島は生き物の様に
フィアから鎧を受け取った伊蔵はジルバの背に乗りカラの城から一番近い、南のはぐれ魔女の下へ向かっていた。
イーゴは試作品と言っていたが鎧以外、籠手や脛当にも彼らは定着を施していた。
どうやら伊蔵の物を最優先で仕上げてくれたらしい。
当初、フィア達が練習に使ったベラーナの籠手は今はジルバの左手に装備されている。
仕事がはぐれ魔女の保護と聞いたフィアが、半ば強制的にジルバに押し付けたのだ。
「必要ないのに……それにコレ、ベラーナの奴でしょう? 勝手に使ったって知ったらあの娘、へそを曲げるわよ」
「それに付与されているのは障壁じゃ。フィア殿はお主にも死んで欲しくは無いのじゃよ」
「……魔女がそう簡単に死ぬ訳無いのに……ホント、お節介な子ねぇ」
口ではそう言いながらもジルバは左手の籠手を撫でていた。
それを見た伊蔵は嘆息しつつ笑みを浮かべる。
城に滞在していた間、召使いたちから漏れ聞こえる噂話を聞く限り、どの魔女も柔和になったと口をそろえて言っていた。
アガン達を使い魔にするとフィアが言った時話していた、本能を抑えるという効果はどうやら魔女達にも効いたようだ。
フィアが今後、どれくらい使い魔を従える事が出来るか分からないが、もし全ての魔女の心を人に近づける事が出来るならルマーダを人の国に戻す事が出来るかも知れない。
まぁ、全ての魔女が善人である筈も無いだろうが……。
「見えて来たわ」
伊蔵のそんな思いはジルバの声で断ち切られた。
視線を向けた先には湖が午後の光を浴びて煌めいている。
「あれがそうか」
「ええ、報告書によれば、湖の中心にある小島で人影らしき物を対岸の村の漁師が見たらしいわ」
「随分といい加減な報告じゃの」
「確かにね。でも小島から対岸に渡るのを見た人はいないし、島は岩で出来てて湖で獲れる魚以外食べ物は無いらしいのよ」
「どれほどその者は小島におるのじゃ?」
「あなたも報告書を読んだんじゃないの?」
モリスから報告書を受け取った伊蔵は地図からおおよその方角と位置は把握していたが、内容については西の国の文字を流用し何となくでしか読む事は出来なかった。
そしてそれも正しいかどうか、彼に知るすべは無い。
「儂はこの国の文字はまだよく分からぬ」
「そうなんだぁ……フフッ、私が教えてあげましょうか?」
「不要じゃ。フィア殿が教えてくれるらしいからの」
「なんだぁ、つまんない。教師役ならあなたの困り顔が見れるかと思ったのに」
「お主……それ程、儂に負けたのが腹に据えかねたのか?」
「まぁね、だって魔女が人間に負けるなんて前代未聞だもの」
彼女の言葉通り、余程の使い手でも無い限り人が魔女に勝つのは不可能だろう。
魔法という飛び道具だけでも脅威であるのに、魔力による体の再生まで備えている。
実際、伊蔵もカラに首を落とされている。使い魔で無ければ確実に死んでいた筈だ。
「えっと、それでなんだっけ?」
「小島におる者が住み着いたのはいつからじゃ?」
「確か……半年ぐらい前だった筈よ」
「その間、一度も人影とやらは島から出てはおらぬのか?」
「村の住民は誰も見てないらしいわ。そもそも岩で出来た島に住むなんて、絶対魔女だって村人は近づこうとしなかったみたい」
「ふむ……隠れて島から出ておらぬなら、確かに人間とは考え難いのう」
伊蔵が海を渡る際、船乗りから聞いた話では人は長期間、海で過ごすと古傷が開く病に罹るそうだ。
その予防にと酷く酸っぱい蜜柑の様な物を毎日食わされた事を思い出し、伊蔵は思わず顔を顰めた。
小島に岩場しか無く、そんな果物が採れないなら半年も島から出ずに過ごす事は不可能だろう。
人間であれば……。
「まぁ、はぐれ魔女だろうが関係ないわよ。私もお嬢ちゃんの使い魔になって強くなったしね」
「慢心は足をすくうぞ」
「生真面目な男……ふぅ、まぁいいわ。そろそろ着くわよ」
ジルバは島の上空に到達すると旋回し下りる場所を探し始めた。
島はゴツゴツとした岩が無数に水面に突き出る形で形成されており、植物が生えている様子は無い。
大きさはベドの町の十分の一程度で、とても人が暮らせるようには思えなかった。
伊蔵が旋回するジルバの背中から島の様子を窺っていると、島の一部が突然隆起し槍の様にこちらに突き出た。
ジルバは咄嗟に籠手の魔力を展開し、障壁によって何とか岩の槍を防いだ。
「いきなり何なのよ!?」
「お主らははぐれ魔女を狩っておったのじゃろう?ならば攻撃されてもふし、むっ!?」
伊蔵の言葉が終わる前に、岩の槍は空を舞うジルバに次々と襲い掛かった。
ジルバはそれを旋回し躱す。
「まるで槍衾の様じゃ」
「暢気な人ね!!」
槍はジルバの後を追う様に突き出される。
その様子はまるで島自体が一つの生き物になったようだった。
「ジルバ、なるだけ低く島の上を飛んでくれ」
「どうする気よ!?」
「この槍は恐らく魔法であろう? なら元を絶つまでよ」
「死なないでよ! あなたが死んだらお嬢ちゃんに何されるか分かんないんだから!」
「分かっておるわ」
追いきれないと悟ったか島は針鼠の様に岩の槍を放射状に展開し、ジルバを刺し貫こうと穂先を伸ばした。
ジルバは急速に上昇してそれを躱し、空中で宙返りをして急降下し湖の水面ギリギリを飛んだ。
「グッ……」
急激な反転で伊蔵の血液は振り回され、一瞬視界が闇に覆われる。
ジルバに掴まっているのが精一杯の伊蔵に構わず、彼女は獰猛な笑みを浮かべた。
「舐めるんじゃないわよ!!」
その叫びと共にジルバの右手が猛禽のそれに変わる。
鋭い鉤爪に変化したその手を彼女は力まかせに振った。
爪は空間を切り裂き見えない刃となって岩の槍を切断、根元から刈り取られた槍は砕け落ち島の地面に届く前に翳む様に消えていく。
「どんなもんよ!! 伊蔵、あそこに降ろすわ!!」
「うっ、うむ、心得た」
ジルバは刃で槍を刈り取った岩場に翼を折り曲げ最高速で突っ込んだ。
そのままジルバが再度急上昇した時には彼女の背に伊蔵の姿は見えなかった。
そのまま高度を上げ、ジルバは眼下の島を睨む。
どうやら槍の射程はそれ程長く無いらしく、高みに逃れたジルバを追う事は無かった。
「……何あれ……?」
ジルバの視線の先、針鼠の様に島を覆っていた槍は姿を変え、岩の巨人を作り出していた。
「ふう……槍の次は、岩の巨人か……まっことこの国は面妖な物ばかり見せてくれる」
伊蔵は首を鳴らすと、自分の五倍はあるだろう岩石の巨人を見上げ鯉口を切った。
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