他者の心を知れば
伊蔵達はミミルと共に南部における東との前線基地、ガダリの街へと向かっていた。
出掛ける際、執政官のオレルアンと伊蔵達についてひと悶着あったものの、最後はオレルアンの承知しましたというため息交じりの返答を得て伊蔵達はミミルと共に東へと飛び立った。
どうやらオレルアンもモリスの様に魔女に振り回され苦労する事になりそうだ。
東への道程はミミルが同行している事もあり、白魔女であるアナベルが一緒だったにも関わらず特に問題無く終える事が出来た。
道中、警備の魔女達をミミルが使い魔に加えていた為、多少時間は掛かったが。
そんな風にして辿り着いたガダリの街は前線近くだというのに、比較的のんびりした雰囲気を醸し出していた。
「ふむ……想像しておったの少し違うの」
「想像? どんな感じだと思っていたの?」
「前線というからには、もっと殺伐として緊迫感が漂っていると思っておったが……」
「私が生まれるずっと前から続いていますから……きっと日常になってるんだと」
「そうね。私達は決定打になるような魔女が揃うまで動くつもりは無かったから」
「強力な力で一気にという訳か……」
二人の言葉を聞いた伊蔵を乗せたアナベルの体が一瞬強張る。
伊蔵はそんなアナベルの銀髪の頭を優しく撫でた。
「えっ、えっ!? 伊蔵さん何を!?」
「案ずるな。ミミルは仲間じゃ、南部では言うた様な事は起こらぬ。それはいずれ北にも及ぶ筈じゃ」
「……はい」
「……何だか気持ちよさそうね、それ。ねぇ伊蔵、私の頭も撫でてくれない?」
「お主は別に不安を抱いている訳ではなかろう?」
「……ケチ」
口を尖らせるミミルに導かれ、伊蔵達は街の東に作られた砦の中庭へと降り立った。
彼らの姿を見咎めた砦の魔女達が、間髪入れず駆け付けてくる。
「何だ貴様ら……ミミル殿下!? しっ、失礼しました!!」
「お勤めご苦労様、トーガはいるかしら?」
「ハッ! すぐにお呼びいたします!! お前は殿下を応接室にお通ししろ!」
「りょっ、了解です!! でっ、殿下、こちらです!!」
「ありがと。行きましょう伊蔵」
「うむ。アナベル、何をキョロキョロしておる?」
「えっ? あの、西側の砦なんて初めて見たので……」
伊蔵はオドオドしながらも、興味深そうに砦を眺めるアナベルに苦笑を浮かべる。
「なるほどの、まぁ見学は帰りにでもしようぞ」
「わっ、分かりました!」
上官らしき魔女が部下に指示を出し、その部下に連れられて三人は砦の一室に案内された。
おそらく賓客がつかうのだろうその部屋は、石造りの武骨な外観からは想像出来ない様な豪華な作りだった。
白く漆喰の塗られた壁、その壁には絵画が掛けられ、隙間の無い板張りの床には毛足の長い絨毯が敷かれている。
その部屋の中央に皮張りのソファーと背の低い四角いテーブルが置かれていた。
「こちらでお待ち下さい!」
「案内ご苦労様」
「!? はっ、はい!!」
猫の頭を持つその魔女はミミルの言葉に一瞬驚いた後、敬礼を返し部屋を辞した。
「みな、お主に言葉を掛けられると同じ反応をするのう?」
「……私は今まで返事なんてしてこなかったから……」
「さようか……しかし立派な物じゃな。最前線にこのような部屋を設えるとは」
「最前線って言っても、東の軍勢がここまで来る事はまず無いから……」
伊蔵に説明しながらミミルはソファーにフワリと腰を下ろした。
三人掛けの真ん中に座り、彼女はポンポンと左手でソファーを叩く。
「伊蔵はここ」
「ぬぅ……」
「アナベルはこっち」
「はっ、はい!」
ミミルは今度は自分が座った右隣りをポンポンと叩く。
それを受けてアナベルはいそいそとミミルの隣に腰を下ろした。
伊蔵も仕方なく、ミミルの左隣りへと尻を落ち着ける。
ミミルはその隣に座った伊蔵の腕に抱き着き、肩に頭を乗せた。
「はぁ……ミミル、儂の何がそれ程気に入ったのじゃ?」
「……貴方は私を特別扱いしないじゃない。今までそんな男、誰もいなかった」
「儂はこの国の人間におもねるつもりは無いだけじゃ。儂の本当の主は国元の足立家のみ、フィア殿には恩があるがそれは曲げられぬ……それだけじゃよ」
「……そのあだちっていう人はそんなに素敵な人だったの?」
「…………本来、儂らの様な影働きには貴人が心やすく接する事は無い。じゃがあの方は儂らにも分け隔て無く接してくれた……同じ国に暮らす仲間じゃとな」
仲間と呟き、ミミルはそっと伊蔵から離れ、視線を膝の上に置いた自分の重ねた両手に向けた。
「あの……大丈夫ですか?」
「大丈夫よ……私はそんな風に考えた事はなかったなぁって思ってね。ついこの間まで、私は自分と下僕という認識でしか無かった……特別視してたのは兄様と姉様ぐらいで……」
「今は変わったのか?」
「フィアとの約束で取り敢えず城の魔女達を使い魔にしてみたの……そしたら、皆の心が流れて来て……皆、私と同じ人間なんだって否が応にも分かったわ。まぁ相容れない人も沢山いたけど……その人達を魔女にしたのは私だしね……」
「……さようか」
伊蔵がそう答えた時、応接室のドアが開き褐色の肌をした真っ赤な髪の男が部屋に駆け込んで来た。
「お待たせしました殿下!! 本日はどのような御用でしょうか!?」
そう言った年の頃は二十代半ば程に見える男の耳は長く尖り、瞳は薄い灰色をしていた。
青い落ち着いた色の貴族服の下には鍛えられた肉体が隠れている事が窺える。
犯罪者を魔女として部下にしていたミミルだが、男の雰囲気に粗暴さは感じられない。
流石に最前線の司令官にはミミルも理知的な人物を選んでいたようだ。
「この二人を東へ送る手伝いをして欲しいの」
「東へ……失礼ですが何者ですか? 一人は人間、もう一人は白き魔女に私には見えるのですが……」
「それで合ってるわ。二人は東の偵察も兼ねて人探しをしたいそうよ」
「偵察……ではいよいよ東に侵攻を?」
「いいえ。多分それはもう少しかかると思うわ……まずは西側の足並みをそろえないと」
「……失礼を承知で申し上げますが、殿下、お変わりになられましたか?」
南部前線司令官のトーガは以前とは違い、落ち着き穏やかな様子のミミルに違和感を感じたようだ。
「変えられたのよ。この伊蔵ともう一人のお子様に……」
そう言って苦笑を浮かべたミミルをトーガは信じられない面持ちで見つめていた。
自らの感情を優先させ、気に入らない事があれば躊躇なく部下を消して来たミミルが穏やかな笑みを浮かべている。
「一体何が……」
「それは伊蔵達を送り出したらゆっくり話してあげる。そうそう、今、砦にいる魔女を集めてくれないかしら」
「招集を掛ければよいのですか?」
「ええ、皆、私の使い魔になってもらうわ……分かってるわよ。無理強いはしない」
後半はトーガに向けた物では無い様で、ミミルは視線を外し囁く様に呟いた。
「使い魔でございますか? 今、砦には百名以上の魔女がいますがそれを全て?」
「ええ、今、前線に出ている魔女達も全員、使い魔にしたいから順次入れ替えて頂戴」
「はぁ……しかし何故いきなり……」
「だから言ったでしょ、二人に変えられたって。使い魔になれば私の魔力で貴方達も強くなる筈よ。私の使い魔になりたくない人は言って頂戴、無理強いはしないから」
「……了解しました」
南部で第二王女の言葉に否と言える者はいないだろう。
トーガはミミルの真意が分からず困惑しながらも了承の言葉を絞り出した。
お読み頂きありがとうございます。
面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。




