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一人の犠牲も無く

誤字報告ありがとうございます。

 雲の軌跡を追ってオルファは最初、真っすぐ西へと飛んだ。

 だが軌跡は大きな拠点を避ける様に蛇行しながら西へと続いていた。

 その為、引き連れた兵は当初二十名程いたが、後発部隊への道しるべとして方角が変わる度、置いく事となり最終的に数は半数程に減っていた。


 そんな風に追跡を続ける事、三時間。

 前線にほど近い無人の草原地帯の上空で彼はそれを視認した。


 大きさは奪われた倉庫の三倍程、四角錐を横にして底の頂点を起点に縦に薄くした様な形の黒い物体が、先端をこちらに向ける形で空に浮かんでいた。


 その物体は逃げる様子も無くこちらを待ち受けている様だった。


「あからさまに罠ではあるが……」


 倉庫を警備していた士長の言葉が頭をよぎる。


“あれは……多分、我々を……この基地を簡単に落せた筈……”


 確かにその言葉通り、オルファにも感覚的に物体の持つ力の大きさが分かった。

 彼は魔法は二種類しか持っていなかったが、いわゆる勘的な物で勝てない事を悟っていた。

 それは御使いとして神から授かった物では無く、彼が元々持っていた生来の物に起因していた。


「どうしますか? 隊の到着を待たれますか?」


 彼に同行していた隊の隊長がオルファに尋ねる。


 敵は完全に迎え撃つ形を取っている。

 という事は恐らく大規模戦闘の準備がある筈だ。


「相手がどんな手を用意しているのか知りたい。一当てして出方を見よう……目的はあくまで情報収集だ、接近は最小限に止め防御、回避を徹底しろ」

「了解です」

「では、散開して各自、攻撃開始」


 オルファの命令で配下の御使い達は彼が脳裏に思い描いた通り、物体を遠巻きに包囲する形に展開、波状攻撃を開始した。

 しかし物体は障壁を展開しこちらの攻撃を防ぐのみで一切反撃はしてこなかった。


「何が狙いだ……?」


 様々な状況がオルファの脳裏に思い浮かぶ。

 一番考えられるのは陽動だが、士長が言っていた様に意味が分からない。

 敵の力、御使いの攻撃を一切受け付けない障壁を張れる相手がそんな陽動を掛ける意味を感じない。

 それだけの力があれば経験上、西の黒魔女であれば基地を蹂躙する事が可能な筈だ。


 複数の疑問符が浮かぶ中、オルフェは一旦攻撃を止め後発隊の到着を待つ事にした。

 しかし、その後発隊は到着予定時刻を過ぎても現れる事は無かった。

 そして焦りを感じ始めたオルフェが行動を起こす前に黒い物体は動き始める。


 それは一瞬の出来事だった。

 物体の先端、鋭角部分に力が集中した直後、青白い雷光が周囲の空間を満たした。

 それは危険を感じたオルフェが脳内リンクで退避を命じるより早く、彼の部下を容赦なく焼いた。

 落下していく部下たちを物体から分離した小型の四角錐が空中で拾い集め回収していく。


 ギリギリで雷光を躱したオルフェはその様子を呆然と見守る事しか出来なかった。


「お主は中々に歯ごたえがありそうじゃの?」


 気付けば赤い肌の黒魔女とその背に乗った黒髪の男がオルフェに視線を送っていた。


「やはり黒魔女の仕業だったか……一体何が目的だ?」


 声を掛けた男に向き直り、警戒しつつ話しかける。


「目的か……第一の目的はお主ら街の白魔女を誘き出す事よ」

「そんな事は分かっている。聞きたいのはそんな面倒な事をした理由だ」

「被害を最小限にしてラムラダの街を手に入れる事だよぉ」

「被害を最小限? 先程の魔法を使えばそれこそ無傷で基地を陥落する事が出来た筈だ」


 その問い掛けに蝙蝠の羽根を生やした魔女は羽ばたきながら首を振る。


「違ぇよ。最小限ってのはこっちの話じゃねぇ。あんたらや街の住民の事さ」

「俺達……だと……?」

「儂らは一人の犠牲も無く事を終える事が目的じゃ。街の住民は勿論、お主ら白魔女も誰一人殺さずな」

「……馬鹿げてる。そんな事は不可能だ……」


 オルフェがそう呟いた時、嬉しそうな子供の声が空に響いた。


“終わりました!! 制圧完了しましたよ!! 負傷者はいますが死者はゼロです!!”


「ふむ、スヴェンが上手くやったようじゃな」

「あいつ、ホントに口だけじゃ無かったんだな」

「そんな……嘘だろ……街にはまだ五千の兵が……」


 笑みを交わす眼前の男と黒魔女を見ながらオルフェは呆然と呟いた。 


「さて、残るはお主だけじゃ」

「取り敢えず眠ってもらうぜ」


 視線をオルフェに向け、そう言った男と黒魔女に彼は思わず尋ねる。


「一体何をした?」

「ふむ……当初の予定では施設の七割から八割を儂らで誘き寄せるつもりじゃったが、五割程度しか釣れなかったのでな。作戦を第二案に変更した」


「第二案?」

「へへッ、移動ルートに潜んでいた別動隊が街から出撃したあんたの仲間を襲撃して吸収したのさ。んで、その戦力で施設を制圧したって訳さ」


「仲間を吸収……そんな事が出来る筈が無い!?」


 オルフェの言葉に女は牙を剥いて笑う。


「普通は出来ねぇ。でもフィアは普通じゃねぇからよぉ」

“ベラーナさん、聞こえてますよ”


 物体からドスの聞いた低い声が響く。


「うっ……とにかくだ。あんたの仲間はあそこに浮いてる黒い奴の使い魔にされた。そん中のすぐにでも戦えそうな奴らと元々仲間に引き込んでた御使い達を、別の仲間が指揮して施設を襲撃した。今頃は残ってた御使いも全員使い魔にされてる筈だぜ」


 そう言った女の言葉は余裕に満ち、ブラフの要素は全く感じられない。

 また仮に女の言葉が嘘だとしても、この状況で自分を騙す意味は無いように思えた。


「……まったく……ようやく後方勤務に付けた所だったってのに……」


 顔を上げるとオルフェは腰の剣を抜き口を開く。


「俺はオルフェ、あんた等は?」

「……儂は佐々木伊蔵」

「俺はベラーナだ。っていうか、まだ戦う気かよ?」


「一応、これでも責任者なんでな。そこの男……ササキイゾウと言ったか? 俺と一対一で戦え」

「んな事して何の意味があんだよ? もう街は俺達のもんだぜ?」

「意味は無い。これは……けじめだ!」


 叫びを上げたオルフェに伊蔵はフッと微笑みを浮かべた。


「ベラーナ、下ろせ」

「やんのかよ?」

「こういう男は嫌いでは無い。あやつにはシコリを残さず仲間に加わって欲しいのじゃ」

「……俺にはそういう男の感覚はあんま理解出来ねぇぜ」

“まぁ、いいんじゃないでしょうか。それで納得してもらえるなら”


 フィアの言葉にスッキリすんならいいかと呟きつつ、ベラーナは眼下の草原に翼を向けた。

 それを追い、オルフェも翼をはためかせる。


 草原に降り立った伊蔵は腰の刀では無く、背中に背負っていた剣を抜いた。

 緩やかに湾曲した片刃の刀身には木目の様な紋様が浮かび、鮮やかな赤い紋様が刻まれている。

 伊蔵はその刀に似た剣を右の腰から右後方に切っ先を向けて僅かに腰を落とす。


「かなり使う様だな……」


 そう言ったオルフェも長剣を肩に担ぐ形で構え、左手を伊蔵に突き出す。

 オルフェの装備は金属の胴鎧に籠手、腿当てと脛当を装備していた。

 全身甲冑では無いが軽装という訳でも無い。

 恐らく、長年戦場で戦った彼が選んだ自分に合った最良の選択なのだろう。


「ふむ、余り見た事の無い型じゃな」

「俺のは我流だ……では行くぞ!!」


 翼が空を打ちオルフェの肉体を前進させる。

 彼はそれと同時に突き出した左手から閃光を放った。

 下位の御使いとは比べ物にならない光が伊蔵の視界を焼く。

 その閃光をステップで躱した伊蔵にオルフェは担いだ剣を右手一本で振り下ろした。


「ぬっ!」


 伊蔵は正確に頭を狙った刃を脇構えから放った刃でガチリと受け止める。


「やるな。こいつを見て生きてた奴は久しぶりだ」

「魔法と剣技、双方を合わせた戦場の太刀じゃな……見事じゃ」


 金属の削れる音が草原に響き、黒髪の忍びと金髪の天使は鍔迫り合いの刃越しに視線を交わし笑い合った。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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