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奈々美さんの裏の顔  作者: 暁の裏


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第9話 「純愛か狂気か」

 四月も終わりに近づき、待ちに待ったゴールデンウィークが始まった。

 学校は休みだが、三人の作戦は本格的に開始される。

 光明は朝早くから起き、先日決めた計画を思い返していた。

 まずは学校関係者から奈々美の情報を集める。そして可能であれば、元樹の過去についても調べる。

 一方、玲は緊張した面持ちで鏡を見つめていた。

 今日は元樹の母親に会って、過去のことを聴く予定だ。

 未菜はというと、既に外出の準備を整えていた。

 奈々美の行動を観察し、可能であれば後をつける計画だった。

 それぞれが違う役割を担い、友人を救うための作戦が始まろうとしていた。




 午前10時、玲は元樹の家の前に立っていた。

 深呼吸をして、インターホンを押す。


「はい」


 優しい声が聞こえてくる。元樹の母親だ。


「あの、玲です。こんにちわ。」

「あら、玲ちゃん! 久しぶりね。どうぞ、上がって」


 玄関のドアが開き、元樹の母親が笑顔で迎えてくれた。

 彼女は元樹に似た優しい顔立ちで、玲のことを小さい頃からよく知っている。


「お忙しいところ、すみません」

「何を言ってるの。玲ちゃんはいつでもウェルカムよ」


 リビングに通され、温かいお茶を出してもらう。


「元樹は出かけてるのよ。恋人さんとデートらしくて」


 その言葉に、玲の心が痛む。


「そうですか……」

「玲ちゃん、最近元樹とあまり話してないのね」


 母親の鋭い観察に、玲は驚く。


「え……」

「母親にはわかるのよ。元樹があなたの名前を出さなくなったから」


 その言葉に、玲は胸が締め付けられる。


「実は……それで今日、お聞きしたいことがあって」


 玲は意を決して口を開く。


「元樹の昔のことで……小学生の頃、他の町に住んでいたことがありましたよね?」


 母親の表情が少し曇る。


「ああ、そのことね……覚えてるわ。元樹が小学2年生から4年生まで、私が再婚して他の町に住んでいたの」

「その時に、何か……特別な出来事はありませんでしたか?」


 玲の真剣な表情に、母親も深刻になる。


「どうして急にそんなことを?」

「実は、転校生の柊奈々美さんのことで……」


 玲は慎重に言葉を選びながら説明する。


「もしかしたら、元樹と昔会ったことがあるのかもしれないんです」


 母親は少し考え込んだ後、口を開く。


「そういえば……あったわ」

「元樹が小学3年生の時だったかしら」


 母親は記憶を辿るように話し始める。


「近所の公園で、一人で泣いている女の子がいたの」


 玲は身を乗り出す。


「女の子?」

「ええ。親がいなくなったって泣いてて……元樹が慰めてたのよ」

「親がいなくなった?」

「後で聞いた話だけど、両親が亡くなって、親戚に引き取られることになったとか」


 玲の心臓が激しく跳ねる。


「その子の名前は……」

「確か……奈々美ちゃんだったと思う」


 やはりそうだった。玲の推測は正しかった。


「元樹はその子と仲良くなって、毎日のように一緒に遊んでたの」

「仲良く……」

「でもね」


 母親の表情が少し暗くなる。


「確かその子、段々元樹に依存するようになって……」

「依存?」

「元樹が他の子と遊ぼうとすると泣いたり、家まで追いかけてきたり」


 玲は背筋が寒くなる。


「最初は可哀想だと思ってたけど、だんだんエスカレートして……」


 母親は困った表情を見せる。


「元樹も少し困ってたのよ。その子がいると他の友達が寄り付かなくなって」

「それで……?」

「私たちの離婚が決まって、急に引っ越すことになったの」


 母親は深いため息をつく。


「私はその時、元樹に別れの挨拶をしないよう止めたの」

「止めた?」

「だって、あの子の様子を見てると……正直、怖かったのよ」


 その言葉に、玲は戦慄する。


「小学生なのに、大人みたいな目をしてて……元樹を見る目が、恋人を見るような目だった」

「それが……今の奈々美さんなんですね」


 玲の声が震える。


「そうなの? その転校生の子が?」


 母親も驚いている。


「だとしたら……」


 玲は全てが繋がったことを理解する。

 奈々美の執着、元樹への異常な愛情、全ては幼い頃からの歪んだ感情の延長だった。


「お母さん、お話ありがとうございます。」

「いえ、いいのよ」


 玲は深々と頭を下げた後、元樹の家を後にした。




 玲が元樹の母親に話を聴いていた時、元樹と奈々美は映画館に来ていた奈々美と元樹を、光明と未菜は遠くから見守っていた。


「チケット買うふりして近づいてみよう」


 光明が提案し、二人は自然を装ってチケット売り場に向かう。


「あの二人、どの映画を見るのかな」


 未菜が小声で言う。


「ロマンス映画みたいだな」


 光明が確認する。


「恋人同士なのに、なんで元樹くん、あんなに暗い顔してるの」

「やっぱりおかしいよな」


 光明も同意する。

 映画が始まる前、二人はロビーで奈々美と元樹の様子を観察し続けた。

 その間、未菜は光明の横顔をこっそりと見つめていた。


「木口くんって、すごく優しいのね」

「え?」

「元樹くんのために、こんなに頑張って」


 その言葉に、光明は照れる。


「友達だから当然だよ」

「でも、みんながみんな、ここまでしないと思う」


 未菜の素直な称賛に、光明の心が温かくなる。


「未菜だって同じだろ? 玲のために一生懸命だし」

「うん……でも」


 未菜は顔を赤らめながら続ける。


「木口くんと一緒だと、なんだか心強いの」


 その告白めいた言葉に、光明も意識してしまう。

 共通の目的があるとはいえ、二人の間には確実に何かが芽生え始めていた。




 映画が始まると、光明と未菜も同じ上映室に入った。

 後ろの方の席から、前方にいる奈々美と元樹を見守る。


「あ……」


 未菜が小さく声を上げる。


「どうした?」

「柊さん、元樹くんの腕にすごく強く掴まってる」


 確かに、奈々美は元樹の腕を両手で掴み、まるで離すまいとするように強く握っている。

 元樹は身動きが取れず、苦しそうな表情を浮かべていた。


「あれじゃあ映画に集中できないな」


 光明が小声で呟く。


「本当に可哀想……」


 未菜も心を痛める。

 そんな二人の会話中、未菜は光明の腕が自分の腕に軽く触れていることに気づく。

 偶然の接触だったが、心臓が高鳴った。


「私、木口くんみたいな人って好きかも……」


 小さくて光明には聞こえない声でそう呟く。

 映画の内容よりも、隣にいる光明のことばかり考えてしまう未菜だった。




 映画が終わった後、二人は公園に戻ってきた。

 夕陽が二人を照らし、ロマンチックな雰囲気が漂う。


「元樹くん」


 奈々美が振り返る。


「今日はありがとう」


 その笑顔は、今までとは違って純粋に見えた。


「別に……」

「ううん、嬉しかったの」


 奈々美は元樹に近づく。


「こうして二人でいる時間が、私は一番幸せ」


 その言葉に、元樹の心が微かに動く。


「昔から、ずっと夢見てたの」


 奈々美の瞳が潤む。


「元樹くんと一緒にいられる日が来るって」

「奈々美……」

「小さい頃、元樹くんがいなくなった時……」


 奈々美の声が震える。


「本当に辛くて、死んでしまいたいと思った」


 その告白に、元樹は動揺する。


「でも諦めなかった。いつか必ず会えるって信じてた」


 奈々美は元樹の手を取る。


「そして今、こうして一緒にいられる」


 その手は温かく、震えていた。


「私、元樹くんがいないと生きていけないの」


 しかし、その言葉の裏にある依存の深さを、元樹は感じ取っていた。


「俺も……」


 元樹が口を開きかけた時、奈々美の表情が変わった。

 夕陽に照らされた横顔が、とても美しく見える。

 頬に流れる涙が、キラキラと光っている。

 その瞬間、元樹の心が跳ね上がった。


「あ……」


 奈々美の美しさに、思わず見惚れてしまう。

 恐怖や嫌悪感とは別の、純粋な感情が湧き上がる。


「どうしたの?」


 奈々美が首を傾げる。

 その仕草も、愛らしく見える。


「い、いや……何でもない」


 元樹は慌てて視線を逸らす。

 心臓の鼓動が激しくなり、頬が熱い。


「もしかして……」


 奈々美が微笑む。


「私のこと、可愛いと思ってくれた?」


 その問いかけに、元樹は答えられない。

 確かに今、奈々美を可愛いと思った。

 支配的で恐ろしい一面を知っているのに、純粋な一面を見せられると心が動いてしまう。


「元樹くん?」

「……少し」


 正直に答えてしまう。

 奈々美の笑顔が、一層輝いた。

 隠れて見守る未菜

 その一部始終を、未菜は物陰から見ていた。


「え……」


 元樹の表情の変化に、未菜は困惑する。

 一瞬だが、元樹が奈々美を見る目に愛おしさのようなものが宿っていた。


「まさか……本当に好きになっちゃった?」


 それとも、これも奈々美の計算なのか。

 純粋な一面を見せて、元樹の心を掴もうとしているのか。


「わからない……」


 未菜は頭を抱える。

 状況はより複雑になっていた。




 夜、三人は電話で情報を共有した。


「まず玲ちゃんから」

「元樹のお母さんから聞いた話だと……」


 玲は過去の経緯を詳しく説明する。


「そうだったんだ」


 未菜が応じる。


「それで、今日の尾行の結果だけど……」


 未菜は観察した内容を報告する。


「元樹くんが奈々美さんを見て、ドキドキしてるような表情を見せたの」

「え?」


 玲が驚く。


「それって……」

「わからない。でも確実に心が動いてた」


 光明も考え込む。


「それが本心なのか、それとも……」

「操られてるのか」


 三人は沈黙する。


「でも一つ分かったことがある」


 玲が口を開く。


「奈々美さんは、子供の頃から異常な執着心を持ってた」

「そして今も、それは変わってない」


 未菜が続ける。


「むしろエスカレートしてる可能性もある」

「どちらにしても、このまま放っておくわけにはいかない」


 光明の決意は固い。


「明日も続けよう」




 翌日、三人は再び行動を開始した。

 玲は元樹の妹の由美に詳しく話を聞く。

 未菜は再び奈々美の尾行を続ける。

 しかし、この日の奈々美と元樹は前日と様子が違っていた。


「元樹くん、昨日は楽しかった?」

「うん……まあ」


 元樹の返事は相変わらず歯切れが悪い。


「でも、最後に私のこと可愛いって言ってくれたわね」


 奈々美が嬉しそうに微笑む。


「あ、ああ……」


 元樹は困ったような表情を見せる。

 昨日の自分の反応を、今になって後悔していた。

 奈々美に好意を示してしまったことで、さらに執着が強くなるのではないかと恐れている。


「ねえ、元樹くん」


 奈々美が元樹の腕を掴む。


「私たち、もっと親密になりましょう」

「親密って……」

「手を繋いだり、ハグしたり……」


 奈々美の提案に、元樹は身体が強ばる。


「まだ早いんじゃ……」

「どうして? 恋人同士でしょう?」


 奈々美の声に、微かな苛立ちが混じる。


「昨日は私のこと可愛いって言ったのに」


 その圧迫感に、元樹は追い詰められる。


「わかった……」


 結局、元樹は奈々美の手を握ることになった。

 奈々美の手は冷たく、でも強い力で握り返してくる。

 まるで、離さないぞという意志を込めて。




 玲は元樹の妹、由美と会っていた。


「玲ちゃん、お兄ちゃんのこと心配してるの?」


 中学生の由美は、思ったより大人びていた。


「うん。最近の元樹、様子がおかしくない?」

「やっぱりそう思う?」


 由美の表情が暗くなる。


「お兄ちゃん、家でもずっと暗いの」

「どんな風に?」

「ため息ばかりついて、食事中も上の空」


 由美は心配そうに話す。


「それに、夜中によく起きてるみたい」

「夜中に?」

「窓の外をじっと見てたり、スマホとにらめっこしてたり」


 玲は嫌な予感がする。


「スマホ?」

「多分、彼女からのメッセージだと思う」


 由美は推測する。


「でも、嬉しそうじゃないの。困惑した表情を浮かべているの」


 やはり奈々美からの束縛は、家にいる時も続いているのだ。




 翌日、光明は未菜と一緒に行動することになった。


「二人で見張った方が効率的よね」


 未菜の提案に光明も同意する。


「そうだな。一人だと見落としもあるし」


 駅前で待ち合わせた二人は、奈々美と元樹を探し始める。


「あ、いた!」


 未菜が指差す方向に、二人の姿があった。


「今度は映画館の方に向かってるな」


 光明と未菜は距離を保ちながら後を追う。

 歩きながら、未菜は隣を歩く光明をちらちらと見つめていた。


「木口くんって、普段はどんなことしてるの?」

「え? サッカーの練習とか……なんで急に?」


 光明は戸惑う。


「ううん、ただ気になって」


 未菜は頬を赤らめながら答える。

 実は未菜は、光明と行動を共にするようになってから、彼のことが気になり始めていた。

 友達思いで、真剣に元樹のことを心配する姿に、心を動かされていたのだ。


「未菜の方こそ、普段は何してるんだ?」

「私? 玲ちゃんと一緒にいることが多いかな」


 二人の距離が、少しずつ縮まっていく。

 共通の目的があることで、自然に親しくなっていった。




 連休三日目、状況に変化が生じた。

 光明と未菜は再び奈々美と元樹の尾行を開始した。


「今日は柊さんの様子が少し違う」


 未菜が光明に小声で報告する。


「どう違うんだ?」

「なんというか……より積極的というか、攻撃的というか」


 二人が見つめる先で、奈々美が元樹に何かを提案していた。


「元樹くん、今日は私の部屋に来ない?」


 その提案に、元樹は青ざめる。


「部屋って……」

「ええ。もっとプライベートな時間を過ごしましょう」


 奈々美の瞳に、危険な光が宿る。


「でも……」

「嫌なの?」


 奈々美の声が冷たくなる。


「私と一緒にいるのが嫌?」


 その脅迫めいた問いかけに、元樹は追い詰められる。


「そんなことは……」

「じゃあ決まりね」


 奈々美は嬉しそうに微笑む。

 しかし、その笑顔の裏には狂気が潜んでいる。

 未菜と光明の心配


「大変! 奈々美が元樹くんを自分の部屋に連れて行こうとしてる!」


 未菜が焦って光明の腕を掴む。

 その瞬間、光明は未菜の手の温かさと、彼女の心配そうな表情に心が動く。


「どうしよう、木口くん!」

「落ち着けよ、未菜」


 光明は未菜の肩に手を置く。


「まず玲に連絡して、それから考えよう」

「うん……でも」


 未菜は光明の手の温かさに、一瞬心が和らぐ。

 こんな状況なのに、光明がいるだけで安心できる自分に気づく。


「私たちで後をつけよう」


 光明が決断する。


「もし何かあったら、すぐに助けに入る」

「一緒にいてくれる?」


 未菜の問いかけに、光明は頷く。


「当然だろ。一人じゃ危険だし」


 その言葉に、未菜の心は暖かくなった。

 二人は奈々美と元樹の後をそっと追った。




 奈々美のアパートは、思ったより狭く、薄暗かった。


「いらっしゃい、元樹くん」


 奈々美は嬉しそうに微笑む。


「ここが私の部屋よ」


 部屋を見回した元樹は、背筋が凍りついた。

 壁一面に、自分の写真が貼られている。

 それも、盗撮されたものばかりだった。


「これは……」

「素敵でしょう?」


 奈々美は無邪気に答える。


「全部、愛しい元樹くんの写真」


 その異常性に、元樹は恐怖を覚える。


「奈々美……これは」

「何か問題ある?」


 奈々美の声が急に冷たくなる。


「恋人の写真を飾って何が悪いの?」


 いつの間こんな量の写真を撮ったのだろうか?元樹は恐怖のあまり何も言えなくなる。

 これが、奈々美の本当の姿だった。

 一方、アパートの外で光明と未菜は心配そうに見守っていた。


「中で何が起きてるんだろう」


 未菜が不安そうに呟く。


「大丈夫だ。何かあったらすぐに気づく」


 光明の力強い言葉に、未菜は少し安心する。

 そして同時に、こんなに頼りになる光明への想いがさらに強くなっていくのを感じていた。

 写真に囲まれた異常な空間にいるにも関わらず、元樹は奈々美を見て胸がドキッとした。

 夕方の薄暗い部屋の中で、奈々美の横顔が窓から差し込む光に照らされている。

 長い髪が頬にかかり、その仕草がとても美しく見えた。


「元樹くん、座って」


 奈々美が振り返る。その笑顔は純粋で、まるで普通の女の子のようだった。


「あ、ああ……」


 元樹は言われるままにソファに座る。

 奈々美も隣に座り、距離が近くなる。


「こうして二人きりでいると、昔を思い出すわ」


 奈々美が小さく呟く。


「昔って……」

「小学生の頃。あの公園でいつも一緒にいた時」


 奈々美の瞳が少し潤んでいる。


「あの時の元樹くんは、いつも私を守ってくれた」


 その言葉に、元樹の記憶が蘇る。

 確かに、泣いている奈々美を慰めていた日々があった。


「私、あの時から元樹くんが好きだったの」


 奈々美が恥ずかしそうに俯く。

 その表情があまりにも可愛らしくて、元樹は思わず見惚れてしまう。

 壁の写真の異常性を忘れて、目の前の奈々美の可愛さに心を奪われた。


「奈々美……」

「え?」


 奈々美が顔を上げる。頬が少し赤く染まっている。


「今の表情、すごく……」


 元樹が言いかけた時、奈々美の手が自分の手に重ねられた。


「すごく?」

「……可愛い」


 正直な気持ちが口から出てしまう。

 奈々美の笑顔が一層輝いた。


「本当?」

「うん……」


 元樹は自分でも驚いていた。

 こんな異常な状況なのに、なぜ奈々美を可愛いと思ってしまうのか。


「元樹くん……」


 奈々美が身を寄せてくる。その距離の近さに、元樹の心臓が激しく鼓動した。




 アパートの外で、光明と未菜は不安に駆られていた。


「もう二時間も経ってる」


 未菜が時計を見ながら呟く。


「中で何が起きてるんだ……」


 光明も焦りを見せる。


「もし何かあったら……」


 未菜の声が震える。


「大丈夫だ。元樹は強い奴だから」


 光明が励ますように言うが、自分自身も不安だった。


「でも、柊さんって本当に怖い人よね」

「ああ。あんな目で人を見る女子、初めて見たよ」


 二人は黙って建物を見上げる。

 その時、未菜は改めて光明を見つめた。

 友人のために真剣に心配している姿に、胸が温かくなる。


「木口くん……」

「ん?」

「ありがとう。一人だったら、こんなに頑張れなかった」


 未菜の素直な言葉に、光明も心が動く。


「俺もだ。未菜がいてくれて心強い」


 二人の距離が、また少し縮まった。


「私……」


 未菜が何か言いかけた時、アパートの入り口から人影が現れた。


「あ、出てきた!」




 三時間後、ついに二人がアパートから出てきた。


「やっと出てきた」


 光明がほっと息をつく。

 しかし、元樹の様子を見て、未菜と光明は困惑した。

 元樹の顔が赤く染まっているのだ。


「あれ……?」


 未菜が首をかしげる。


「元樹、なんか顔赤くない?」


 光明も気づく。

 奈々美と手を繋いで歩く元樹は、確かに頬を赤らめていた。

 そして時々、奈々美を見つめている。

 その表情は、以前の暗いものとは明らかに違っていた。


「まさか……」


 未菜の声が小さくなる。


「本当に好きになっちゃったの?」


 その光景を見て、二人は動揺した。


「元樹くん、今日は楽しかった?」


 奈々美が上目遣いで聞いてくる。

 その表情がまた可愛くて、元樹は頬が熱くなる。


「う、うん……」

「良かった。また今度も、二人きりで過ごしましょうね」


 奈々美の笑顔に、元樹の心は複雑に揺れていた。

 確かに奈々美の行動は異常だ。

 でも同時に、彼女の純粋な一面も見えてしまった。

 尾行の意味への疑問

 後をつけていた光明と未菜は、完全に困惑していた。


「ねえ、木口くん」


 未菜が小声で話しかける。


「これって……意味あるのかな」

「どういう意味?」

「だって、元樹くん、すごく嬉しそうじゃない」


 確かに元樹の表情は、以前のような暗いものではなかった。

 奈々美と話している時、時々笑顔も見せている。


「もしかして……私たちの心配が杞憂(きゆう)だったのかも」


 未菜の言葉に、光明も考え込む。

 二人は迷いを感じていた。

 本当に元樹は奈々美に脅されているのか。

 それとも、普通に恋人同士として付き合っているのか。


「混乱してきた」


 光明が頭を抱える。


「私も……」


 未菜も同じような気持ちだった。


「でも、一つだけ確かなのは」


 未菜が光明を見つめる。


「木口くんと一緒にいると、安心できるってこと」


 その言葉に、光明も心が動く。


「未菜……」


 二人の間に、新しい感情が芽生えようとしていた。




 その夜、玲は一人で元樹のことを考えていた。

 今日由美から聞いた話、そして光明と未菜からの報告。

 全てを総合すると、状況はより複雑になっていた。


「元樹……」


 玲は窓辺に立ち、元樹の家の方を見つめる。

 長い間、元樹と話していない。

 以前のように、何でも話し合える関係ではなくなってしまった。

 その寂しさを感じながら、玲は気づく。


「そっか、私……元樹のことが」


 自分の気持ちに向き合う瞬間だった。

 幼馴染として大切に思っているのは確かだ。

 でもそれ以上に、一人の男性として元樹を見ている自分がいる。


「好きなんだ……」


 小さく呟く。

 だからこそ、奈々美との関係が許せない。

 だからこそ、元樹を取り戻したいと思う。

 友人としての心配だけではない。

 女性としての嫉妬も、確かにあった。


「でも、もう遅いのかな……」


 元樹の赤らんだ顔を想像すると、胸が痛む。

 本当に奈々美を愛しているのなら、自分が割って入る権利はない。

 でも――


「まだ諦めたくない」


 玲の決意は固い。

 長い間一緒にいた幼馴染として、元樹の本当の気持ちを確かめたい。


「明日、直接話してみよう」


 玲は決心した。




 同じ頃、元樹も一人で昔のことを思い返していた。

 小学生の時の奈々美。

 あの時、確かに彼女は可哀想な子だった。

 両親を亡くし、一人ぼっちで泣いていた女の子。

 自分が慰めてあげると、とても嬉しそうにしてくれた。


「僕がいるから大丈夫だよ」


 そう言った時の、奈々美の笑顔。


「元樹くんがいてくれて良かった」


 そんな言葉をもらった時の気持ち。

 確かに、特別な感情があったのかもしれない。

 でも引っ越しの時、別れを告げることができなかった。

 母親に止められたからだが、あの時の奈々美はどんな気持ちだったのだろう。


「置いていかれた……って思ったのかな」


 元樹は罪悪感を感じる。

 そして今、再び現れた奈々美。

 当時の面影を残しながらも、美しい女性に成長している。

 今日、部屋で見せた表情。

 恥ずかしそうに俯く姿。

 可愛いと言われて嬉しそうにする笑顔。


「俺は……どうしたいんだ?」


 元樹は自分の気持ちがわからなくなっていた。

 奈々美の束縛は確かに重い。

 でも、彼女の純粋な想いも感じる。


「昔の約束……守らなければいけないのかな」


 幼い頃の記憶が、元樹の心を複雑にしていた。


「ずっと一緒にいよう」


 そんな約束をしたような気がする。

 でも本当だったのか。

 子供の記憶は曖昧だ。


「玲のことも……」


 元樹は玲のことを思い出す。

 長い間一緒にいた幼馴染。

 いつも明るくて、元気をくれる存在。

 でも最近は話すこともない。

 奈々美が嫌がるからだ。


「玲……元気にしてるかな」


 ふと心配になる。

 しかし、奈々美への感情も無視できない。

 元樹の心は、二人の間で揺れ続けていた。




 翌日、四日目も三人の行動は続いた。

 しかし、前日の出来事で、全員の気持ちが揺れていた。

 光明は部活の先輩に相談することにした。


「先輩」


 サッカー部の三年生に声をかける。


「恋愛の相談って、どうしたらいいですかね」

「恋愛? お前に彼女でもできたのか?」


 先輩は意外そうに笑う。


「いや、友達のことなんですけど」


 光明は状況を簡単に説明する。


「複雑だな……」


 先輩も考え込む。


「でも、本人が幸せそうなら、周りがとやかく言うことじゃないんじゃない?」


 その言葉に、光明は考えさせられる。


「そうですかね……」

「ただし、明らかにおかしいことがあるなら、友達として声をかけるべきだと思う」


 先輩のアドバイスに、光明は頷く。


「でも難しいのは、その『おかしい』の判断基準だよな」

「確かに……愛情表現は人それぞれだし」


 光明は更に混乱していた。




 一方、未菜は玲と会っていた。


「玲ちゃん、昨日の元樹くんの様子、どう思う?」

「わからない……本当にわからない」


 玲は困惑していた。


「でも一つだけ確かなのは」


 玲の表情が決意に満ちる。


「私は元樹を諦めたくない」


 その言葉に、未菜は驚く。


「玲ちゃん……もしかして」

「うん。好きなの。元樹のこと」


 玲の告白に、未菜は複雑な気持ちになる。

 親友の恋を応援したい気持ちと、光明への想いが混じり合う。


「でも、元樹くんが幸せなら……」

「本当に幸せなのかしら」


 玲が反論する。


「あの顔を見て、本当に心から幸せそうだった?」


 未菜は昨日の元樹の表情を思い返す。

 確かに顔は赤らんでいた。

 でも目の奥には、迷いのようなものがあった。


「確かに……複雑そうだった」

「でしょう? だから私は直接確かめたいの」


 玲の決意は固かった。




 ゴールデンウィーク最終日。

 この日、決定的な出来事が起こった。

 奈々美と元樹が公園で話している時、偶然玲と出会ったのだ。


「あ……」


 玲が立ち止まる。


「玲……」


 元樹も驚く。

 久しぶりに間近で見る玲の顔に、元樹の心が動揺した。

 懐かしさと、申し訳なさ。

 そして、今まで気づかなかった大切さを実感する。


「あら上野さん、なにか様かしら?」


 奈々美の声が冷たく響く。


「いえ、たまたま通りかかっただけです」


 玲は冷静に答える。

 でも心の中では、元樹に話しかけたい気持ちでいっぱいだった。


「そう。なら良いけど」


 奈々美は元樹の腕により強く掴まる。

 その様子を見て、玲の心は痛んだ。

 でも同時に、元樹の表情にも変化があることに気づく。

 玲を見た瞬間、元樹の目に迷いが浮かんでいた。

 そして、懐かしそうな表情も。


「元樹くん、行きましょう」


 奈々美に促されて、元樹は歩き出す。

 しかし振り返って、玲を見つめた。

 その瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。

 玲への愛しさ。

 奈々美への申し訳なさ。

 そして、自分でも整理できない混乱。


「玲……」


 小さく名前を呼ぶ。

 その声は玲にも聞こえた。

 玲の心に、希望の光が差し込む。

 まだ諦めるには早い。

 元樹の心は、まだ完全に決まっていない。




 ゴールデンウィークが終わり、三人は今後の方針を決めることになった。


「結局、よくわからなかった」


 光明が正直に言う。


「元樹が本当に幸せなのか、それとも……」

「でも一つだけ確かなことがある」


 玲が口を開く。


「元樹の心は、まだ完全に奈々美さんのものになっていない」

「どうしてそう思うの?」


 未菜が聞く。


「昨日、私を見た時の表情よ」


 玲は確信していた。


「あの目は、迷っている目だった」

「だったら……」


 光明も希望を感じる。


「まだ諦めるのは早いってことか」

「そういうこと」


 玲の決意は固い。


「でも、どうやって?」


 未菜が現実的な問題を提起する。


「奈々美さんが元樹くんを離さないでしょう」

「だからこそ、作戦が必要なの」


 玲は考えを巡らせる。


「学校が始まったら、もっと自然に接触できる」

「そうだな。授業中とか、休み時間とか」


 光明も同意する。


「でも危険よ」


 未菜が心配する。


「奈々美さんに気づかれたら……」

「リスクはある」


 玲も認める。


「でも、このまま何もしないなんて、絶対に嫌」


 その強い決意に、光明と未菜も心を動かされる。


「わかった。俺も協力する」

「私も」


 三人は新たな決意を胸に、連休の終わりを迎えた。




 一方、元樹は自分の部屋で悩んでいた。

 奈々美への複雑な感情。

 玲への変わらない想い。

 そして、自分でも理解できない心の動き。


「俺は……どうしたらいいんだ」


 ゴールデンウィーク中に起こった様々な出来事。

 奈々美の部屋で見た異常な写真。

 でも同時に感じた、彼女への愛おしさ。

 そして玲と偶然会った時の、胸の高鳴り。


「玲……」


 幼馴染の名前を呟く。

 長い間一緒にいて、当たり前の存在だった。

 でも今は話すこともできない。

 その寂しさが、改めて胸に染みる。


「俺は玲のこと……」


 自分がどうしたいのか分からず困惑する。

 昔、泣いている彼女を慰めた記憶。

「守ってあげる」と言った約束。

 それを破って良いのだろうか。


「でも、このままじゃ……」


 元樹は苦悩していた。

 奈々美の束縛は日に日に強くなっている。

 このままでは、本当に自由を失ってしまう。

 でも彼女の純粋な想いも理解できる。


「明日から学校が始まる……」


 新学期を前に、元樹の心は混乱の極みにあった。

今回のエピソードでは、奈々美の執着がさらに強まる一方で、彼女の純粋な一面に元樹の心が揺れ始める様子を描きました。

一見するとただの束縛にも見える行動ですが、そこに込められた「幼い頃からの想い」が垣間見えることで、読者にとっても簡単には割り切れない複雑さが伝わったのではないでしょうか。


また、光明と未菜の距離が縮まる場面や、玲が自分の気持ちに気づく描写など、恋愛模様も少しずつ動き出しました。

「友情」「恋心」「依存」、それぞれの想いが絡み合い、いよいよ学校生活の中で直接ぶつかっていく予感がします。


次回は、三人の決意がどう形を取るのか、そして元樹が本当の気持ちとどう向き合うのか――物語がさらに大きく動き出す回になるでしょう。


暁の裏

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