和解
「ううむ……」
西方独立派の一人、迷宮伯の隣人であるグスタフ・フォン・ダンザウベル伯はだんだんと怖くなってきた。
不安を紛らわせるようにワイングラスを傾ける。
もともと彼は小山のような背丈と筋肉に似合わず優しい性質である。
しかし、急に話が具体化しすぎだ。
それも南大公の使者が来てから。
もともと半ば冗談の酒飲み話だったのに、酒が回りすぎたせいか皆が気が大きくなってしまっている。
その南大公の使者とやらはそこまで信頼できるのだろうか。
「あ、ここにいらっしゃいましたか」
広間の大きな扉を開けて、そこに現れたのは西方独立派貴族の希望である迷宮伯……の若君、オウドである。
「おお!迷宮伯嫡子殿!」
「良い所に来られた、実は内密の相談がだな」
したたかに飲んで顔を赤くした独立派貴族たちが一斉にオウドを取り囲む。迷宮伯本人の英雄パーティが作戦のカギなのだ。
「こちらもご相談があるんです。公爵殿下、こちらです」
な?!迷宮伯嫡子が裏切って公爵に密告したのか?!
と酔いに赤らむ独立派貴族たちの顔がすっと覚めていく。
広間に緊張が走った。
しかし、現れた公爵は極めて低姿勢だった。
「西方直参伯爵諸賢にはご挨拶が遅れ大変申し訳ない。
この帝国西方の軍旗を預かる公爵フォン・シュトライフクリーガーからお詫び申し上げる。
また当家の不手際にて諸賢には大変なご迷惑を……」
ひとしきり、公爵が謝罪を述べると、独立派貴族たちはぽかんと気が抜かれたように立ち尽くしていた。
「殿下、ご丁寧にありがとうございます」
そこでオウドが公爵に返礼をすると、グスタフに目配せした。
おお、なるほどそういうことか。
オウド君がどうやったのか知らんが公爵の謝罪にまでこぎつけたならば、俺がこの流れを続けねば。
「おお!多少の誤解はあったようですが、殿下がそうおっしゃるならば何を不満を申せましょうや」
グスタフも公爵に返礼すると、他の貴族たちのほうを振り向いた。続いてくれ。
それを見た独立派貴族たちがぽつぽつと参加する。
「うむ、我らはそのような小さなことなど気にせぬしな?」
「もちろんだとも!」
気が付けばほぼ全員が公爵の謝罪を受け入れていた。
さっきまで公爵をぶっ殺してやると言っていた連中が様変わりである。
もともと気分で戦争をしようとしていたので、公爵に謝らせたということでとてもスッキリしたようだ。
「それはありがたい。余はこれからも我が娘の結婚式のために全力を尽くす所存だが、
もし伯爵諸賢に何やら気になることがあればすぐに宮殿執事に申し付けていただきたい。すぐに改善すると約束しよう」
「おお!なんという器量であろうか!」
低姿勢の公爵に上機嫌の独立派貴族たち。南大公の使者のことはすっかり忘れてしまったようであった。
本当に戦争にならなくてよかったな。
グスタフはオウドと目配せして、胸をなでおろした。
- - - - -
迷宮伯嫡子のオウドだよ。戦争をぎりぎり回避できてよかった。
グスタフ先輩から聞いたらマジメに爆発寸前で、母さんを主戦力に考えていたって……
勝手に戦争の旗頭にしないでよ?!
公爵が去った後、独立派伯爵たちはすっきりした様子でワインを飲み交わしている。
ボクとグスタフ先輩を囲んでのワイン攻めと質問攻めだ。結局飲むんだよね。
「なるほど、たまたま学友の伝手で公爵に忠告できたと」
「しかし若い嫡子殿の意見を素直に聞くとは西大公は意外と度量があるのではないか?」
「であれば、従属という手も悪くはないか?」
アミリ先輩が西大公の三姫というのは伏せて、ちょっとしたツテがとだけしか言ってない。
でも、また気分で話し始める貴族たち。
さっきと言ってることが真逆じゃないか。さすがに止めないと。
「いえ、それはよろしくないですよ」
「む?迷宮伯嫡子殿は公爵派かと思ったが」
「違います」
母さんから引き継いでるのはちゃんと留守番しろってことと、今まで独立で直参の立場を守ってきたということ。
だから先輩がいるからって西大公に従属するつもりはない。
近所の独立派のおじさんたちおばさんたちが気分とノリで戦争を始めて、ボクの大事な家臣や領民が傷つくとか納得できないから止めたんだ。
道化師メイドさんが指摘してたけど、家全体に油断というか富と軍事力への過信がある。
実際には当主である公爵殿下の指示が末端にちゃんと伝わらないような状況だ。
先輩には悪いんだけど、本当に頼りがいがあるかというと違うと思う。
迷宮伯家は違う。母さんが何か言ったらちゃんと一つにまとまれる。
小さい領地だし、皆にそうしないとまずいって危機感もある。
まぁボクの発言で全員動かせるわけじゃないのはこの間思い知ったから、もう少し頑張らないといけないけど。
「公爵殿下は良いお方だったけど、家臣たちはそうじゃないってのは皆様も思い知ったばかりじゃないですか」
「むぅ、そうではあるが」
独立派伯爵たちは過去の対応を思い出してくれたようだ。
公爵殿下は謝ったけど、別に彼らが追放されたりしたわけじゃないし、ちょっと言っただけで心を入れ替えるとは思えない。
強者が弱者を見下すのは自然すぎて直すのは難しい。
そう考えていると話題が変わった。
「そうそう公爵嫡女どのもかなり強いのだろう?」
「学園では一番の武術の腕前だったそうだな、それが学園一の魔法の天才と結婚すると」
「実戦でも活躍したとか」
「戦争が強いならば心配はないな」
独立派の伯爵たちは強さだけしか考えてないみたい。
「その戦争、お婿さんの奪い合いなんですよね。それに家臣率いて参加したいのですか?」
「む……たしかに」
「家臣を痴話喧嘩で死なせるのはちょっとなぁ」
ボクが指摘すると伯爵たちは困ったように顔をしかめた。
「まぁ、有望な婿を取るのは重要な政治だぞ」
「重要な政治ではあるんだがそれに巻き込まれていいことがあるか?」
「ないな」
グスタフ先輩が上手く締めてくれた。
「では引き続き我らは直参を誇りに、大貴族の理不尽につぶされぬよう、連携を強化することにしよう」
「おう!」
良かった、西大公が独立派伯爵たちに一目置いてくれているのは、それぞれ英雄を抱えた領地がしっかりと複数まとまってるからだ。
ここが仲間割れしちゃうとそれこそ従属しか選択肢がなくなっちゃう。
これでなんとか母さんにも胸を張って報告できるかな。




