缶詰
猟師の権兵衛と団吉は、この日、酷い目に遭っていた。
突風と雹、雷を伴った、激しい雨に見舞われたのだ。
初夏のこの時期、気温がそれほど下がらなかったのは幸いだったが、改めて山の天気の変わりやすさ、怖さを知った二人だった。
命からがら、避難用の小さな山小屋に辿り着いた。
ここは前回も助けられた、本当に頼りになる山小屋だ。ここに建ててくれた先人達に感謝する二人だった。
火をおこし、濡れた服を乾かす。
一息ついたところで、大分腹が減っていることに気付いた。
いつもならもう家に帰り着いている時間だが、獲物が一匹も獲れないので粘っていたところにこの悪天候。もう夕暮れが近いが、朝飯を食ったっきり、何も口に入れていない。
雨や雹から逃げているときは夢中だったが、安全になった途端、空腹を感じてしまったのだ。
「団吉、なんか食い物ねえかぁ」
ないと分かっていながらも、権兵衛はそう聞かずにはいられない。
「……あるぜ」
「なっ……あるのか?」
権兵衛は、驚いたような、嬉しいような、そんな表情で聞き返した。
「ああ……前におめえに教えてもらった、あの仙人の店で、こんな時の為にと買っておいたんだ……」
団吉は、部屋の隅の床板を引っ張り、剥がした。
そしてそこから、銀色に光る円筒形のものを何個か取り出した。
「なんだ、そりゃあ? 金物……そん中に食い食い物が入っているのか?」
「ああ、その通り。缶詰っていうもんだ。金物の容器に入っているから丈夫で、ちょっと落としたぐらいじゃあ中身は漏れねえ。しかも、三年は腐らねえって話だ。すげえだろう?」
「三年だと? そんなもんが……いや、あの店ならありえるな……けど、どうやって開けるんだ? ノミと金槌でも使うのか?」
「いや、そんなものいらねえ。ここに輪っかがあるだろう? ここに指をかけて、こうやって引っ張れば……」
上蓋はきれいに剥がれていく。
「うお、すげえ……中身は……なんだ、これは? 肉の煮物か?」
「ああ……食ってみな、うめえぜ」
団吉は、今開けた分を権兵衛に渡し、自分の分として同じ物をもう一つ取り出して開けた。
箸も床下に置いていたものを使う。準備万端だ。
「……こいつは鳥の肉の煮物か? うめえ……」
「だろう? 何ヶ月も前に料理した物とは思えねえ」
「ああ。さすが仙術、だな……」
「こっちは、鯖の煮物だ」
団吉は、そう言って魚の絵が描かれている缶詰を開けた。
「……うん、鯖の味噌煮だ。こいつも絶品だ……まるで、今日料理したみてえだな……こうなると、米の飯もほしいところだが……」
「飯はないが、その代わりにこんな缶詰もあるぜ……」
団吉は、今までより少し細長い缶詰を開けた。
「……なんだ、こりゃあ……柔らかく、ふわふわしてる」
「まあ食ってみな」
団吉はニヤリと笑みを浮かべた。
「……こいつは、饅頭の外側だけか? あんは入っていないが……うめえ……煮物に良く合うな」
「だろう? ぱん、っていう名前らしい。これは五年も持つらしいぜ」
「……すげえな。けど、こんなに食っちまっていいのか? 高いんじゃねえのか?」
「いや……これだけうまくて、保存も利くのに、一つ八文ぐれえなんだ」
「八文!? そんなに安いのか?」
「ああ、だが、ちょっと重いからあんまり数は仕入れられねえってことだ。入荷しても、本当は一人一個しか売ってもらえねえんだが、今日の俺達みたいに人里離れた場所に取り残されたりするかもしれねえ者には、ちょっと多めに売ってもらえるんだ」
「へえ、そりゃ話が分かるお人だなあ。さすが仙人様、か」
「売ってくれたのは綺麗な娘さんだったがな……あの娘も、仙女だって噂だがな」
「ああ、おめえも見たのか。うん、あれはいい女だ」
腹も膨らんできて、そんな冗談や軽口も出るようになってきた。
「……しかし、さっき饅頭の話してたら、甘い物も食いたくなってきたな……」
「だったら、こいつなんかどうだ?」
団吉は、さっきよりもさらに長めの缶詰を開けた。
「……こいつは桃か? 甘くて、うめえ……この煮汁自体もすごく甘い……」
「そうだろう? 家でも食いたいぐらいなんだが、あんまり数を売ってもらえねえから、こういうときのために取っておいたんだ」
「ああ、これは助かるな。なんか疲れも取れてきたみてえだ……」
甘い物は疲労回復に役に立つ。二人は、経験的にそれを知っていた。
「……腹もふくれてきたし、今日はもう、ここで寝ていいな……」
「で、権兵衛……おめえ、今日も持ってきてるんだろう?」
「ああ、もちろん。猟が終わった後に飲むのは、格別だからな……」
権兵衛は、下ろした荷物から金属製の筒を取り出した。
その中身を、竹で出来た入れ物に注いで、団吉に渡した。
「すまねえな……っかあ、うめえ。良い酒だ」
「これで、缶詰の借りはなしだな」
「なんだそりゃあ、ちょっと割にあわねえぞ。そんな事言うんだったら、つまみはいらねえってことだな」
「つまみ? ……まだ何かあるのか」
「ああ……こっちが赤貝の甘煮、これが鰯の煮物……」
「すげえ……よし、今日は宴会だ!」
「宴会? 一匹も獲れてねえのに、なにを祝うんだ?」
「あの風と雹の中、無事に生きてただけでも儲けもんじゃねえか。それに、あの店に行く口実も出来たしな」
「……おめえ、あの娘が目当てだろう? 残念ながら一応、人妻だぞ?」
「わかってねえなあ、それがまたいいんじゃねえか」
「違いねえ!」
二人は大笑いして、缶詰が主役の酒宴は盛り上がったのだった。




