借りたものを返すし、難題に挑むのが英雄
レニさんは犬獣人だった。
犬獣人とは獣人の一種だ。
獣人たちはおもに帝国の北の果て、大雪草原に暮らしており、部族ごとに分かれて遊牧と狩猟を主にしている。
性質は勇猛なるも臆病、流浪と忘却に生きている。
武勇の民で戦うのは好き、だけど強い相手からは逃げる。
そしてよく帝国辺境に攻め込んできて、和睦しては和睦したことを忘れてまた攻めてくる。
とっても自由な人たちだ。
またあちこちを旅するのが好きなので、帝国内では人間についでちょくちょく見かける種族でもある。
なお、彼らを一緒くたに獣人と呼ぶと「なんだサル獣人」と言い返されるので注意だ。
できるだけ個人名か支族名で呼ぼう。
― ― ― ― ―
「おやまぁ、こんなに汚して」
ギルド長のお婆さんがやさしく布巾でレニさんの顔を拭き上げる。
獣人の血があまり濃くないのか、幼さの残る顔に毛はなく、瑠璃色の髪の毛から突き出たた垂れ気味の犬耳がその血を主張していた。
「だ、だって、ソイツが変な冗談を」
「本心だけど?」
「キャン?!」
子犬っぽい悲鳴と共に犬耳がピンと伸び、くりくりした空色の目が衝撃に見開かれた。
うん、ボクがお世辞とか冗談で人を褒めるわけがない。
ちゃんと妹みたいに小さくて可愛……痛いよドルミーナ。
「むーー」
妹が不満そうに腕をつかんで睨んでくる。
なんでそんなに怒るんだいボクの可愛いドルミーナ。
「レニや、ソイツじゃなくて若さまだよ!」
「わ、若さま?」
お婆さんはレニさんをたしなめるとボクに振り向いた。
「えっと、若さま?念のため聞くけど、それは恋愛的な意味かい?」
「ううん?小さくて妹みたいに可愛いって意味」
本心で思ってても年頃の女の子には恥ずかしくて言えないよ。
そういうとギルド長のお婆さんはちょっと安心した風で。
「そ、そうかい……レニや、褒めてもらったんだよお礼を言いな」
「お、おぉ……ありがとうッス。若さま」
じーーっとレニさんがこっちを上目遣いに見つめながらおずおずとお礼を言う。
「この子はとっつきにくいし、口も悪いから、レニにそんなこと言う男が居なくてね。あたしからもお礼を言うよ」
可愛いって言っただけでお礼を言われるのも変だと思うけど気にしないことにする。
ふと振り向くと、隣で妹がボクの腕に捕まりながらブツブツとつぶやいている。
「……そんな?!お兄様が浮気を!?」
浮気じゃないよ?!妹はまだドルミーナだけだから!
ボクは母さんが冒険中に次の弟妹を作ってる可能性を考えながら、妹を宥めるのだった。
― ― ― ― ―
皆が落ち着いたころ、ボクは決心が固まった。
「ギルド長、美味しいミルクをありがとう!ボクは自分のやることを見つけたよ!」
「こんどは何をするんだい?できれば若さまと姫さまだけでダンジョン攻略はやめてほしいんだけどねぇ?」
それはやる。
「はっはっは、問題は明確にわかったからね!冒険者たちと流民たちの喧嘩を止める。そのためには流民たちを豊かにして仕事の取り合いをなくし、冒険者ギルドの依頼の報酬を改善して仕事の偏りを解決するんだ!」
「すごいけど、どうやるんだい?」
「わからない!けどやるよ!難題に挑むのが英雄だからね!ワクワクしてきた!」
ボクがそう宣言すると、ギルド長とレニさんは呆気にとられたみたい。
「……はぁ」
「お、おう……」
「ボクは本当のことしか言わないし、やると言ったらやるよ。ほらギルド長、お借りしていた土の護符。遅くなってごめんね」
というとボクは懐から西公爵家で作ってもらった土の護符を取り出した。
西大公の婿さん、つまり土属性の上級魔導士に作ってもらった逸品だ。
「おやまぁ……前のよりも品質がずいぶん良いよ。土属性がさらに高まってる。高かったんじゃないのかい?」
「大丈夫、ちゃんと前の魔石と交換してもらって、お釣りが貰えたぐらいだよ!」
「いったいどうやったんだか……うん、たしかに若さまは言ったことはやる方だ」
ギルド長は土の護符を丁寧にしまい込むと、ボクに向かって丁寧にお辞儀してこう言った。
「グリムホルン冒険者ギルドは若さまに全面的に協力させていただきますよ、レニや」
「はいッス」
ギルド長はレニさんの肩を叩いて。
「もしまた迷宮に潜る場合は必ずこの子をお供させておくれ、上級の斥候だから危険はずいぶん減るよ」
「ありがとう!ギルド長!レニさんもよろしく!」
「……れ、レニでいいッス」
なぜかレニさんはちょっと警戒気味にボクを見るのだった。




