウベル伯家メイドの証言
― ― ― ― ―
翌日、馬車から荷下ろしをしているところに、ダンザウベル伯の執事がやってきた。
召使いたちに大量の荷物を持たせている。
「そちらの品がこれだけですな……確かに」
ルークの出した目録を受け取り、執事が品物の「数だけ」を確かめる。
「それではこれがこちらの返礼の品になります、ご確認を」
ダンザウベル伯領の特産である薬草と、錬金術師である伯爵とその弟子が精製したポーションだ。
「よろしければこれで」
「お待ちください」
執事が去ろうとするところでルークが呼び止めた。
「品質の確認もお願いする話でした」
「む、そういえばそうでしたな」
今回は商取引ではなく、あくまでも隣の領地への贈り物であり、その返礼の品である。だから関税はかからない。
そして普通は贈り物の品質の確認を貰った人の目の前でやるようなことはしない。失礼すぎるからだ。そこはあとで内輪だけで「思ったより安物よね」とか「なかなかやるじゃない」とか言いあうものだ。
しかし迷宮伯嫡子オウドの目的は交易であり、品質とその評価にズレがあると大問題になる。最初は良くても続かない。
なのでダンザウベル伯グスタフへの書状にはきちんと交易品を査定するようにお願いしてあった。
で、お貴族様であるオウドにもグスタフにも品質など分からないので家臣の平民にやらせることになっている。
「ふむ……なかなか手の込んだ彫刻で。あ、誰か兵士を呼んできなさい」
執事は木の小箱の彫刻を見ながら召使いに指示をする。
呼ばれた兵士は弓を引いたり、矢を目の前にもってきて曲がってないか確認したり。
木の盾は持って叩いて振り回してと一通りみて。
「いいんじゃねえっすか?こんなもんっすよ」
「ありがとうございます」
職人の作った木工品の反応は上々、流民が作った武具は上澄みを集めても「こんなもん」。
だいたい想定通りの評価だ。
問題はなさそうだなと胸をなでおろしていると、執事がルークに振り向いた。
「ではそちらも確認をお願いできますか?」
「え」
確認と言ってもルークにポーションの目利きはできない。
それなりの錬金術師か魔法使いなら魔力で分析ができるが、ルークに魔力はない。
持ち帰って姫君に見てもらおうと思っていたのに、ここでやるのか。
ルークが焦っていると雑貨屋の娘が口をはさんだ。
「よろしいかしら」
雑貨屋の娘が一滴手の甲にのせて、色と匂いと味を見る。
「うん、いつものダンザウベル伯ポーション、上物だわ」
「ありがとうございます」
「で、すると……」
雑貨屋の娘が頭の中で何か計算しているようだ。
小声でルークにささやく。
「代書屋の息子さん?ちょっと相手のお返しのほうが多いわね」
「ありがとう、助かる」
ふふん、また勝ち誇ってウィンクに失敗する雑貨屋の娘。
ルークはダンザウベル伯の執事に丁寧にお礼を言う。
「これは多分なお返し恐縮です。何とお礼を言えばよいか」
「いえいえ、我々も在庫が余っておりましたし、ご足労頂いた分とお考えいただきたい」
迷宮伯嫡子オウドの指示通りの取引が行え、気持ちよくお別れすることができた。
しかし書記官のルークは困っている。
そもそも迷宮伯領の冒険者たちにカネがなくてポーションが買えないからこちらで余っていた。
その余った在庫を引き取ってどうやってカネにするんだ??
そして後払いになっている木工職人への支払いは??
まだ小銭しか稼げてないぞ?
ルークの気分は晴れなかった。




