飛ぶ城塞
「……蔵……伊蔵! 大丈夫かよ? これ何本に見える?」
そう言って気を失った子供を背負った赤い肌の女は、右手の指を立てて伊蔵の前に突き出した。
「うぅ……三本か?」
「二本だよ……まだ目ぇ回ってるみてぇだな」
“大丈夫なの、その人?”
「ケケッ、こいつは人間の癖に首が取れても生きてた奴だぜ。この程度じゃ死なねぇよ」
“首が……それって人間なの?”
ベラーナと話しているのはどうやら砦らしい。
その声からは先程までの拗ねたような響きは消えていた。
程なく眩暈の治まった伊蔵は身を起こし周囲を見回した。
「ほらな」
“結構な勢いでぶつかった筈だけど”
「ケケケッ、ありゃあ確かに痛そうだった」
「ベラーナ、背中の子供は?」
愉快そうに笑うベラーナにワザとそっけない口調で問いかける。
彼女の様なタイプは反応すればするほど喜ぶ筈だ。
「あ? こいつは気ぃ失って寝てるだけだ。取り敢えず死ぬって事はなさそうだぜ」
「さようか……」
「まぁ、さっさと戻って治療はしてやりてぇが……」
「……そうじゃな」
ベラーナにそう返しながら伊蔵は里の様子を観察した。
大地は隆起しひび割れ畑は見る影も無かった。
池は干上がり畑に引かれていた用水路からも水は消えている。
「ふむ……これは酷いのう……お主、どうするつもりじゃ? ここでまた一から里を作り直すか?」
伊蔵は今度は目の前にそびえる砦に問いかける。
“直すのは無理だよ……里はレアナの力を借りて作ったんだ……僕だけじゃあ……”
「さようか……では儂らと一緒に来るか?」
“君達と?……でも君達、反乱を起こすんだろ?……僕、戦争は嫌いだ”
「んじゃ、このボロボロの里で人間抱えて生きてくのか? こんな状態じゃ食いもんだって満足に調達できねぇだろ?」
「お主に戦えとは言わぬ。それは儂の役目じゃ」
“……僕等が暮らせる場所が君達の所にはあるの?”
砦の問いに伊蔵は笑みを浮かべ頷いた。
「ある。儂らはそれを作る為に戦っておるからのう」
「まぁ、暫くは俺達の領でいりゃいいさ。うちも土地は余り気味だからよぉ」
“……皆と話してみる”
砦は内部の住人たちに伊蔵達の提案を説明し始めた。
住民達の意見は隠れ里から出る事に不安を感じている者と、外に出るべきだと主張する者に分かれている様だ。
その事を伊蔵の耳は聞き取っていた。
「さて、魔女はどうなっておるかの……」
「絶賛、再生中だ。流石に顔を上下に切り分けられてっから、魔法とか使う余裕はねぇみてぇだな」
「それでも生きておるか……魔女はしぶといのう」
ガタガタになった足場を歩き、伊蔵は大地に倒れているガリオンの下へと足を運んだ。
その後を翼を広げたベラーナが追う。
「よぉ、もうさっきの奴は使わねぇのか?」
「使わぬ……お主も見ておったであろう……あれは欠陥品じゃ」
ニヤつくベラーナに伊蔵は先程と同様そっけなく返した。
「ああ見てた。見事に壁にぶち当たってた……クククッ、飛ぶためにゃ、しばらく俺に頼るしかなさそうだなぁ」
ニヤッと牙を見せながら嬉しそうに笑うベラーナを見て、伊蔵はやれやれと首を振った。
■◇■◇■◇■
象頭の魔女、ガリオンが意識を取り戻すと目の前には、黒衣の異国人と子供を背負った赤い肌の魔女が自分を見下ろし立っていた。
「お目覚めだな」
「あんた達、何者よ!? 私にこんな事して……上に報告してやるわ!! そうなったら王宮が黙ってないわよ!!」
伊蔵は上下に分けたガリオンの頭に、死体から切り取った顔の下部分を接合していた。
以前、アガンが腕を繋げるのを見ていたので話を聞く為、試しに合わせてみたのだ。
その際に一応結晶も探ってみたが、残念ながらガリオンには結晶は存在しなかった。
それはさておき、上半分になったガリオンの頭は切り取った下部分を取り込んだ。
余りの生命力の強さに伊蔵は少し呆れてしまった。
そんな気持ちを切り替えつつ、ガリオンの言葉に答える。
「安心せよ。その王宮も黙らせるつもりじゃからのう」
「王宮を黙らせる? フンッ、そんな事出来るわけないでしょ!」
「確かに今すぐには無理じゃろうな……じゃがいずれはそうなる……さて、お主には聞きたい事がある」
「……なによ?」
「知れた事。この領の魔女の数と其奴らが何処におるかじゃ」
「こんな事されて言う訳ないでしょ!!」
野太い声で声を上げ睨むガリオンに伊蔵は肩を竦めた。
本来であれば拷問してでも口を割らせる所だが、それはフィアに止められている。
口を割らせるには使い魔にする他無さそうだ。
「致し方ない。背中の子の事もある。一度戻るとしようぞ」
「ちょっと、勝手に話を進めないくれる!?」
「……伊蔵、その首、俺が運ぶのか?」
ガリオンの苦情を無視し、首を見たベラーナはげんなりとした口調で伊蔵に尋ねる。
彼女の気持ちも分からなくはない。
ガリオンの大きさはアガンを遥かに超えている。
「ちょっと聞きなさいってば!!」
ローグの操っていた岩の巨人程ではないが、首だけでも伊蔵の腰ほどの高さがあるのだ。
持ち上げられたとしても抱えて飛ぶのは流石に無理があるだろう。
“じゃあ、僕が運ぶよ”
伊蔵達の会話に砦が口を挿む。
「運ぶって……どうやって? 大体、おめぇ動けんのか?」
“当たり前だろ。僕は空だって飛べるんだぞ”
「飛ぶじゃと?」
「無視しないでちょうだいよ!!」
鉄の円柱のような砦の上部からポールが一本長く伸び、そのポールから竹とんぼに似た、砦の直径を超えた巨大な羽根が出現した。
羽根は上下二枚、ゆっくりとそれぞれが逆に回り始める。
やがてそれは早さを増し風を起こすと、巨大な砦をゆっくりと浮上させた。
「おお……空飛ぶ城じゃ」
「マジかよ……」
「うそ……信じられないわぁ……」
“それじゃあ、乗ってもらえる?”
砦がそう言うと同時に堅く閉じられていた鉄の扉がゆっくりと開いた。
「……その前にお主の名を聞くのを忘れておったな。儂は佐々木伊蔵。お主は?」
“……マルダモ”
「ではマルダモ、この里を出るという事で良いのじゃな?」
「良くないわよ!! そのはぐれは私の」
「黙れ」
「あふんッ!?」
口を挟もうとしたガリオンのこめかみにベラーナが蹴りを入れて黙らせた。
伊蔵がベラーナに頷くと、彼女は笑みを浮かべ親指を立てる。
“……皆も里の様子を見て、ここでこれ以上暮らすのは無理だって……”
「では共に行くか?」
“……うん、行くよ”
「決まりじゃな」
伊蔵は笑みを浮かべると、ベラーナにこめかみを蹴り抜かれ目を回したガリオンの頭部を担ぎ上げ、マルダモが開けた入り口へと歩みを進めた。
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