民を導き守る者
伊蔵と戦い彼の持つヴェルトロに喰われる事を恐れたコバルトは、ミミルの体から完全に撤退していた。
それにより、彼女のその後の行動は掴めていない。
シーマと話をした翌日、クレドは彼女の血と結晶を得た。
その前日、二重身を使い体を二つに分け、片方を霧に変えて南下させた。
シーマの血と結晶を得た瞬間、二重身を解き、その足でミミルを襲い血を奪いシーマを超えた力を得る。
それがクレドの計画だった。
コバルトはその計画を利用し、クレドが血を得るまでは静観するつもりだった。
それと並行してシーマに残していた意識を消しクレドに集中させる。
自分の野望に一番近いのはクレドだとコバルトは感じていたからだ。
先程はミミルの言葉でクレドが動揺した事でクレドとルマーダの結びつきが強まりそうだった為、やむなく表に出しまった。
コバルトが表に出たく無かった理由はヴェルトロの存在が大きかった。
ヴェルトロは魔女では無く、悪魔に反応する。
欠片とはいえそのヴェルトロに対抗する為にはクレドの体では無く、エルーラと同じ肉体が必要、そう彼は考えていた。
その為に第二王女の血と結晶に加え第三王女の血を得て、その魔力を以って本来の肉体を仮初の形で作り出す、それがコバルトの描いた本来の筋書きだった。
どうする……。
二重身を解いたクレドの現在の魔力はミミルから感じる物より上だ。
妙な余裕は気になるが、ここはこのままこの娘の血を喰らい、ヴェルトロが戻る前に肉体を得て完璧な物にするか…………選べる選択肢はそれしか無さそうだ。
「……いいだろう。誘いに乗ってやる」
「そう。じゃあついて来て頂戴」
風に乗ったミミルは東へ向かい桃色の髪と赤いドレスをはためかせ飛んだ。
それを追い、コバルトも青い鱗のに覆われた翼を広げ、東、緩衝地帯へと向かう。
その様子を砦の魔女、数名が目撃していた事にミミルは気付いたがその時は特に気にする事も無かった。
元来、黒き魔女は個人主義だ。命令されない限りは自分の欲望以外で動く事はほぼ無い。
そう思い、彼らの心を感じる事無く東へ飛ぶ。
風化が進む、かつて建物だった石くれの山を眼下に、ミミルは緩衝地帯の中央、砂漠の広がる場所で止まり振り返った。
「それじゃあ、戦いましょうか?」
「先程からの貴様の余裕は何だ?」
「知りたい? もうネタばらししていい?……いいのね? じゃあ教えてあげる。兄様が来る事は少し前から分かっていたのよ」
ミミルはまるで誰かと話す様に虚空に向け語り掛け、コバルトに向き直った。
「なんだと?」
「情報収集に特化した子がいるらしくてね。兄様と姉様のやり取りは全部筒抜けだったの」
「ではクレドとシーマが互いに血と結晶を与えあった事も……」
「ええ、姉様はフィアが止めた。貴方が使える体はもう兄様だけよ、コバルト」
「フィア……何時ぞやの小娘か!?」
そう言ったコバルトは、ミミルの体から感じる魔力がドンドン増している事に今更ながら気付いた。
「なんだ、その魔力量は……一体どうやって……」
「私はもう独りぼっちじゃない……もし、兄様と姉様が血と結晶だけじゃなく、お互いを使い魔にしていたら結果は違ったんでしょうけど……」
「お互いを使い魔に……魔力の共有か!?」
「その通りよ」
そう言ってミミルが右手を掲げると、彼女の真下、砂の大地に漆黒の影が丸く大きく広がった。
砂漠は見渡す限り影に覆われ、そこから漆黒の犬に似た巨大な獣がハッハッと息を吐きながら這い出して来る。
「兄様の体、返してもらうわ」
「おのれ、ルマーダ……どこまでも予の邪魔をしおって」
「諦めて魔界にお還りなさいな、孤独な悪魔コバルト」
「ふぅ……出来ればやりたくなかったのだがな……致し方ない……見せてやる、青覇龍コバルトの真の力を!!!」
叫びと共にコバルトの肉体は膨れ上がり、破れた服の下から青い鱗に覆われた肌が盛り上がっていく。
黒く捩じれた角は伸び、口は割け長く伸びた顎には白く長い牙が並んだ。
二つだった瞳は横並びに六つに分かれ、その六つの巨大な黄金の輝きが空を舞うミミルをねめつける。
コバルトはエルーラにある肉体を捨て、己の全てをクレドを通しこの世界に送り込んだ。
彼は元より、いずれはそうするつもりだった。
しかしヴェルトロの存在、ルマーダの眷属、そして東側の神の存在。
不確定要素が多すぎて彼が世界に覇を唱えられるかは今の所未知数だ。
倒されれば二度と復活出来ない、コバルトにとってもこれは賭けだった。
そんな思いを反映するかの様に青い鱗に覆われた体に金の瞳、皮膜の羽根、そして六本の足を持つ城よりも巨大な龍が砂の大地の上、雄叫びを上げる。
“怯えよ白翠龍ルマーダの眷属!!! そしてその身を予に捧げるのだ!!!”
「やーよ。私は伊蔵の子を産むんだから。人の恋路を邪魔するんなら犬に食べられちゃいなさい!」
ミミルの声に反応する様に影から生まれた漆黒の獣は、六つの金の瞳を持つ青い鱗の龍に猟犬の様に唸り声を上げ飛んだ。
獣はその身から無数の頭部を生み出しそれぞれがコバルトの体に食らい付く。
獣が喰らう肉と血はミミルに更なる力を与えていく。
「早く諦めて魔界にお戻り!!」
“ググッ……予は青覇龍コバルトぞ!! 臆病者の眷属風情にやられはせぬ!!!!”
コバルトは雷を口から吐き出し食らい付いた漆黒の獣を焼き払う。
しかし獣も肉体を再生し巨大な龍に食い下がった。
その獣を制御しながら、ミミルは衝撃を連発する。
“忌々しい小虫がぁああ!!!!”
「キャアア!!!」
叫びと共にコバルトは雷雲を呼び、自身を巻き込み巨大な雷を発生させた。
その極大の雷はミミルが呼び出した獣を消し飛ばし、影に覆われた砂漠を一瞬で白に染める。
“フンッ、貴様ら小虫が多少力を得た所でそれは貸し与えられた力に過ぎぬ。意識と力を完全にこちらに送れば扉に過ぎぬ魔女が我らに敵う訳がなかろう”
「クッ……これは……ちょっと……予定外ね……」
コバルトの放った雷によって弾き飛ばされたミミルは、雷によって全身を焦がしながらもコバルトに対抗すべく再び獣を呼び出した。
“無駄だと言っている!!”
コバルトは再度、雷を呼ぶ。
それによって獣は一瞬で消え、ミミルも障壁ごと貫かれ砂漠に落下した。
その砂漠に転がったミミルの上に青い巨龍が翼をはためかせ降り立つ。
“では貴様を喰らい、シーマを止めたルマーダの眷属……あの小娘を狩るとしようか”
「……やらせ……ないわ……」
“クククッ、真の力の一端に触れただけで瀕死の貴様に何が出来る?”
焼け焦げ煙を上げるミミルが嘲りの笑いを上げるコバルトを睨み歯を噛みしめた時、コバルトに向けて炎に風、雷に衝撃が次々に降り注いだ。
その攻撃のどれもがコバルトに痛痒を与えた様子は無かったが、巨龍の意識は引いたようだ。
“小物の扉どもか……エルーラ同様、うじゃうじゃと湧きおって……焼き払ってくれるわ!!”
ミミルも当然、攻撃に気付きそちらに目を向ける。
視線の先、西の空には彼女の部下達がコバルトに向かい魔法を放っていた。
「なんで……どうして……」
コバルトがその魔女たちに向かった隙をついて、褐色の肌の前線指揮官トーガが集団から離れミミルの下へと駆け付ける。
「殿下、お怪我は?」
「何で来たの!?」
「部下から報告を受け慌てて追った所、あの魔獣の姿が見えましたもので」
トーガは何が起きたのか説明しながら、再生したミミルの手を取りを引き起こした。
「……逃げなさい。あなた達じゃアレは手に負えないわ」
「逃げるのは貴女です、殿下。お忘れかもしれませんが、私は、我々はルマーダ王国に仕える騎士なのです。騎士が王女をお守りするのは当然の事です」
「でも……」
魔女達に拡散する雷を放っているコバルトを見てミミルは顔を曇らせる。
数が多く散らばっている事で彼らは善戦している様に見えた。
しかしこちらの攻撃が通じた様子は無い。それにコバルトが本気になれば、その善戦も一瞬で終わるだろう。
「いいから逃げて下さい……私は以前、殿下には忌避感と恐怖しか感じていませんでした。しかし突然殿下は変わられた。それに殿下の使い魔になってから、それが意外と心地よい事に気付いたのです……端的に言えば、殿下に死なれると困るのですよ、私が」
「トーガ……」
ミミルに向けてトーガが微笑みを浮かべた時、苛立ちからかコバルトは先程ミミルに放った雷を魔女達へと放った。
“鬱陶しい下等な虫どもが!! 予に無駄な力を使わせおって”
「クッ……何という力だ」
使い魔になり力が上がったとはいえ、相手は上位の悪魔だ。
その悪魔の放つ極大の雷に耐えられる筈も無く、一撃でその魔女達の命は消えた。
ミミルに人に戻れた事への感謝の想いを残して……。
「いや……死んじゃいや……」
「殿下、ここは我らに任せてお早く!! ……殿下?」
「ルマーダ、見てるんでしょう!? 私の体をあげる!! だからあいつを、あの龍を止めて頂戴!!」
“駄目ですミミル!! 今、剣の異常に気付いた伊蔵さんがそっちに向かっています!! 私ももうすぐ着きます!! それまでは!!”
異常を感じたフィアの強い想いは言葉となってミミルに届いた。
しかしミミルはフィアの願いには応えられそうに無かった。
各個撃破に切り替えたコバルトによって、ミミルの心から一人、また一人と繋がった者達が消えていく。
その喪失感は生まれてからずっと孤独だった彼女の心を、魂を抉っていた。
その事にミミルは耐えられそうになかったのだ。
「ごめんねフィア……これ以上、失いたくないの……ルマーダ、お願い」
“ミミル!? 待ちなさい!! そんな事、許しませんよ!!”
「フィア、あの約束は忘れていいわ……ルマーダ!!」
ミミルは一方的に宣言するとフィアの心を感じるのを止めた。
“…………よいのですか? 私でも今のコバルトに勝てるかは分かりません……負ければ貴女は……”
「構わないわ……これ以上、繋がっている人が死ぬのは嫌なの……」
“……分かりました”
「殿下、先程から何を……?」
「トーガ、王は民を導き守る者なんだって……だからねトーガ、王族である私は体を張って民である貴方達を守るわ……」
「殿下……」
茫然とミミルを見るトーガの前で、第三王女はその身を白い鱗と桃色の鬣、そして白く長い角を持つ八本足の巨大な龍へと変えた。
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