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愚か者の欠片

「フィア殿!!」


 伊蔵(いぞう)は大地を蹴りフィアの首に噛みついたミミルの頭に刃を突き入れた。

 頭はフィアの首を食い千切りながら剥がれた。

 食い千切られたフィアの首からは鮮血が噴水の様に吹き出す。


「フィア殿、アガン達の様に魔力を使って傷を塞ぐのじゃ!!」


 伊蔵はフィアを抱きかかえながら叫ぶ。


「うぅ……分かり……ました……」


 血を失ったフィアは青白い顔で伊蔵に答えながら、懸命に魔力を操った。

 それによりミミルによって負った傷は仮初の肉を作り出し吹き出す血を止めた。

 だが、大量に血を失った為か、伊蔵の腕の中で目を閉じて苦しそうに荒い呼吸を続けている。


「凄い……凄いわぁ……血族の血肉はこんなに美味しくて、こんなに体に馴染むのねぇ……」


 恍惚とした声に伊蔵が刀に目をやると、脳天を貫かれたミミルの首から体が再生し始めていた。

 その首から生えた角は先程の倍近くまで伸び、強烈な光を放っている。


「ぬっ!?」


 伊蔵が光に目を眇めている間にも体は再生していき、その再生した腕で刃を掴むとミミルは自身の頭を引き抜いた。

 引き抜いた勢いで庭園に転がったミミルの上半身は、見る間に下半身を再生させゆらりと立ち上がる。


「いいわぁ……どんな魔女の血も結晶も、これほどの力は与えてはくれなかった……ウフフッ、楽しみねぇ……兄様と姉様を喰らえばどれほどの力が得られるのかしら」


「クッ……」


 服の再生もせず裸で笑い声を上げるミミルから、伊蔵はシュガナに感じたモノと同様、いやシュガナより遥かに危険な気配を感じ取り思わずフィアを庇い身構えた。


「ふぅ……それじゃあ、邪魔者は消しておき……ウッ……」


 ミミルはそう言ってフィアに右手を翳したが、その動きが突然止まる。


「なんじゃ……?」

「なに……これ……頭が……」


 両手で頭を抱えたミミルの視線が、小刻みにキョロキョロと動く。


「私が……私が消える!! 消えてしまう!! …………………………クククッ……長かった……ようやく乗っ取る事が出来たわ」


 そういった瞬間、ミミルの桃色の髪は一瞬で真っ青に変わり、瞳の色は濃緑から金に変化していた。

 真っすぐに伸びていた白い角もグネグネとねじ曲がった黒い角へと姿を変えている。


「……お主はミミルではないな? 一体何者じゃ?」

「予の名はコバルト。今後、貴様らの主となる者よ」


 悪意に満ちた笑みを浮かべ、ミミルだった女は伊蔵に答える。


「主じゃと?」

「うぅ……私の血を……得た事で……五割を……超えたんだと……」

「フィア殿、無理に喋らずともよい」

「ほう、ある程度仕組みを分かっているようだな?」


 フィアの囁きを聞いたコバルトは牙を剥き笑う。

 それだけで伊蔵の背中に怖気が走る。


「クッ……お主、この地で何をなすつもりじゃ?」


「何を……クククッ、そうだな……取り敢えずこの街の者共を喰らい肉体を完全な物としたら、予以外の交配者を消すとする……止めなさいコバルト、この地は我らにとっても希望の土地に……臆病者は引っ込んでいろ!!! この地は全て予の物ぞ!!!」


 コバルトの会話の途中、いきなり口調が変わり、一瞬、瞳の色がエメラルド色に変わった様に伊蔵には見えた。


「何がどうなっておる……?」

「まったく小煩い女だ……とにかく、その娘には消えてもらうおうか? ルマーダを呼び出されても面倒なのでな」


 そう話しながら青い髪の女は無造作に右手を振った。

 振られた右手から三日月の様な形の雷が放たれ伊蔵達を襲う。


「駄目!!」


 フィアは咄嗟に右手を伸ばし蛇の鱗を前面に展開した。

 七色に輝く障壁が雷を弾いて激しく明滅し掻き消える。


「そんな……コリトさんの……障壁が……」


 コリトの魔法は女王の盾を名乗るだけあって、これまで使っていた障壁よりも数段上だった。

 その堅さはカラの魔法でもビクともしない程だ。その障壁をコバルトが無造作に放った魔法は相殺したものの一撃で破壊した。

 ショックを受けた様子のフィアに伊蔵が声を掛ける。


「フィア殿、無理をするな。あやつは儂が何とかする」

「でも……」

「案ずるな……お主も感じておるのじゃろう。儂に力が流れておるのを」


「はい……ただ、血を失った所為か……余り持ちそうに……ありません」

「時は掛からぬ、少し耐えてくれ」

「……お願い……します……」


 伊蔵は抱えていたフィアを地面に寝かせると、コバルトに向き直った。


「人間の魔法に防がれるとは……やはりまだ本来の力は出せんか」


 伊蔵達の動きを一顧だにせず、コバルト不満そうにつぶやいている。


「まぁよい、次で終いだ」


 コバルトはそう言うと再度、右手をフィアに向け牙を見せ笑う。

 伊蔵はその右手を翳したコバルトの前に立ちふさがると、腰を落とし手にした刀を構えた。


「何だ人間? 予の邪魔する気か?」

「……この娘は儂の主じゃ、それに人を食う事も魔女を消すというお主の望みも、主の願いと相反するのでな」

「伊蔵さん……」


 苦し気な声と共にフィアから伊蔵の体に更に大量の魔力が流れ込んだ。

 伊蔵の体にカラやシュガナと戦った時以上の万能感が満ちる。


「ふむ、これなら……」

「ほう、人間が予を止めるか? 面白い、この体に慣れる為に少し遊んでやるわ」

「では遊んでもらおう!!」


 その言葉と共に伊蔵は刀を振った。

 それに合わせコバルトも突き出し右手を刃に翳し障壁を張る。

 伊蔵にフィアから魔力が流れている事はコバルトも気づいていた。

 だが、鉄で出来た物が障壁を破壊、否、障壁を壊せた所で自分に傷をつける事は無い。


 そう思い笑みを浮かべていたコバルトの顔が刹那の間に凍り付く。

 伊蔵が振るった刀は突き出した障壁をなんの抵抗も無く切り裂き、一太刀でその障壁を張った右手を切り落としたからだ。


 切り落とされた仮初の腕は空中に舞い上がり霞になって消えた。


「クッ、その剣はただの剣では無いな!?」


 コバルトは切られた右腕を押さえ伊蔵を睨みつける。


「らしいのう……」

「舐めるなよ。予が人間等に……何故だ……何故腕が再生しない!?」

「余り時間が無い、一太刀で首を狩らせてもらうぞ」


 そう言って八双に構えた伊蔵の刀を見たコバルトの目が大きく見開かれる。


「この気配……その剣は、まさかヴェルトロか!?」

「やはりこの刀はお主ら悪魔にとって厄介な様じゃな」

「やかましい!! そやつを振るう貴様を消せばよいだけだ!!」


 コバルトは刀の存在に顔を歪めていたが、気持ちを伊蔵の排除に切り替え、突き出した左腕から青白い光を帯びた雷の束を浴びせかけた。

 迫りくる雷光に全身が粟立つ様な感覚を振り切り、伊蔵は苦し紛れにその雷に刃を叩きつけた。

 刃はその力に喜びの声を上げる様に輝き、放たれた雷を全て飲み込む。


「ぬっ!?」


 炎の要に弾ければと思い振るった刀が雷を飲み込んだ事で、伊蔵自身も思わず驚きの声を漏らす。


「おのれぇ……相も変わらず節操無し化け物がぁ……」


 方やコバルトは忌々し気に伊蔵の手にある佐神国守(さじんくにもり)を睨みつけていた。


「……今度はこちらから参るぞ」

「ググッ……ようやく出て来られたというのに……」


 歯をギリギリと鳴らすコバルトに伊蔵は踏み込み連撃を放つ。

 コバルトはその攻撃を魔法で防ぐ事はせず、ギリギリで躱していった。

 早々に決めたい伊蔵が焦り放った胴薙ぎを大きく後ろに飛んで躱すと、コバルトは左手を広げ叫ぶ。


「待て!! 貴様はそれが何か分かって使っているのか!?」

「何か? ……この刀は佐神国守、儂の故郷の宝刀よ」

「ハッ、宝刀? 馬鹿者が!! それは我ら等の世界を喰らい尽くそうとした愚か者の欠片ぞ!!」

「何……世界を?」


 興味を示した伊蔵にコバルトは、少し時間が稼げそうだと心の内で笑みを浮かべながら策を考え始めた。


 目の前の人間は忌々しい事に、現在の力では簡単に屠るという訳にはいかないようだ。

 それに加え、厄介な事にヴェルトロの欠片まで手にしている。


 形を得た肉体が滅んでも自分達は元の世界に還るだけだが、ヴェルトロだけは別だ。

 あの剣で切られたら、この肉体に入り込んだ精神ごと喰われてしまうだろう。


 そうなれば本体も大きく力を削がれる事になる。

 コバルトはそれだけは避けたかった。


「その剣の形をしている物は暴食龍ヴェルトロ、我ら等の世界で破壊の限りを尽くし追放されし者、その体の一部よ」

「暴食龍……やはり、この刀は龍が……追放……」


「そやつはとてつもない大喰らいでな、小物も含め我ら全員が飲み込まれる所だった。だからいつもは協力等しない連中が集まってそやつを封印したのだ」


「お主らの世界で封印した物が何故こちらにあるのじゃ?」

「こちらが聞きたいぐらいだ。ヴェルトロは封印後、地中深く埋めた筈……」

「……よく分からんが、そのヴェルトロから砕け落ちた欠片がこの刀という訳じゃな?」


 コバルトは話しながら伊蔵の隙を伺った。


 彼は出来れば肉体を保持したまま逃げたかった。

 その為には魔法を喰らい自分を断ち切るヴェルトロは邪魔でしかない。


 ともかく目の前の人間の手からヴェルトロを引き離さねば……。

 それが出来なければ、最悪、この肉体を捨てて、いがみ合いを続ける第一王子か第二王女に期待するしか無くなる……。


 そんな事を考えつつコバルトは話を続ける。


「そうだ。……貴様がもしその剣で我らを斬り続けたら、ヴェルトロが復活するかもしれん。だからそんな厄介な物は封印を……」

「ふむ……ではひとまずお主を斬って、今後はなるべく使わん様にしよう」


 コバルトの言葉を遮り、そう言うと伊蔵は踏み込み悪魔に肉薄した。


「使うなと言ってる!! この愚か者が!!」

「人を喰い、他の魔女を消すという者を、何よりフィア殿を殺めようとしたお主を見逃す事は出来ん!!」

「クソッ、愚かな人間め!!」


 伊蔵の刃が届く直前、ギリギリのタイミングでコバルトはミミルに入り込んだ精神を魔界へと引き戻した。

 それと同時に瞳はエメラルドに、青い髪は桃色へと瞬時に変わった。


 そのエメラルドの瞳が伊蔵の目を真っすぐに捉える。

 憂いを含んだその瞳に、伊蔵は思わず刀を止めていた。


「……お主はコバルトでもミミルでもないようじゃな?」


 首に届く直前で刃を止めたまま、伊蔵は目の前の女に尋ねる。

 女は長く白い角の伸びた頭をゆっくりと頷かせた。


「……私はルマーダ。この地に希望を求めた者……お願いです。私の話を聞いて下さい」

「……伊蔵さん……話を……聞きましょう……その刀の事も……詳しい事が……聞ける筈です」

「フィア殿……分かった。ルマーダ、聞かせてくれ」


 伊蔵は追放者の欠片だという愛刀を鞘に収めると、辛そうに身を起こしたフィアに駆け寄りその背をそっと支えた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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