書記官ルークの遠征
ここはグリムホルン市内の商業区。
狭い街路に小さな商店が立ち並び、それぞれの商売に励んでいる。
書記官のルークは実家の店先で幼馴染の雑貨屋の娘に話しかけた。
「というわけで交易を任されたんだが、俺には正直、商売の自信がない」
「で、代書屋の息子は私に一緒に来てほしいって?ほほほ、しょうがないわね!」
なぜか勝ち誇る雑貨屋の娘。
「……いや助言をくれって言うつもりだったんだが……ま、いいか助かる」
「とりあえずどういう商品と隊列でどこに行くのか教えてちょうだい?」
仲良く話し合う二人を遠くでお茶している代書屋と雑貨屋の親は微笑ましく見守っていた。
この二人、幼馴染のくせに一見すると他人行儀に代書屋、雑貨屋などと呼び合っている。
しかしこれは、単純にお互いに名前を呼ぶのが恥ずかしいだけなのである。
― ― ― ― ―
城門には馬車に満載した木工品や武具が積み込まれている。
今回はこれを隣の友好領地であるダンザウベル伯領に運ぶのが目的だ。
すでに若君オウドからのダンザウベル伯爵への手紙を受け取っており、外交使節として訪問することができる。
つまり関税はかからない。
「これが全部だ。雑貨屋の娘が良ければ出発したいが」
「バカ?」
「は?バカはないだろ」
「もったいないでしょ?!」
状況を説明しただけなのに、なぜか幼馴染が怒りだしたのでルークは困惑した。
何がもったいないのか説明しろとルークが思っていると、雑貨屋の娘はルークを引きずってまず代書屋に駆け込む。
「おじさん!お隣のダンザウベル領行きの手紙ある?ありがと!じゃあ請け負うわ!あと募集もかけておいて!」
次に市参事会に向かう。
参事会の掲示板に駆け寄ると、ダンザウベル領行きの商隊募集をカリカリとチョークで書き込む。
「おやどうしたんだい雑貨屋ちゃん」
話しかけてきたのはサイコロで遊んでいる議員の爺婆たち。
「薬師のおじさま!お隣のダンザウベルに行くの。薬草の発注くださらない?」
「お、ありがたいね」
「ほかに用事のある方は?」
「家畜の買い付けがしたかったんだが、お願いできるかい?」
「もちろんよ!」
「せっかくだからダンザウベルの親戚を訪ねたいんだが」
「ようこそ!」
続々と発注と参加者を募る雑貨屋の娘。
「いや、こんなに参加者とか受注を増やしていいのか?」
「ほほほ、商売の素人ね!人数を増やしたほうが安全だし、現地集合現地解散するだけ。受注は当然!タダで往復するなんて商人失格よ!」
雑貨屋の娘は勝ち誇ると一言付け加えた。
「ちゃんと商隊に相乗りさせてもらう分の手数料は領主さまにお支払いするから安心してね?」
「お、おう。助かる」
でしょ?とぱちっとウィンクしようとする雑貨屋の娘。
おい、両目をつぶるな。ウィンクできてない。それ目をつぶっただけだ。
自分ではキレイに決めたつもりの雑貨屋の娘を見て、呆れるルーク。
あ、そうだ。出発前に現状を迷宮伯閣下に報告しておかないと。
とルークは全然関係ないことを考えるのだった。
― ― ― ― ―
きらきらと初夏の日差しの中を商隊は進んでいく。
生き生きとした街道の草木は生命力に満ちており、飛び交う小鳥たちは楽し気に舞い歌っている。
商隊には若君から派遣された騎士が護衛につき、また違う用事で隣領に行くものも参加して、大人数での道中になっていた。
馬車の荷台からぼけーっと景色を眺めながら、書記官のルークは思った。
そういえば書類仕事から解放されて、こうやって外でゆっくりできるのはいつぶりだろう。荷台でのんびり座っているだけで時間と景色が流れていく。
「まさか騎士様の護衛がつくなんて、助かるわ!」
「お前の護衛じゃなくて、若君の交易馬車の護衛だからな?」
「し、知ってるわよ」
雑貨屋の娘と語り合うルーク。
こうやってこの子と話をするのも久しぶりだ。
城に書記官として採用されてからは忙しかったし、
ここ最近は借金問題で城に泊まり込むのが多かった。
しかも、騎士が2名もつくというのはたかだか隣領にいくための護衛としては破格だ。今回も若君は特に費用を払わずに、お願いするだけで護衛を依頼してしまった。
一体どういう手品を使ったのだろうか。騎士は砂糖とアクセサリーの恩とか言っていたが。
それはそうと、あの騎士二人、ずいぶんと近くないか。
列の先頭に立ちながらも、馬を隣に寄せてずっと話をしている。
まるでデートをしているみたいだ。羨ましい。
こっちにいるのはこの商売好きでどっか残念な幼馴染ぐらいだ。
ルークがそんなことを考えていると、雑貨屋の娘が話し始めた。
「でもちゃんと護衛をつけているって、魔王をちゃんと恐れているのね。さすがは若君」
「魔王?ああ、魔物のことか。どちらかというと人間のほうが怖い、交易品積んでいる馬車なのは見たらわかるからな」
領地と領地の境目はきっちり決まっているわけではない。
すべての土地が誰かに支配されているわけではないのだ。
それぞれの領主が城や砦を置いて保護している地域を離れれば、誰の保護下にもない中立地帯になる。
中立といえば安全かと誤解する人もいるが、中立地帯というのは全員が敵の可能性もあるということ。
魔物だけでなく、交易馬車や旅人を襲う盗賊だってどこからかやってきて、襲撃してきかねない。
だが、雑貨屋の娘は不満そうに反論してくる。
「え、魔物だって怖いじゃない、最近増えているのよ?」
「多少強い魔物が増えたって、迷宮伯様が戻ってきたら全部狩りつくされるよ」
「それもそうね」
領主である迷宮伯様が強烈に強いというのは領民にとって常識である。
「でも、今は迷宮伯様は居られないし、魔王は正しく怖がるべきだわ、そうやって油断していたから魔物大洪水が起きたのよ?」
「……何百年前の伝説だよそれ」
今、ここで魔王と呼ばれているのは西の魔王と呼ばれる悪魔のことである。
配下の魔物や悪魔を率いて帝国西部の半分を占領して恐怖のどん底に追い込んだ魔物大洪水という伝説がある。
絵本や伝説だけの存在かと思っていたが、ついこの間復活して若君に暗殺を見抜かれ追い返されたばかりだ。
「伝説だけど、魔王が復活したからには現実になるわ。だからできるだけ多くの人に知らせたいの」
「噂話をあまり多くの人に言って回るのは犯罪だぞ」
「だから貴方に相談してるんじゃない」
噂話はよく陰謀に使われるし、領民に不要な情報を与えるのは良しとされていない。
情報は貴族や領主が持っていればよく、民に噂話が広まれば混乱させるだけだとされている。
「まず、若君に相談してからだな」
「お願いね?」
というと雑貨屋の娘は可愛く決めるためにウィンクしようとした。
だからウィンクできてないって、両目をつぶるな。
いつも通りの幼馴染を見てルークはいつも通りの苦笑を浮かべた。




