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惨劇の島

 伊蔵(いぞう)を乗せたベラーナの翼は湖の真ん中、遠目には水面しかない場所へ真っすぐに進んでいく。

 人除けの結界で感じる不安感を一瞬で通り抜けると、目の前の光景が瞬時に切り替わった。


 水しか無かった場所に突然島が出現する。

 その島には田畑の他、建物が立っているのが見えた。

 規模でいえばカラの領にある農村ぐらい、今までの隠れ里より規模はかなり大きいようだ。


 その村落の中心へと伊蔵を乗せたベラーナは下り始めた。

 伊蔵は下降を始めた彼女の背から飛び降りると周辺に視線を送る。


「人の姿が見えぬ」

「血の匂いはそこら中から臭って来る……多分、家に逃げ込んだ住民を……こいつは、はぐれ狩りか……それにしたってやり過ぎだぜ」


 伊蔵の隣に降り立ったベラーナは顔を歪め不快そうに吐き捨てた。


「……ベラーナ、生きている者を探すぞ」

「……わーった」


 建物は石造りの簡素な作りだったが、それよりも気になったのは幾つかの建物の壁に無数の小指程の穴が開いていた事だ。

 伊蔵とベラーナはその住居と思われる建物を手分けして回り、生き残った者がいないか探して回った。

 しかし、住居には建物同様、穴だらけにされた住民や、引き裂かれた者達が血を流し静かに横たわっているだけだった。


「……(むご)い事をするものじゃ……」


 凄惨な光景に伊蔵は怒りよりも先に悲しさや切なさを感じた。

 伊蔵は自分が得られなかった暮らしをする民達にどこか憧れを抱いていた。

 師匠には甘いと言われていたが、彼もまたフィア同様、人々の営みを愛していたのだ。


 そんな事を思い里を調べる過程で気付いた事がある。殺されているのは老人がその殆どを占めていた。

 ただ、村落の規模から考えて死者の数が少なく思える。


「若者や子供は連れ去ったのじゃろうか……」


 顎に右手をやった伊蔵に生存者を探していたベラーナが声を掛ける。


「伊蔵、ちょっといいか?」

「なんじゃ?」

「血に混じって場所の特定が難しいんだが、なんか乳くせぇ臭いがどっかからすんだよ……お前、分かんねぇか?」

「乳臭い……赤子か……」


 伊蔵は耳に意識を集中させた。

 伊蔵の耳は聞きたい音以外も増幅するので使い勝手は悪いが、何かを探すには重宝していた。

 なぜなら生き物は存在しているだけで音を発するものだから……。


 程なく伊蔵の耳は雑音に混じって赤子の泣き声を聞き取った。


「こっちじゃ」

「おう」


 泣き声に向かって二人は歩を進めた。


 耳は赤子だけでなく、別の人物の声も拾っていた。

 囁き声で赤子を宥め何とか泣くのを止めさせようとしているようだ。


 やがて伊蔵の足は木造の倉庫だと思われる場所に辿り着いた。

 倉庫のそばには緑色の髪の女が一人倒れていた。

 体中を穴だらけにされており、調べなくても絶命しているのが分かる。


「まったく、ひでぇ殺し方しやがるぜ」

「……生存者の探索を終えたら皆を埋めてやろうぞ」

「……ああ」


 伊蔵はその娘の見開かれた瞳を閉じると倉庫の入口へと足を向けた。

 木製の両開きの扉を開くと、内部には家畜の餌にする為か藁紐で纏められた干し草が積まれている。

 倉庫の上部に設けられた明り取りの窓からは日暮れ前の赤い光が差し込んでいた。


 その倉庫に積まれた干し草の一画から声は聞こえていた。

 干し草はそこだけが僅かに乱れて積まれており、何かを隠した事が窺える。


「ここまでくりゃあ分かるぜ。この草の下だな」


 鼻をスンと鳴らしてベラーナが言う。


「うむ」

「任せな」


 ベラーナは消していた翼を広げると羽ばたきによって風を起こした。

 まとめられていた干し草の束が風によって吹き飛ばされる。

 その中のいくつか、纏めていた紐が外れ散った草が伊蔵達に振りかかった。


「……ベラーナ、お主は急がば回れという言葉を覚えよ」


 それを払いながら伊蔵は呆れた口調で言う。


「ペッペッ……クソッ、いいアイデアだと思ったんだが……」


 草塗れにはなったが、その一角の干し草は除かれ、むき出しの土の床に木で作られた落し戸が顔を覗かせる。


「地下室みてぇだな」

「ふむ、ともかく開けてみようぞ」


 伊蔵は扉の紐で出来た持ち手に手を掛け、一気に引き開けた。

 四角い穴は暗く、中から押し殺した泣き声が聞こえている。


「お願いよ、泣き止んで……」


 伊蔵の耳にはそんな囁きが泣き声と共に聞こえていた。

 穴の縁には梯子が掛けられそれは闇の中へと続いている。


「下りるか?」

「いや、その前に声を掛けてみよう……中の者、儂らははぐれ狩りではない! そやつらはもう去ったようじゃ!」


 伊蔵がそう声を掛けたが地下室から返事は無く、微かな悲鳴と泣き声だけが返って来た。


「下りるしか無さそうじゃな……ベラーナ、お主は今一度、里の中を探ってくれるか?」

「多分、生存者はここだけだぜ?」

「……一目で魔女と分かるお主がいると下の者が怯えるやもしれぬ」

「……ふぅ、そういう事か……んじゃ、もう一回りしてくらぁ」


 ベラーナが倉庫を出て行くのを見送ると、伊蔵は梯子に足を掛け地下へと降り始めた。


 深さは伊蔵の身長の倍ほどで無く、すぐに床を足が捕えた。

 そこは外よりも冷たく、食糧庫として使われている様だった。

 入り口からの光で見える範囲には野菜の入った箱が並んでいる。


 伊蔵は腰の後ろのポーチから手持ちの小ぶりな燭台の様な物を取り出した。

 ただ、普通の燭台とは違い蝋燭を立てる場所には金属の棒が刺さっている。


 赤い印の刻まれたそれを翳すとそれは明るい光を灯した。

 アナベルの持つ光の魔法を利用した魔法の燭台だった。


 蝋燭より遥かに明るい光を放つそれを地下室の奥に向ける。


「ヒッ!?」

「うぇえええ!!」


 怯えた声と同時に赤ん坊の泣き声が地下室に響く。

 光の照らし出した先には十代半ば程で緑の髪のえんじ色のエプロンドレスを着た少女が、布に(くる)まれた同じ色の髪の赤ん坊を(かか)え身をすくめていた。


「おっ、お願いです!! わっ、私はどうなってもいいから、この子だけは!!」

「……先ほど申したように、儂ははぐれ狩りでは無い」

「はっ、はぐれ狩りじゃなくても、とっ、盗賊なんでしょう!?」


 少女はどうやら伊蔵を惨劇の後を漁るコソ泥と思った様だ。

 その間も赤ん坊は泣き声を上げていたが、伊蔵が何も言わずにいるとやがて泣き疲れたのか泣き声は止まった。

 赤ん坊が泣き止んだのを確認し、伊蔵は声を落とし少女に話しかけた。


「盗賊では無い、儂はここの長の魔女と話をしに来ただけじゃ」

「グリモス様と……」

「グリモスというのが長か……」

「はい、グリモス様は皆を守る為に……」


 伊蔵はその場に膝を突き俯いた少女に出来る限り優しく声を掛けた。


「お主、名は何と申す?」

「……プラム」

「ではプラム、取り敢えずここを出て話を聞かせてくれぬか?」

「…………分かりました」


 プラムと名乗った少女は逃げられないと思ったのか、伊蔵の提案を受け入れた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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