希望と平和
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東の御使いの長であるクラウスは困惑の極みにあった。
王城から南下し記憶を頼りに西側の占領した街を避け、姿隠しを使いラムラダの街の近郊まで辿り着いたのだが、使い魔にされたかつての部下に包囲されてしまったのだ。
それだけなら困惑は無かっただろう。
しかしクラウスを包囲した御使い達にガルドとフィアの名前を出すと、彼らは何の疑いも無くまるで客を案内するかの様にクラウスを街へと導いたのだ。
「……君は私が情報を探る為、ここに来たとは思わないのかね?」
「あんた、黒い狼の魔女に会ったんだろ?」
「……ああ」
「あの狼は、ガルドはフィアの使い魔だ。あいつからフィアにあんたの事は伝わってる……国をこんな風にしたあんたにゃ個人的に思う所はあるが……フィアに言われりゃ従うさ」
そう言った案内役の栗色の髪の青年にクラウスは思わず尋ねる。
「……黒魔女をそこまで信頼しているのか……同胞の我々よりも……」
「フィア達は約束を違えず俺達の家族に飯をくれた。奪うだけのあんた達よりずっと信用出来るぜ」
「……そうか」
「降りるぜ」
そう言って御使いの青年は、翼を畳みわざわざ街の東門から徒歩で入りクラウスに街を見せた。
ラムラダの街はクラウスが暮らしていた首都コルモドーンよりも規模は当然小さかったが、賑わいで言えば確実に凌駕していた。
人々は忙しく通りを行き来し、多くの御使いが荷を運んでいる。
それに混じり時折、西側の黒魔女が普通に街を歩いていた。
そしてその異形の者達を住民達は誰も恐れてはいなかった。
「まるでかつての王都のようだ……一体どうすればこうなる?」
驚き街の様子を窺う老人に御使いの青年が笑みを浮かべる。
「全部フィア達の所為さ。あいつら街の奴らが怯えてても何の躊躇もしない、普通に話しかけるし特に威張り散らしたりもしねぇ……余りに普通過ぎて、そのうち誰も気にしなくなったのさ」
「威張らない? 西では黒き魔女は貴族の筈だが……」
「貴族って言っても、悪魔に選ばれるまではフィアの仲間は平民だったみたいだぜ」
「先程から君は私に内情を色々話しているが……一体どういうつもりかね?」
先導する御使いに尋ねるとその栗色の髪の男は肩を竦める。
「色々教えてんのはフィアに言われたからだ。街を見せてどんな事をしてるか、あんたに伝えて欲しいってな」
「私に……」
「街を見りゃ自分達が何をしたいのか、一発で分かる筈だってフィアは言ってたぜ」
「……民が安心して暮らせる場所」
男の言葉通り、クラウスの目には内乱を起こしてから久しく見る事の無かった光景が映っていた。
それは表面上の活気では無く人々の表情や瞳から感じられる物……コルモドーンでは終ぞ見る事の出来なかった希望が、そこには確かに生まれているようだった。
「……」
クラウスが黙り込むと、彼を案内していた青年に白い髪の額に鹿に似た角を生やした女が声を掛けて来た。
「オログ、誰だその老人は?」
「この爺さんはフィアが話してた天使長さ」
「ああ、あの……確かに聞いた通りの外見だな」
「まったくな。俺達は肖像画のイメージが強かったから、もっと厳つい奴を想像してたぜ……所でルキスラはこんな所で何してるんだ? 畑で忙しいんじゃないのか?」
「ガリオンに鶏が食べたいとねだられてな。あいつに働いて貰わんと作付けが出来んから仕入れに来た」
ルキスラが示す先には鶏の入った籠を荷台に乗せた馬車が見える。
その御者台には赤毛の青年が座っていた。
「なるほどな、そりゃご苦労さん」
「結構な量を作るつもりだから、お前も食べに来い」
「あんたの料理は絶品だからな。必ず寄らせてもらうよ」
「フフッ……ではお前の分はよけておこう。ではな」
そう言うと白い髪の女は馬車の御者台に飛び乗り通りを東へと去っていった。
「……君も黒き魔女に抵抗は無いのだな」
「慣れたって言ったろ」
あくまで武力によって東西の平定を成そうとした自分達と違い、フィアという娘は融和によって国を纏めようとしているらしい。
狼の魔女、ガルドが言う様に確かにフィアは覇道では無く王道を行こうとしているようだ。
茫然と街を見つめるクラウスを見て、オログは苦笑を浮かべ口を開く。
「……フィアに会いにいくか?」
「……そうだな。その為に老骨に鞭打ってここまで来たのだ」
「じゃあ、すまないがもう少しだけ骨を折ってくれ」
「うむ」
オログは翼を広げると南西へ向かい翼をはためかせた。
クラウスも彼を追い翼を広げ空を舞った。
■◇■◇■◇■
ラムラダの街の南西、幻影の森に隠された隠れ里に降り立ったオログとクラウスは、その中央にある石造りの建物へ真っすぐに向かっていた。
建物には装飾等は無く、実用性のみを重視して作られている様だった。
内部は天井に恐らくだが魔法を応用した明かりが灯っていたが、それ以外は武骨で西側の幹部の一人がいる場所とはクラウスには思えなかった。
「どうした?」
「いや、意外に質素だと思ってな」
「ここは突貫で作ったらしいからな。平和になったら整備したいって造った奴は言ってたよ」
「平和……」
平和……。
自分達もそれを目指していた筈なのだ……それがいつからか保身を考える者ばかりになり、民から搾取する事が当然になっていた。
どうして……。
そんな事を考えながらオログの後ろについてクラウスは歩みを進めた。
程なくそのオログの足が止まる。
「ここだ。俺の心は伝わっているから、待ってる筈だぜ」
オログはそう言うと扉をノックした。
「どうぞ」
その返事を聞いてオログは扉を引き開ける。
扉の先、木で出来た簡素な椅子が二つ置かれ、その奥の椅子に桃色の髪で白く長い角を持つ緑の瞳の少女がこちらに視線を送っていた。
「長旅お疲れ様です。あなたが東の指導者、クラウスさんですね。私はフィア。西側の黒魔女さんの……取り纏め役みたいな事をやっています。よろしくお願いします」
そう言って微笑んだフィアの顔がクラウスの中でかつて仕えた王と重なる。
「……クラウス・カナムバラと申す」
「えっと、じゃあ、とにかく座って下さい。オログさん、案内ご苦労様でした」
「ああ、じゃあ俺はこれで」
そう返したオログに促されクラウスは部屋に足を踏み入れた。
フィアに気を取られ気付かなかったが、黒髪の男が腕を組み壁にもたれこちらに視線を送っていた。
男の目の鋭さにたじろぎつつも、クラウスはフィアの前に置かれた椅子に腰を下ろす。
「えっと、じゃあ早速なんですけど……クラウスさん、東側の貴族を説得して降伏するよう言って貰えませんか?」
「……今……なんと?」
「降伏が駄目なら和睦とかでもいいんですけど……戦いになるとどうしても双方に犠牲が出るので、それを避けたいんです……えっと……やっぱり駄目ですか?」
真っすぐにクラウスの目を見つめるフィアに、彼は絶句し見つめ返す事しか出来なかった。
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