ルマーダの微笑み
砂漠に横たわった巨大な棺。その棺の蓋を閃光が切り裂き、中から巨大な人影が身を起こす。
美男でも美女でも通用しそうなその美しい顔にあるアイスブルーの瞳が、棺を見下ろしていたルマーダに向けられた。
「黒魔女ですか」
唇から発せられた声は女の物だった。
「どういう事ですか……フィアさんの話では完成には高位の御使いが必要な筈……」
その呟きを捉えたのか、その白銀の鎧を纏った巨人は右手の親指と人差し指でつまんだ何かをルマーダに突き出して笑う。
「この鼠がそれ伝えたのでしょう? でも残念でしたね。クラウスは逃がしたようですが、素材となる御使いはいくらでもいるのですよ」
そう言うと巨人はつまんでいた何かを砂漠に投げ捨てる。
その黒い何かが黒魔女だと気付いたルマーダは、慌てて追って抱き止めた。
「大丈夫ですか!?」
抱き止めた黒い毛並みの獣に癒しの力を使いながら、ルマーダは空へと逃れた。
「あ……あんたは?」
「私はルマーダ。フィアさんの仲間です」
「ああ……あんたが……第一王子の……身代わりに……なってるって……いう」
獣と話しながら、ルマーダは眼下の巨人に目をやった。
巨人は両手と背中の翼を大きく広げこちらに注意を払う事無く砂漠を見渡している。
「フフッ……フフフッ……ここから私の王国が始まるんですねぇ……」
うっとりとした表情で巨人は言葉を紡いだ。
その声音にルマーダは狂気を感じ取った。
あれが王になればコバルトよりも危険な存在になる。
「おい……何をする気だ?」
「足止めぐらいは出来る筈です。あなたはそちらの私に何が起きたか話して下さい」
「おい、待てよ!?」
いつかクレドが使った二重身を用い、ルマーダは黒い獣を戦場から遠ざけた。
「ふぅ……二度とあの姿になるつもりは無かったのですが……」
呟きの後、第一王子クレドの姿をした悪魔はその本来の姿へとその身を変えた。
桃色の鬣が砂漠の風になびき、白い鱗が降り注ぐ陽光を反射し煌めく。
その煌めく鱗に覆われた八本の足でルマーダは砂の大地に砂煙を上げながら降り立った。
ルマーダを見た巨人は薄い笑みを浮かべ瞳を細める。
「ほう……それが西側の魔女の力の源……悪魔という物ですか……フフッ、悪魔というだけあって醜いですねぇ」
“あなた方から見ればそうかもしれません……ともかく西にも東にも行かせません!!”
そう言うと白翠龍ルマーダは自分の四倍程もある白銀の巨人の足に組み付いた。
■◇■◇■◇■
「それで、一体何があったのです?」
抱えた獣、ガルドに問い掛けながらルマーダは南東へと飛んだ。
「……俺はフィアの指示で神の体を造っている神殿に潜入していたんだが……」
今から一時間程前、東を支配する貴族達を神殿へと迎え入れたバルボラは、貴族達に説明を行いながら彼らを胸部融合装置まで導いた。
「こちらがクラウス様が入られた融合装置です」
「そうか……それで神の降臨はいつになる?」
「融合までもう暫しかかるかと……皆様にはそれまで貴賓室でおくつろぎいただければと」
「ふむ……しかし見るのは初めてだがなんと雄大で美しい姿だ」
「確かに……やはりこのルマーダを治めるのは悪魔では無く神が相応しい……」
「その通りだ。いっその事、国の名もルマーダでは無く別の物にしたほうがよいのではないか?」
「クククッ、確かにな。神がおられるのだ、もはや悪魔の名を冠する必要等ないだろう」
二十名の東でも筆頭に上げられる貴族達は、横たわった神の御体を眺め満足そうに笑い合う。
「ではこちらへ……神が降臨された後はその力を以って天蓋を破壊し地上へと移動する予定です。皆様にはそれを王城跡上空でご覧いただきたいと考えております」
「バルボラ君、ご苦労だった。君には今後、国のかじ取りにも携わってほしい」
「ありがとうございます。不肖バルボラ、身を粉にして働かせていただきます」
「うむ」
そんな話をしながらバルボラは貴族達を貴賓室に通すと、一人部屋を出て手にしたスイッチの親指部分のボタンを押した。
「なんだ!? 体が勝手に!?」
「来るな!! こっちへ来るな!!」
「混ざる!? 体が混ざっていく」
「嫌だ!! 私はまだ……」
「なんでぇこぉんなぁことぉがぁ……わぅ……」
貴賓室からは最初は悲鳴が聞こえていた、だがそれは時が経つにつれ人の物では無い呻きへと変わっていった。
それの呻きも聞こえなくなった後、バルボラは扉を開いた。
そこには融合し肉塊となった貴族達が低く意味をなさない声を上げていた。
「……喜びなさい。醜いあなた達も神の一部になれるのですから」
「なんか企んでるとは思ったが……」
バルボラが廊下に視線を向けると、そこには狼に似た黒い獣が顔を顰め牙を剥いていた。
「やはり魔女が入り込んでいましたか」
「その肉の塊をどうする気だ?」
「彼らは神の御体の核になるのです……二十人分ですから天使長よりも強力な力を持った兵器になるでしょう」
「兵器だと……あれはあんた等の神の体じゃねぇのかよ?」
「神……フフッ……フフフ……そんなやっかいな物呼び込んでどうするのです?」
「なんだと!?」
驚きの声を上げた獣にバルボラは歪んだ笑みを浮かべ答える。
「アレは神の力を間借りするだけの装置に過ぎません」
「装置……お前もその神を崇める白魔女の一人じゃねぇのかよ?」
「フフッ……崇める? なぜ私が人の意識が集まっただけの様な存在を崇めなければならないのです?」
バルボラは心底不思議そうに言うと、ツカツカと踵を鳴らし肉塊に歩み寄った。
「神とはこれと同じような物です。こんな物を崇められますか?」
「……フィアには悪ぃが、てめぇはここで殺しといた方が良さそうだな」
肉塊に手を置き嘲笑を浮かべたバルボラに薄気味の悪い怖気を感じたガルドが、影に潜みバルボラに迫る前に彼女は手にしたスイッチの人差し指のボタンを押した。
「グアアアアアアァァァ!?」
床に電流が走りガルドの体を衝撃が駆け抜ける。
煙を上げドサリと床に黒い獣は崩れ落ちる。
「グガアアアアア!!! ……はぁはぁ、グオオオオオオオ!!! ……クソッ、グギギ!!!」
「本当に黒魔女はタフですねぇ」
「てめぇ……グガガガ!!!」
床に倒れたガルドに何度も電撃を浴びせかけた後、バルボラは笑みを彼に浮かべ歩み寄った。
「フフッ……貴族用に仕掛けた罠でしたが……念には念を入れておいてよかったです……」
「……てめぇ」
「安心して下さい。すぐには殺しません……あなたには西側の情報を喋ってもらいますから」
「喋る訳……ねぇだろ」
「いいですよ、喋らなくても。ただその場合、非効率ですが無差別に攻撃する事になりますねぇ……」
「……へへッ……そんな……事には……ならねぇ……さ……フィアと……伊蔵が……いるから……よぉ」
そう言ったガルドを冷たく見下ろすとバルボラは再度、人差し指のスイッチを押した。
衝撃が体を駆け抜け、ガルドの意識は闇へと沈んでいった。
「なるほど、東側の貴族達を……」
「ああ、何とか止めようとしたんだが……ざまぁないぜ」
「……安心して下さい。我々で必ずアレは止めますから」
そう言うとルマーダは抱えたガルドに向けて優しく微笑んだ。
「……やめてもらえないか……おっさんに微笑まれると背筋がゾクゾクする」
「私だって好きでこの体に入っている訳じゃありません!! 急ぎます!! 舌を噛まないように!!」
気味悪そうに顔を歪めたガルドの言葉に、ルマーダは憤慨した様子で軍勢を率いたミミルがいるだろう南東へ向け全力で飛んだ。
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