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怒りを燃え上がらす事無く

 振り下ろした刀がトカゲの相貌を持つ魔女の左腕を肩口から切り落とす。


「ギャアアアアア!!!」

「次は右肩じゃ。おのが行いを悔いるがよい」


 静かにそう告げ、刀を大上段に振り上げた伊蔵(いぞう)の体に何者かがしがみ付いた。


「止めて!!」


 視線を巡らすと涙目のプラムが伊蔵の体にしがみ付いていた。

 どうやらトカゲの魔女、ドッコの叫びで目を覚ましたようだ。


「こやつはお主の姉を殺した魔女ぞ?」

「この人が……」


 プラムは伊蔵の言葉で、左肩から先と右手上腕部を失い倒れているドッコを見て顔歪めた。

 荒く息を吐き、伊蔵の服を掴んでいた手が強く握りしめられる。

 プラムは荒れた呼吸を整える様に目を閉じ深呼吸を繰り返した。


 呼吸を整え、伊蔵を泣き腫らした瞳で見上げながら口を開く。


「……それでも……それでも止めて下さい…………今日はもう、これ以上誰の悲鳴も聞きたくない」


 プラムは絞り出す様に言うとドッコから視線を逸らせた。


「さようか……」


 伊蔵は振り上げていた刀をそっと下ろした。

 その様子を見ていたドッコは尻尾を地面に打ち付け、伊蔵から距離を取った。


「クッ」


 プラムがしがみ付いたままの伊蔵は対応出来ずドッコの動きを目で追うのみだ。


「チッ……てめぇのツラは覚えたぜ。次はこうはいかねぇからな」

「ありませんよ。次なんて」


 上空から聞こえた声と同時に(いかづち)がドッコを貫いた。


「グギギッ!?……カハッ!……」

「キャアア!!」


 雷の直撃はドッコの意識を一瞬で奪った。煙を立ち昇らせトカゲの魔女は膝から崩れ落ちる。

 その閃光と音に怯え、プラムは悲鳴を上げて伊蔵にしがみ付いた。


 見上げれば桃色の髪の小さな魔女がドッコに向けて右手を掲げていた。


「フィア殿……何故ここに……?」


 フィアは風を操り伊蔵の目の前まで下りると、思い切りその頬を張った。

 パンッと渇いた音が夜の闇に響く。


「フィア殿……?」

「伊蔵さん、私は怒っています。何に怒っているか分かりますか?」

「こやつを切り刻んだ事じゃろう。じゃがこやつは」


「違います。私は行為に怒っているのではありません。それをやろうとした伊蔵さんの気持ちに憤っているのです」

「……どういう意味じゃ?」


「里の人を殺されて怒りを持つのは分かります。でも感情のまま相手を(しいた)げるなら……それはこの人と、今、西を支配している魔女達と変わらないじゃないですか……以前も言いましたが私は伊蔵さんに人間でいて欲しいと思っています。本能に従うのでは無く、理性で自分を律する事の出来る人間で……」


 伊蔵はフィアの言葉の意味を考えた。


 確かに先ほどまでの自分は、里の人々を殺した魔女への怒りをトカゲを斬る事で晴らしていた。

 怒りの理由は明白で連れ去られた人々、殺された人々の姿が加納に滅ぼされた故郷と重なったからだ。

 義憤でも何でも無く、私憤を、自分の中のうっぷんをトカゲにぶつけていたに過ぎない。


 師の言葉が脳裏をよぎる。


 “よいか伊蔵。怒りは瞬間的には力を高める。じゃがそれは判断を鈍らせる諸刃の剣よ。怒るなら静かに怒れ、決して燃え上がらせてはならん。ゆめゆめ忘れるでないぞ”


 刻んだはずの師の言葉を忘れるほど、自分は怒りに支配されていたようだ。


「……儂もまだまだのようじゃ……フィア殿、お叱り頂き感謝する」


 伊蔵は呆けた様に伊蔵に抱きついたままフィアを見ていたプラムを優しく引き離すと、フィアの前に膝を突き頭を下げた。


「わわっ!? あの、反省いただけたのならもういいですから! 立って立って!」

「ぬっ……さようか……」


 フィアの言葉に従い立ち上がった伊蔵は、そのままドッコに歩み寄ると痙攣しているドッコの首を断ち切った。


「キャッ!? 何で!?」


 伊蔵の行いが信じられず、プラムは両手を口に当てる。

 そんなプラムにフィアは風を操り近づくと地面に降り立ち、後退った彼女に声を掛けた。


「プラムさんですね。伊蔵さんを止めてくれてありがとうございます。……お話はベラーナさんから聞きました。大変でしたね。里の皆さん、それと長のグリモスさんの事は私達に任せて下さい」


 笑みを浮かべ逸らした胸を叩いたフィアにプラムは尋ねる。


「あの、それより何で首を!?」


 切り離した首を片手にぶら下げた伊蔵を横目にフィアが説明する。


「ああ……魔女は首を切ったぐらいじゃ死なないです。あれは持ち運びやすいようにする為ですよ」


「……死なない……持ち運び……ところであなたは?」

「私はフィア。伊蔵さん達の……一応、主をやってます」

「主……ですか?」


 自分よりも遥かに幼く見える少女が伊蔵の主を名乗った事で、プラムは理解が追い付かず首を傾げた。


「おいフィア!! 一人で突っ走ってんじゃねぇよ!!」

「そうだ、我らはそれ程、早く飛べぬ」

「そうよ。置いて行かれては護衛の意味が無いわ」

「「そうなれば、約束の食事にありつけぬ」」


 ベラーナの他、蛸の魔女シルスと烏賊の魔女フォルスもフィアに苦情を申し立てた。


「また魔女が……」

「ああ、大丈夫ですよ。皆、私の使い魔なので。悪い事をしようとすれば、すぐ止めますから」


 微笑みを浮かべるフィアにプラムはぎこちない笑みを返すのが精一杯だった。



 ■◇■◇■◇■



 プラムの家の居間に魔女が四人、いや首だけになったドッコを入れれば五人。

 それと黒髪の異邦人、伊蔵が現在の家主プラムの前に並んでいた。

 プラムと対面する形で伊蔵とフィアが椅子に座り、ベラーナ達はその後ろに並んでいた。


「そのパンは食べていいのか?」

「シルス、食べるなら私にも半分寄越すのです」


「……フィア殿、こやつらは?」

「この人たちはシルスさんとフォルスさん。男の人がシルスさんで女の人がフォルスさんです。彼らはガリオンさんと同じ元ヴェンデス領の魔女さんですよ。行くなら二人を護衛に付けろってモリスさんが……」


 フィアはテーブルに残っていた食べかけパンに伸びるシルス達の触手をはたきながら、伊蔵に二人を紹介した。


 ヴェンデスのと呟き、伊蔵はシルス達の全身をくまなく観察する。

 それに気付いたシルスとフォルスは伊蔵を無表情に見返した。


「何だ人間?」

不躾(ぶしつけ)に私達を見ないで」


「ふむ……お主ら何だか美味そうじゃの」


 伊蔵の言葉でシルスとフォルスは珍しく表情を変えた。


「おい伊蔵、何言ってんだ? こいつ等の何処が……」

「あっ、伊蔵さんもそう思いました?」

「ぬっ、フィア殿もか?」


 フィアは恍惚とした表情を浮かべ頷きを返す。


「お二人の血を頂いたのですが、なんと言うか、スッキリしてるんですけど、凄くコクがあって、それでいて上品で……すっごく美味しいスープみたいだったんですよ」

「さようか……確かに蛸も烏賊も噛みしめる程に味が出るからのう……」


 チラチラと自分達を見る伊蔵とフィアに、捕食される恐怖を感じたシルスとフォルスは触手をそっとローブの中に隠した。


「この者たちは我らを食らうつもりか?」

「我らは食う側であって食われる側ではないのです……その目を即時、停止するのです」


「何本もあるのじゃから一本ぐらい良かろう?」


「「グッ……」」


 伊蔵の言葉にシルス達は顔を引きつらせた。


「止めとけ伊蔵、それにフィアも。見ろよプラムが完全に引いてんじゃねぇか」


 ベラーナの言葉通り、プラムは伊蔵達のやり取りを聞いて顔を青ざめさせていた。


「ぬっ……プラム、西の儂の故郷ではこやつらに似た魚が獲れるのじゃ。儂はそれが好物でな……」

「あの、私は血を飲むと飲んだ魔女さんの力を使える様になるんですよ……ただちょっとシルスさん達の血が美味し過ぎたので興味が……アハハッ、ホントには食べませんから安心して下さい」


 淡々と語る伊蔵と頭を掻き笑うフィア。

 その後ろでベラーナの背後に隠れ伊蔵達を窺っているシルスとフォルス。


 連れ去られた里人、姉と仲間の死。

 そんな衝撃的な出来事が次々起こった中で、目の前の光景が一番理解不能だわ。


 そんな事を思いつつ、プラムはハハッと渇いた笑いを返した。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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