影を走る狼
人と狼の混血の様な魔女ガルドの住処で、伊蔵達は焚火を囲み兎肉を食べながら彼に現在の状況と自分達の目的を伝えていた。
洞窟の中は焚火のおかげか湿気もそれ程なく、結構過ごしやすかった。
「黒と白の魔女、そのどちらもこの国から除くか……」
ガルドは伊蔵から受け取った肉を噛み砕きながら長い鼻に皺を寄せた。
まるで威嚇している様な顔だったが、敵意は無くどうやら苦笑しているらしい。
「それが主の望みなのでな」
「馬鹿げた話だ。そんな事が可能ならもう誰かがやっている」
「まぁ、確かに現実味は薄いよな。で、アンタはどうする? 街に来るか? それとも領から出るか?」
「沈む船に乗るつもりは無い……だがこのまま獣の様に暮らすのも性に合わん」
「ではどうする?」
ガルドはそう問いかけた伊蔵に視線を向けた。
「先程の話ではお前は領主を倒したという事だったな?」
「うむ」
「では俺と戦え。お前が本当に領主クラスの魔女を圧倒したのか試したい。俺に勝てば街に行ってやる」
「おい狼、伊蔵は戦うとなったら手加減しねぇぞ。本当にやんのか?」
「俺に勝てない様な奴が王や中央の貴族、ましてや東側をどうにか出来るとは思えんからな。安心しろ、俺が勝ってもここからは出て行ってやるさ。そんなきな臭い場所にいたくは無いからな」
そう言うとガルドは牙を剥いて獰猛な笑みを浮かべた。
「ふむ……腹ごなしには丁度よかろう。その勝負受けて立とうぞ」
「そう来ないとな」
「伊蔵、やり過ぎるなよ」
「分かっておる。殺しはせぬ」
「言うじゃないか……」
異国の男と狼は立ち上がり顔を寄せると、互いに威嚇する様な笑みを浮かべた。
「ったくよぉ……んで、ルールは?」
睨み合い笑う男二人に呆れつつベラーナは彼らに問いかける。
「そうじゃな……この前の物で良いのではないか?」
「この前って顔面に一発入れた奴の勝ちって奴か?」
「ほう? いいのか、俺のスタイルは近接戦が主体だ。そっちが不利になると思うがな」
「問題ない、なんなら魔法を使っても構わぬぞ。その方がお主の本当の力を知れそうじゃ」
「……あんまり舐めるなよ、人間」
唸り声を上げるガルドに伊蔵はニヤッと笑みを返す。
「お主こそ人を余り舐めるでない……人の技は時に魔法をも凌駕するぞ」
伊蔵の脳裏に師匠や仲間の忍び達の顔が浮かぶ。
魔法は確かに自分達には出来ない大きな力を振るえるが、体術のみで考えれば仲間が魔女に劣っているとは思わない。
逆に身体能力や魔法に頼った魔女達よりも、研鑽を重ねた仲間達の方が余程手強いと伊蔵は感じていた。
「いいだろう……俺の力を見せてやる」
「それは楽しみじゃ」
「はぁ……メンツがいりゃ賭けが出来んのに……んじゃ、審判は俺がやってやる」
ヒートアップする二人にため息を吐きつつ、ベラーナは肉を飲み込み腰を上げた。
■◇■◇■◇■
洞窟の前の草むらで黒髪の人間と黒い毛並みの狼が向き合っている。
「んじゃ、ルールの確認な。勝敗は相手の顔面にクリーンヒットさせた方の勝ち。魔法の使用は制限なし……いいんだな伊蔵?」
「構わぬ。ガルド、遠慮はいらぬ。胸を貸してやる、最初から全力で掛かってまいれ」
「……お前、領主を倒したからって調子に乗るなよ……強力な魔法を使えるだけが強さじゃないぜ」
「分かっておるわ」
牙を剥く狼に伊蔵は右手を差し出し、まるで犬を手招きする様にその手を動かした。
「……後悔するなよ」
「はぁ、伊蔵あんま挑発すんなよ……んじゃ、始め!」
ベラーナの声が草むらに響くと同時にガルドの姿が地面に溶ける様に消えた。
見れば消えた草むらには黒い影だけが残っている。
ベラーナはスンスンと鼻を鳴らし、なるほどと小さく頷く。
ガルドが地面に潜った途端、彼の臭いは消えていた。
追えなかったのは周囲に漂っていた臭いもあるが、この魔法が原因であったようだ。
大地に残った影は一瞬で草むらに紛れ、ベラーナにはガルドが何処にいったのか追う事は出来なかった。
「……影に身を変じるか……羨ましい能力じゃ」
伊蔵は腰を落とし瞳を閉じた。
変化した体、その聴覚が視覚を封じた事で研ぎ澄まされていく。
伊蔵はその時、カラと戦った時の様な圧倒的な力は感じていなかった。
恐らくあの力はフィアの気持ちに多分に左右されるのだろう。
だが、魔力により蘇った体は使い魔の恩恵かフィアが血を飲む毎に強くなっていた。
その強化された耳が背後で揺れた草の音、そして生命の放つ音を聞き取った。
背後から足元に現れた爪の生えた手首を伊蔵は掴み取り、まるで魚を釣り上げる様に地面から引きずり出した。
「何だと!?」
宙を舞った肉体が伊蔵の右肩を支点に回転し地面に叩きつけられる。
「グッ……」
「どうした? それで終わりか?」
「まだだ!!」
ガルドはその叫びと同時に再び大地に姿を消した。
影が大地を走り、伊蔵の周囲を窺う様に回りながら草むらへと消える。
伊蔵も先ほどと同様、瞳を閉じてガルドの気配を探った。
意識を集中した伊蔵の耳が違和感を訴える。
「なるほど……まっこと羨ましき力じゃ」
「何言ってんだよ? それより勝てんのか?」
「任せよ……」
そう言って右手でベラーナに黙る様に伝えると、伊蔵は突然体を捻り拳を突き出した。
その拳に吸い込まれる様に黒い獣が地面から飛び出す。
拳は顔面を捉え、飛び出した勢いを加味した強烈な一撃を獣に浴びせた。
「ギャン!?」
悲鳴を上げた獣が地面に落ちる前に周囲から複数の影が伊蔵に襲い掛かる。
「分身!?」
驚きの声を上げたベラーナを他所に、伊蔵は舞う様に次々と影を地面に叩き落した。
最後の一匹、恐らく本体だろう伊蔵に飛びかかっていた獣の目が驚愕で見開かれる。
「お前……何者だ……?」
「佐々木伊蔵……フィア殿の忍びよ」
答えながら放った伊蔵の右の拳は、腰の回転を加えられガルドの左頬を真横から打ち抜いた。
■◇■◇■◇■
地面に大の字になったガルドを伊蔵とベラーナはのぞき込んでいた。
「やり過ぎるなって言ったろう」
「しかた無かろう、体に染みついた技はそう簡単に止められぬ」
「おい、ガルド。生きてるか?」
ベラーナは気絶したガルドの鼻っ面をペシペシと叩いた。
「うぅ……俺は負けたのか?」
「ああ、気持ちいいくらいにな」
「そうか……まさか分身を全部叩き落とすとは……約束だ、お前達の計画に乗ってやる」
「よし、これで三人目じゃな」
「ただし条件がある。さっきも言ったが俺は沈む船に乗るつもりは無い。やるなら勝つ事が条件だ」
「当然じゃ。そもそも儂の最終的な望みはこの国には無い。魔女共の排除は最初から通過点に過ぎぬ」
「…………クククッ、アッハッハッハ!! 国を変える事が通過点か、これはいい!!」
伊蔵の答えを聞いたガルドは一瞬キョトンとした後、大口を開けて笑い始めた。
一通り笑った後、身を起こし伊蔵に向き直る。
「久々に気持ちよく笑った。伊蔵だったか、お前気に入ったぜ」
そう言ってガルドは伊蔵に手を差し出した。
「さようか。それは何よりじゃ」
伊蔵は笑みを浮かべ差し出された手を握り返した。
「クククッ……」
「フッ……」
「……男同士の拳の友情って奴かよ……ついてけねぇぜ」
通じ合った様子を見せる伊蔵とガルドを見ながら、ベラーナは呆れた様に肩を竦めた。
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