奇襲と軍人
グレンの里から北東に馬で三日、平原に広がる穀倉地帯の中心の街ラムラダ。
この平原を開墾し麦畑に変えたのは初代女王のレゾだった。
彼女が麦畑に変えるまで、この土地は遊牧民が支配し放牧地として使用されていた。
痩せて山羊の食べる草しか生えない土地を、レゾはその有り余る魔力によって実りある地へと変えたのだ。
それ以来、この土地はルマーダの食糧庫として穀物や野菜の生産を続けている。
ただ、貴族達が神の僕となった後は南部前線の御使い達の腹を満たす為の食料工場となってしまっていた。
「凄いですね……これだけ広い畑は初めて見ました」
フィアの言葉通り地平線の先まで緑の絨毯が広がっている。
ただ、現在、畑に茂っているのは麦では無く、豆の葉だった。
フィアが伊蔵と出会った頃から季節は流れ麦の収穫は終わり、季節は夏となっていた。
「これだけ広くても住民達は腹ペコかよ」
その豆畑の上でフィアとベラーナ、そしてそのベラーナの背に乗った伊蔵が広大な畑を眺めていた。
「軍隊というのは基本、使うばかりじゃからのう。儂の国でも一度の戦で蔵が空になるという事があった」
「はぁ……農民の出としちゃやってらんねぇぜ」
「これからそれを変えて行きましょう。作った人が食べられないなんて、やっぱりおかしいですもん」
「んで、具体的にはどうやって街の白魔女達を誘き寄せるんだ?」
「ガルドさんの情報ではラムラダの街の西側に大規模な軍の施設。駐屯基地と前線に送る食料を貯蔵している倉庫があるそうです。私が変身してその倉庫を丸っと強奪します。後は西の前線近くまで引っ張れれば……」
ベラーナはフィアとコバルトの戦いを見ていない。
流れて来る魔力が格段に大きくなった事は感じていたが、三人だけという事に不安を感じていた。
それを使い魔の繋がりによって気付いたフィアは彼女に笑みを見せる。
「ベラーナさん、心配しなくてもガルドさんが下調べしてくれたので、倉庫の位置は分かっています。我々はその倉庫を強奪して逃げるだけですよ」
「簡単に言ってくれるぜ……」
「フッ、奇策とは意表を突くから奇策なのじゃ。それにフィア殿は悪魔コバルトと互角に渡り合った。食糧庫を奪うぐらい造作もない事じゃ」
「だから、俺はその場面を見てねぇんだって」
ベラーナがやれやれとため息を吐く横で、フィアが苦笑を浮かべ手順を確認した。
「倉庫は軍施設の奥まった場所、南西側に集中しています。私は突貫して倉庫を収容しますから、お二人は白魔女さん達の排除をお願いします。目的はあくまで倉庫の強奪です。ですから……」
「なるべく殺すなだろ? 言われなくても分かってるよぉ」
「定着させた魔法であれば無力化が可能な筈じゃ、施設には人間もおるじゃろうから被害を減らすには速さが鍵じゃな」
「ですね。あとは奪った食料を囮に出来るだけ多く白魔女さんを引き寄せながら西へ向かいましょう」
「ふぅ……んじゃやるか!」
ベラーナが自らの頬を叩き気合を入れる。
それを見たフィアは周囲に四角錐の虹色の障壁を展開して体を覆うと、障壁の背後から燃焼ガスを噴射した。
「では手はず通りに」
「うむ」
頷いた伊蔵に頷き返し、フィアはガスの勢いを強めた。
轟音を上げ進み始めた障壁は、見る間に音速を超え周囲に衝撃波を発生させた。
「……もう、生き物って感じじゃねぇな」
「我々も行くぞ」
「はいよ!」
猛烈な勢いで飛ぶフィアの後を追い、ベラーナも翼をはためかせる。
彼女も鎧に定着させた円錐形の障壁を前方に展開し、風を切り裂き緑の絨毯の上空を一直線に東へと飛んだ。
突然響いた轟音に畑で作業していた農夫たちが空を仰ぎ見る。
そこには白い雲が二本、真っすぐに東へと伸びているだけだった。
その雲もやがて風に流され空の青に溶けた。
■◇■◇■◇■
ラムラダの西に作られた軍施設。
兵站、主に糧秣を前線に送る配送所として稼働しているそこは、混乱の最中にあった。
施設責任者の中導師オルファはその混乱の直前、執務室で前線への補給について書類仕事をしていた。
オルファは見た目は三十代、金髪を後ろに流し顎鬚を生やした少し垂れ目の男だ。
彼は長年前線で御使いを指揮しその戦功が認められ、晴れて後方であるラムラダの街、軍施設の責任者となった叩き上げだ。
彼は魔力は中導師クラスではあったが、魔法は閃光と癒しが少し使えるだけだった。
更に、平民出の彼は中央には配属されず、前線指揮官、それも同じ中導師の下で兵を率いて戦っていた。
その貴族出の中導師が死に繰り上がりで師団を指揮する事になった変わり種だ。
戦場で生き残り、ようやく落ち着けると思っていた矢先の混乱だった。
突然爆音が鳴り響き施設全体が鳴動したかと思うと、地鳴りの様な音が鳴り響いた。
オルファはすぐさま執務室を飛び出すと、装備を整えて部下を招集、現場へと向かった。
しかし彼が音のした場所、施設南西の倉庫区画に部下の御使いを引き連れ駆け付けた時には、その何かは既に去った後だった。
残されたのは意識を失い地面に転がっている御使い達と、西へと延びる一筋の雲のみ。
「なんだこれは……一体何が起きた!? お前達は負傷者を救護所へ運べ!」
兵に指示を出し改めて視線を向けた先。
穀物を保管していた巨大な倉庫、南部前線の御使い達を数ヶ月は支えられる量を確保していたそれは、地面ごと抉られ跡形も無く消えていた。
「ちゅ、中導師様……」
辛うじて意識のあった士長がオルファの姿を確認して左手を上げる。
オルファはその火傷を負った士長に駆け寄り、抱え起こすと癒しの魔法を掛けた。
「どうだ? 喋れるか?」
「はい……ありがとうございます」
「一体何が起きた?」
その年若い士長はオルファに抱えられながら身を起こし、自分が警備していた倉庫跡地に視線を送った。
「突然、空から正体不明の何かが飛来しました……その衝撃で部下が吹き飛ばされて……それで……それで黒い何かが倉庫を飲み込んで……」
「黒い何か? 何だそれは? 黒魔女では無いのか?」
オルファの問い掛けに士長は首を振った。
「分かりません。あんな物は見た事が無い……どんどん大きくなって……倉庫を飲み込むと、空に浮き上がって、それで……」
士長の震える指が西に延びた雲を指し示す。
「西へ逃げたのか?」
「はい……でも意味が分かりません……あれは……多分、我々を……この基地を簡単に落せた筈……」
「……他に何か見たか?」
「見ました……でも見えないんです……我々の姿隠しに似ていました……その見えないモノから突然、雷の様な閃光が放たれて……」
オルファは抱えた士長の顔を見た。
感情の薄い下士官である筈の彼の顔は困惑と怯えに歪んでいた。
「分かった……立てるか? お前は救護所へ行け。俺は癒しの魔法は苦手だからな。本職に診てもらうんだ」
「了解です……中導師様、あれは一体……」
「さあな。分かったら教えてやる。さぁ、もう行け」
「はい……」
オルファは不安げな士長を立たせると、彼を見送り西の空を見上げた。
顎鬚を撫でながら逃げたという何かの正体について考える。
西に逃げたという事は現在侵攻を続けている王族。
南部であれば第三王女ミミルの手の者と考えて問題無い筈だ。
という事は黒魔女という事になるが、姿隠しを使っていたというのが気になった。
数百年続く戦争の中で西側の魔女が光の屈折を利用した姿隠しを使った例は無い。
体の色を変化させ視認し辛くする魔女は記録にあるが……。
現在、西側は侵攻しながら前線の御使いを取り込んでいるらしい。
取り込まれた事で寝返る者が出たのかもしれない。
ここから南西には噂だが反逆者の巣もあるという……。
「まったく、厄介な事だ……おい」
「ハッ!」
「追跡隊を組織しろ。数は五千だ」
「五千ですか? この基地の約半数になりますが……」
「そんな事は分かってる、だが仕方無いだろう? 俺達は食料を守ってるんだ。その食料が奪われたとなれば、取り戻さないと文字通り首が飛ぶ。俺は先行して足取りを追う。準備が出来次第出発しろ」
「了解です!」
飛び去った部下を見やり、オルファは脳内リンクで周辺の手すきの部下を集めた。
無言のまま整列した部下に頷きを返し集まった部下を率いオルファは翼を広げる。
「向かう先は西! 俺に続け!」
そう叫び翼を強く打ち付ける。
先陣を切ったオルファに続き御使い達は西へ向かい純白の翼をはためかせた。
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