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逃げ出すなんてもったいない

 マルダモは羽根を使ってその身を浮かせ、伊蔵(いぞう)達を乗せたまま南下を始めた。

 スピードはそれ程でも無いが、かなり高い位置まで上昇出来る事とマルダモの意思で外壁の色を変えられる様で視認性は極めて低い。


 羽根の音が少々気にはなるが、見上げても見つかる事は無いだろう。


「おせぇな」


 砦の外壁に沿った廊下の壁の一部は外の様子を窓の様に映し出しており、そこから眼下を見たベラーナはそんな感想を言った。


「運んでもらっておるのに文句を申すな」

「でもよぉ、これじゃ多分城に着くのは明日になるぜ?」

「ふむ……ではお主は先触れとして先に帰るか?」


「いいのか? 魔女に見つかると面倒じゃねぇか?」

「……確かに儂一人では空を飛ぶ魔女の対処は骨が折れるのう……」

“見つかっても槍で撃退するよ”


 唐突にマルダモが二人の会話に割り込んだ。


「うぉッ……聞いてやがったのか……」

“体の中の会話だもの、そりゃ聞こえるよ”

「……ふむ、宿を営むにしても会話が筒抜けなのはマズいのう」


“なんで?”

「お主……人には知られたくない事もあるじゃろうが?」

“ああ、そう言う事か。一応、個室は覗かない様にしてるから”


 本当じゃろうな、と呟きつつ伊蔵は話を戻す。


「槍で撃退と言うが、ガリオンにはお主の槍は無力であったぞ」


 伊蔵は足元に置いてあるガリオンの首に目を落とした。


“……その魔女が堅すぎなんだよ”

「ふぅ……おせぇけど、ここにいた方が良さそうだな」

“ちぇッ……そいつ程、堅くなきゃ大丈夫なのに……”


「まぁ良いではないか……そうじゃマルダモ、中を見せてもらってもよいか?」

“いいよ……でも里の皆は外の人に慣れてないから、優しくしてあげてね”

「わーってるよぉ……フヒヒッ、んじゃ探検と行くか」


 ベラーナは楽しそうに笑うとキョロキョロと周囲を見回しながら駆け出した。

 伊蔵はそんな彼女に苦笑しつつ、足元の首を抱え上げベラーナの後を歩き始めた。



 ■◇■◇■◇■



 それから一日程かけて伊蔵達を乗せたマルダモはカラの城の近くまで到達していた。

 街や村を避けて移動した為か、幸い危惧していた襲撃も無く伊蔵達はのんびりと旅を楽しむ事が出来た。


 マルダモの中は住民が家として使っているだけあって、居心地は悪くなかった。

 現在は使用を制限されていたが内部には水浴びが出来る場所もあり、あてがわれた部屋もそれなりに広く、食事もルキスラの血を飲んだレアナが関わっていた為か食材その物が美味だった。

 伊蔵はベッドに腰かけ、向かいに座るベラーナとそんな事を話していた。


「平和になったらコイツに運んでもらいながら旅をすんのも面白れぇかもな」

「なるほど、移動する宿と言う訳か……お主、なかなか商才がありそうじゃの」

「俺は面白れぇ事を……生きる事を楽しみてぇんだよ。最初に言ったろうが」


「そういえば言っておったの。あの時は下の話も混じっておったが」

「あん時はまだ使い魔じゃ無かったからな……最近はそっちはどうでもよくなってきたぜ。気の合う奴が一人いりゃいい」

「さようか……さて、そろそろ到着かの……ベラーナ、城へ飛んでモリスに街の何処に降ろせばよいか聞いて来てくれるか?」

「わーった」


 部屋を出るベラーナを見送り、伊蔵はベッドの脇に置いたガリオンの首に目を落とす。

 ガリオンはあれから何度か目を覚ましたが、その度に野太い声で文句を言う為、つど意識を奪っていた。


 使い魔にして少しは言う事を聞いてくれる様になれば良いのだが。

 そんな事を思いつつ伊蔵は苦笑を浮かべる。


 思えば国元にいた頃は捕虜を取り込む等、考えた事も無かった。

 勿論、仕事で敵の要人を攫う事はあったがそれはあくまで仕事であり、相手の立場に関係無く命を救うといった今の様なやり方とは全く違う性質の物だった。


 フィアと関わるうち、ベラーナ達のように自分も変わって来たのかも知れない。

 ただ、伊蔵は現在のやり方も悪くはないなと感じていた。



 ■◇■◇■◇■



 領都に下りて来る建物を領民たちが口を開けて眺めている。

 あの後、モリスと相談して戻ったベラーナが示した場所は、領都の再開発地区だった。

 古い建物が壊され空き地となった場所、周囲にはまだ古い建物や廃墟となった無人の家等が立ち並んでいる場所だった。


「そのまま、真っすぐだ!!」


 マルダモの周囲を旋回しながらベラーナが彼を誘導している。

 着陸場所の近くではモリスの他、フィアやルキスラがその様子を眺めていた。


「あれがレアナの言っていた家の姿をした魔女か……聞いていたよりかなり大きいな」

「ルキスラさん、私もあの魔女さんの中で暮らしていたんですよね?」

「手紙にはそう書いてあったが……覚えているのか?」


「それが……殆ど記憶にありません……中を見れば思い出すかもですが……」

「フィアはまだ小さかったからな。無理も無いだろう」

「ルキスラ様、あなたの情報では穏やかな魔女という事でしたが、ベラーナ様の話ですと壁から槍を放つらしいですぞ……はぁ……受け入れはしますが、問題が起きなければよいのですが……」


 モリスが伊蔵にマルダモとの接触を図ってもらったのは、ルキスラがレアナの手紙によって得た情報が大きい。

 それによれば、マルダモは温厚で里の人間を家族の様に思い仲良く暮らしているという事だった。


 そんな温厚な魔女であれば、フィアの計画にも協力くれるだろうと思っていたのだが……。

 そもそも領に受け入れるのは想定外だし、それ以上に槍の話を聞いてモリスは、マルダモと領都の住民の間でトラブルが起きないかその事に不安を感じていた。


「フィア様の計画が……全てが上手くいき実現できたら、領都の外にも候補地は幾らでもあるんですけどねぇ」

「モリスさん、悪い事ばかり考えていると、本当にそうなっちゃいます。最悪を想定するのは大事ですけど……気持ち的には上手くいく方を信じましょう」


「ふぅ……フィア様はいつも前向きですな……私はまだ西に逃げる選択肢を捨てきれませんよ」

「あれ? そうなんですか? モリスさんがどうしてもって言うなら止めませんけど……でも、きっと残った方が楽しいと思いますよ」

「……何故です?」


 眉を寄せたモリスにフィアは微笑みを浮かべる。


「だって、最初は伊蔵さん一人だけだったんですよ! でも今はこんなに人が増えて……サザイドさんも死んだ目ですけど協力を約束してくれましたし……きっと上手くいってルマーダは楽しい国になります! そんな国から逃げ出すなんてもったいないでしょう?」


 モリスはそこまで楽観的にはなれなかったが、目の前の小さな魔女の言葉は不思議と信じられるような気がした。

 滅茶苦茶ではあったが、彼らと出会い過ごした短い日々には嘘が無かったからかも知れない。


「そうですな。内戦が終わりこの国が栄えるなら私も贅沢出来そうですし、確かに今逃げるのはもったいないかもしれませんな」

「でしょう?」

「フフッ、フィアは本当にレアナに似ているな」

「えへへ、だってお母さんの娘ですもん」


「おーし、そのまま!! ゆっくり下ろせ!!」


 ベラーナ声が響き、空き地に円柱形の金属の砦が着陸する。

 その砦の扉が開きガリオンの首を担いだ伊蔵と、子供サイズのブリキの人形が姿を見せたのを見て、フィアは彼らの元に駆け出した。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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