グリムホルン市参事会と商人たち
大きな古ぼけた木の扉を開くと、石造りの広間が広がっている。
その広間の中には木製のベンチが半円型に並べられており、そこには複数の男女の人影があった。
ここは迷宮都市グリムホルン市参事会。各ギルド長が議席を持つ議会である。
室内の造作や家具は全体的に古くはあるものの立派な装飾が施されており、
迷宮都市の自治権の強さと歴史を物語っていた。
議席についているのは、丸っこい体つきの冒険者ギルド長を含む、革、繊維、酒造、パン、肉、薬、木工品、鍛冶、雑貨などの各ギルドの代表だ。
雰囲気は重苦しく、列席の参事たちの表情は一様に暗かった。
その前には一人でニコニコして主賓席に座っている、迷宮伯嫡子であるオウドリヒト。そして傍らに立つのは眉間に皺を寄せた、書記官のルーク。
「この見積もりはさすがに安すぎるでしょう?!帝都の最高級の陶器で、西大公のお墨付きですよ?」
若君から結婚式の引き出物で入手した食器セットを売却する交渉を任せられたルークは見積もりの渋さに唸り声をあげた。
「書記官殿のご指摘はもっともですけど、我らもカネがなくてですねぇ」
議長である人のよさそうな中年女性、パン焼きギルド長が代表して答える。
「これだけの品がこの田舎町に来るのはもう無いですよね、一生手に入りませんよ?」
「いやいや、我らも不景気でして、パンの売り上げも悪くって」
ルークは議長を睨みつけたが、議長は焼き立てのパンのような柔らかさでのらりくらりとかわすだけ。
この品物は確かだ、一揃い買うのに庶民の1年収ぐらいは軽くするはず。しかしこの見積もりではあまりにも安すぎる。
カネさえあれば自分で買って大都市に売りに行きたいぐらいだ。たたき売ってもそれなりの利益になる。
ただ、そんなカネはないし、大都市まで行く費用や関税を払うこともできないのだから意味がない。
「そうか、じゃあその値段で!だってボクの最も信頼する市参事会の諸賢の値踏みなんだからね!」
「若君ぃい?!」
交渉を任せると言いましたよね?!!
ルークは若君を睨みつけた。この迷宮伯の嫡子はなんでここまで変わったのだろうか。留学に行く前は迷宮伯の陰に隠れて人見知りをして控え目でまじめなお子様だったはず。
それが軽いノリで暴走するわ、口は回るわ、それで失敗するかと思えば手品のような手際で問題を解決していく。
ということは何か考えがあるんだろうか。ルークはそう考えて一歩下がった。
「さっきも言った通り、このおカネは流民問題の解決に使うんだ。市だけでなく領地全体のことを考えて、苦しい中で捻りだしてくれただけに本当に嬉しい」
「いえいえ、できることはさせていただきます」
「それで、やっぱりパンだけでなく、チーズや肉、道具なんかもなかなか売れなくて困ってるんだよね?」
「はい、まったくその通りですよ」
それを聞いて若君は我が意を得たりと胸を張って宣言した。
「じゃあその在庫をこのおカネで買えるだけ買うよ。値段はボクの最も信頼する市参事会の皆にお任せしよう!」
「そ、それはありがたいですけど……よろしいの?」
顔を見合わせる参事たち。であれば儲けさせてもらえるということか。
「ボクは、市の誇りある歴史を守る皆の深い経験を信頼しているからね。このことは一生忘れないし、母さんにもきちんとお伝えするよ!」
参事たちはもう一度顔を見合わせ、冒険者ギルド長が一つ咳払いをして相談の時間を求めた。
多少は色を付けてもらえるのだろうか?ルークは次の展開に悩んだ。
― ― ― ― ―
「……なんだこの量は」
期日に品物を引き取りに来たルークの前には荷馬車数台に満載された、食品と工具類。
食料だけでも数百人は食わせることはできるのではないだろうか。
「ほほほ、何を驚いているの代書屋の息子」
「なんだ、雑貨屋の娘」
そこに現れたのは亜麻のチュニックとスカートに身を包んだ商人風の娘だ。
手を口に当てて胸をそらせ、からかうように笑っている。
なお、代書屋とはルークの親の商売で、この娘の雑貨屋の隣である。
庶民で読み書きできるものは少ないので、代わりに手紙を読んだり書いたり、契約書を作ったりという商売だ。
隣の雑貨屋のこの娘をルークは小さいころからよく知っている。
最近はとくに発育がよく女性を感じさせる体つきになってきた。
それで誇らしげに胸を張られると困るのでルークは目をそらした。
「いや、これは多くないか?」
「文句があるなら引き上げるわよ、あのあとビア樽婆さんが大演説して大変だったんだから」
ビア樽婆さんとは冒険者ギルド長のあだ名だ。
なるほど。ルークが話を聞くと、流民問題の解決と、在庫問題の解決を冒険者ギルド長が強く主張。そして若君が有言実行であることをゴブリン退治や土の護符の話をして納得させたのだとか。
若君が溜まっていた人事の決裁や裁判の判決を速やかにかつ円滑に処理したことも、今後の領主として頼れそうだという判断につながった。
結果的に、参事会に値付けを一任された以上は心意気を見せようと、相場よりも有利な形で物資を用意したのだとか。
「それはいいんだけど、雑貨屋でタダで積み込みさせられたのよ。信じられないわ。あんのジジババども」
「それは災難」
雑貨屋の娘がぷりぷりしながら口をとがらせる。
「ま、もう終わったからいいわ。そっちも最近忙しいのね」
「俺以外に書類仕事できるのが全員遠征に行ってしまったからなぁ」
できればもう一人書記官を雇ってもらえると休みも取れるが、カネがないのが誰よりわかっているルークには言い出しにくい。
「ところでさ、魔王って知ってる?」
魔王か、最近聞いたな、とルークは思った。
「たしか、西大公の結婚式を襲撃したとか」
「そうそれ!おとぎ話だとばかり思ってたのに、本当に来るなんて恐ろしいわ」
「遠くの出来事なのによく知ってるな」
「ほほほ、それは商人だもの情報は命よ!」
何が誇らしいのか、また口に手を当てて高らかに笑う雑貨屋の娘。
頼むから身体を揺らさないでくれ。とルークは思った。
「あと最近魔物が多いのも魔王が糸を引いてるらしいわ、怖いわね」
「怖いというより面倒だなぁ」
「あら、強いのね」
なるほど、確かに発見報告や各城で討伐したという話が増えてきた。
西大公を襲うほどの魔王だ、それぐらいはするかとルークは納得した。
そうなると行商人や商隊の護衛を増やさないといけなくなり、さらに関税が減る可能性がある。
まったく面白くない。
若君はいつも自信たっぷりで希望しか見ていないが、この状況でよくへこたれずに次々と問題の解決に取り組んでいるものだ。留学の前後で若君の性格がすっかり変わったが、領主としての自覚が芽生えているならいいことだろう。
「はぁ、いったい次には何が起きるんだろうな」
― ― ― ― ―
「じゃあこの交易馬車をよろしく!話はつけてあるから!」
「……若君ぃ?!」
ルークは若君に近隣領地との交易を一任された。
なお、書類仕事は若君が引き取った。
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