龍と蛇
ベラーナの放った赤い閃光は沼の中央でとぐろを巻く大蛇の鱗の一部を焦がした。
「嘘だろ……硬すぎんぞ……」
“半端な羽虫が……我の鱗を汚すとは”
光を受けると虹の光彩を放つ青い鱗。
それを汚された事が気に入らなかったらしい。
大蛇は体をくねらせ、沼の周囲、低木の生えた土地の上を飛ぶベラーナににじり寄った。
「おい伊蔵、ホントに大丈夫なんだろうな!?」
「儂の刀は龍神が鍛えた刃ぞ、龍が蛇に負ける訳がなかろう?」
「その気持ち悪ぃ剣な……」
「ベラーナ、お主には後でじっくりとこの佐神国守の素晴らしさを語ってやろうぞ」
伊蔵は手にした刀を誇らしげに掲げて見せた。
その刃は以前見た時と同様、ベラーナには生きているように感じられた。
「これっぽっちも聞きたくねぇ……」
二人が話している間にも巨大な青い蛇、シュガナは低木を押し潰しながらこちらに向かっていた。
「むぅ……ともかく先にあの蛇を倒すか……ベラーナ、あやつの真上を飛べ」
「うぅ……あんま近づきたくねぇけど……わーったよ! その代わりしくじんなよ!」
「任せよと言うておる」
「……んじゃ、行くぜ!!」
シュガナはもう目と鼻の先だ。
首をもたげ金の目をこちらに向けている。
伊蔵を乗せたベラーナはその鼻先を翳めるように飛んだ。
彼女を飲み込もうと首を伸ばし大口を開けたシュガナの牙を、背から飛び降りた伊蔵が一刀のもとに斬り落とす。
刃は大蛇の左の牙を半分に絶ち、そのまま口の端から伸ばした体を切り裂いた。
“グォオオオ!?”
斬られた体から吹き出した血は大地に落ちる前に霞となって消えた。
「まるでローグの巨人のようじゃ……ぬ!?」
血が消える事と並行して、伊蔵が切り裂いた体は時が戻る様に傷が閉じ絶った筈の牙も再生していた。
“何だその剣は!?”
一瞬で復活したシュガナの瞳は伊蔵ではなく手にした刀に向けられていた。
ベラーナの閃光を弾いた鱗を容易く切り裂いた刀を警戒しているらしい。
「これは佐神国守、龍神の鍛えた刃よ」
“龍神……剣……まさか、ヴェルトロか!?”
「ヴェルトロ? 何じゃそれは?」
“やかましい!!”
シュガナは慌てた様子で踵を返し、尻尾を振って伊蔵を牽制しつつ沼を目指し進み始めた。
その牽制の為に振った尻尾が斬り飛ばされ宙を舞う。
“グアァアア!! やはりヴェルトロか!? よもやこのような場所で!!”
「お主は厄介そうじゃからのう。逃がす訳には行かぬ」
伊蔵の振るう刃はまるでバターの様に大蛇の体を削ぎ取っていく。
“我の、我の体が喰われていく!?”
「うおっ……やっぱあの剣やべぇな……」
上空から見下ろしていたベラーナは、短くなっていく大蛇を見ながら伊蔵の振るう刀にシュガナに感じた怖気に似た物を覚えていた。
その伊蔵の刀、佐神国守はシュガナの肉体を斬り血を浴びるごとに鋭さを増し、刃はまるで自ら光を発している様に煌めいた。
シュガナの肉体が短くなるにしたがって、伊蔵は感じていた万能感が引いて行くのに気付いた。
どうやらあの力は敵の強大さによって送る魔力を変えるらしい。
フィアに届く伊蔵の心に関係しているのかもしれない。
そんな事を考えながら、伊蔵は切れ味を増した愛刀を振るう。
“おのれぇおのれぇ……あと僅かで完全にこちらに来れたものを!!”
体の約半分を削り取られたシュガナは、沼に逃げ込むのは無理と悟ったのか伊蔵に頭を向けた。
喉が膨らみ開かれた口から吐き出された渦巻く炎が、周囲に生えた低木をもろとも伊蔵を焼く。
“グハハ!! いかにヴェルトロとて振るうのは人よ!! グッ!?”
自らが生んだ炎を見ながら満足気に笑うシュガナの口に炎の中から何かが投げ込まれた。
一瞬怯み、思わず閉じられた大蛇の口の中でイーゴの考えた力が発動する。
投げ込まれた鋼鉄の苦無の中で圧縮された炎と嵐は、内圧が限界を迎えた瞬間、周囲に溶けた鉄を撒き散らしながら力を解放、一発でシュガナの首を内部から爆散させた。
「ふむ……たしかにこれは危険じゃのう」
そう言った伊蔵の周囲は、まるで炎が避けた様にそこだけ無事だった。
首を失ったシュガナの肉体は力を失い、木々をなぎ倒しながら大地に倒れた。
「すげぇ……まさか悪魔をやるとはな……あいつなんかその剣の事言ってたけど……それホントに使ってて大丈夫なのか?」
伊蔵の側に舞い降りたベラーナは、輝きを増した伊蔵の刀を気味悪そうに指差しながら顔を顰める。
「ふむ……ヴェルトロとか言うておったな……この刀を鍛えた龍神の名であろうか?」
そう言って伊蔵が刀身を見つめると、刃の中に一瞬何かが見えた気がした。
「……一度、イーゴにでも見せてみるかのう?」
「俺はこのまま、この沼にでも沈めた方がいいんじゃねぇかと思うがよぉ」
「ふざけた事を申すな、これは儂の国の宝ぞ。先ほども炎から守ってくれたのじゃ」
「上から見てたし知ってるよぉ……まるでお前、いや、その剣を避けるみてぇに火が動いてた……絶対ヤバいぜそれ」
「……やはりお主にはこの刀の由来から詳しく説明せねばならぬようじゃな」
伊蔵がそう言って背負った鞘に刀を収めていると、シュガナの肉体は翳む様に消えていった。
「うぅ……妾は一体……」
巨大な蛇の胴体が消えた後には、青い髪と金の瞳を持った裸の女が身を起こし頭を振っていた。
その肌はシュガナに似た七色の光彩を放つ透明な鱗に覆われていた。
女は自分が裸である事を確認した後、伊蔵達に気付くと二人に向けて口を開く。
「そこな二人、何か着る物を持ってまいれ」
女はまるで当然の事の様に伊蔵達に命令を下した。
「あ? てめぇ、いきなり出て来て何言ってんだコラ?」
「なんと下品な……これじゃから別の氏族の民とは口を利きたくないのじゃ」
「……こやつがシュガナの元となった魔女のようじゃの」
「何をしておる、早ういたせ。本来であれば妾の肌は、そち達の様な下賤の者の目にさらされてよい物では無いのじゃぞ」
そう言いながら女は立ち上がると、尊大な態度で胸を張り腰に左手を当て右手を翳す。
さらされてよい物では無いと言いながら、隠すつもりは微塵も無いようだ。
「下賤……伊蔵、こいつぶん殴っていいか?」
「はぁ……とりあえず止めておけ」
伊蔵は拳を握るベラーナを制しながら、厄介事が増えたようだと深いため息を吐いた。
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