第8話 「決意の三人」
翌日、山田未菜は隣のクラスから玲の教室を覗き込んでいた。
親友の玲が最近元気がなく、心配で仕方がない。
「玲ちゃん……」
昼休み、未菜は玲を見つけて駆け寄った。
「玲ちゃん、最近どうしたの? すごく元気ないじゃない」
玲は振り返ると、無理に笑顔を作る。
「未菜ちゃん……大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ! 昨日も屋上で一人でお昼食べてたよね?」
未菜の鋭い指摘に、玲は言葉を詰まらせる。
「それに元樹くんとも全然話してないし……何かあったの?」
玲は視線を逸らす。
「元樹には恋人ができたから……私が遠慮してるだけ」
「恋人? ああ、転校生の柊さんね」
未菜は首をかしげる。
「でも、なんか変じゃない?」
「変って……?」
「だって元樹くん、全然嬉しそうじゃないもん。恋人できたばっかりの男子って、もっと浮かれてるものでしょ?」
未菜の観察眼は意外に鋭い。
「それに柊さんも……なんか怖いというか」
「怖い?」
「この前、元樹くんと廊下ですれ違った時、すっごい冷たい目で睨まれたの。まるで『近づくな』って言われてるみたいで」
玲は心臓が跳ね上がる。
やはり自分だけではない。未菜も奈々美の異常さに気づいている。
「未菜ちゃん……」
「玲ちゃん、何か隠してない? 私たち親友でしょ?」
未菜の真剣な表情に、玲は迷う。
しかし、一人で抱え込むには重すぎる問題だった。
「実は……」
玲は小さく息を吸い、決意を固める。
「元樹の様子が、本当におかしいの」
決意を固めた玲は、ついに全てを話し始めた。
「奈々美さんが転校してきてから、元樹は完全に変わってしまった」
「変わったって……どう?」
「まず、私を避けるようになった。それも急に。この前まで普通に話してたのに」
未菜は真剣に聞いている。
「それから、いつも疲れたような顔をしてる。楽しそうじゃないの」
「恋人なのに?」
「そう。それに……」
玲は声を震わせる。
「昨日電話した時、元樹が泣きそうな声だった。『もう電話しないでくれ』って言われたけど、本当は辛そうで……」
未菜の表情が険しくなる。
「それ、絶対おかしいよ」
「でしょう? 元樹は何かに脅されてるんじゃないかって……」
「脅されてる? 柊さんに?」
玲は頷く。
「あの人、普段は穏やかだけど、時々すごく冷たい目をするの。元樹を見る時の目が……なんというか、自分の所有物だというような」
未菜は背筋が寒くなる。
「それって……ヤンデレってやつじゃない?」
「ヤンデレ?」
「最近よくアニメとかであるでしょ? 愛情が歪んで、相手を支配しようとする女の子」
その言葉に、玲はハッとする。
「まさか……でも、現実にそんな……」
「現実だからこそ怖いんだよ」
未菜の声が真剣になる。
「玲ちゃん、これは放っておけない。元樹くんが本当に危険かもしれない」
未菜は玲の相談を聴いて真剣に相談に乗ると決めた…
一方その頃、元樹のクラスメイトで友人である木口光明は、友人の変化に困惑していた。
光明は元樹とは中学時代からの友人で、明るく社交的な性格をしている。
背は元樹より少し低いが、がっしりした体格で、サッカー部に所属している。
「おーい、元樹!」
放課後、光明は元樹に声をかけた。
しかし元樹の反応は鈍い。
「ああ、光明……」
「なんか最近、元気ないな。恋人できたんだろ? もっと浮かれてていいんじゃない?」
その質問に、元樹の表情が曇る。
「そんなことないよ……」
「嘘つけ。俺たち何年の付き合いだと思ってるんだよ」
光明は元樹の肩を叩く。
「何かあったら話せよ。友達だろ?」
元樹は答えたいが、奈々美の脅しが頭をよぎる。
「大丈夫だから……」
「大丈夫じゃないって。見てりゃ分かるよ」
光明の率直さに、元樹は胸が痛む。
その時、廊下の向こうから奈々美が現れた。
「元樹くん、お疲れさま」
奈々美の声は優しいが、光明を見る目は冷たい。
「あ、奈々美……」
「木口くんもお疲れさま」
奈々美は光明に挨拶するが、その笑顔には温度がない。
「おう、お疲れ。柊さんだっけ? 元樹のこと、よろしく」
光明は人懐っこく笑うが、奈々美の反応は薄い。
「ええ……こちらこそよろしくね」
「じゃあ元樹、また明日な」
光明が去ろうとした時、奈々美が小さく呟く。
「元樹くん、あまり他の人と仲良くしてると寂しいわ」
その言葉を聞いて、光明は足を止める。
翌日から、光明は意識的に元樹と奈々美の様子を観察し始めた。
授業中、奈々美は常に元樹を見ている。
それも愛情深い恋人の視線ではなく、監視するような鋭い眼差しで。
休み時間になると、奈々美は必ず元樹のそばにいる。
まるで他の誰かが話しかけることを阻止するように。
そして決定的だったのは、昼休みの出来事だった。
光明が元樹に話しかけようとした時、奈々美が割って入る。
「元樹くん、お弁当一緒に食べましょう」
「あ、ああ……」
元樹は光明を見て申し訳なさそうにする。
「木口くん、ごめん。また今度……」
「いや、構わないよ。恋人同士の時間、大切にしろよ」
光明は笑って答えるが、内心では違和感を覚えていた。
元樹の表情に、安らぎがない。
恋人といる時なのに、なぜかぎこちなく見える。
「おかしいな……」
光明は首をかしげながら、二人を見送った。
部活での相談
その日の放課後、光明はサッカー部の練習中も元樹のことが気になっていた。
「おい、光明! 集中しろ!」
先輩に怒鳴られて、我に返る。
「すみません!」
練習が終わった後、光明は同学年の部員である田中に相談した。
「なあ田中、お前、元樹知ってるよな?」
「渡部のことか? 知ってるけど、どうした?」
「最近、様子がおかしいんだ」
光明は元樹の変化について説明する。
「恋人できたのに、全然嬉しそうじゃなくて……」
「ああ、転校生の子だろ? 美人だよな」
「美人だけどさ、なんか怖いんだよ」
「怖い?」
「元樹を見る目が……所有物を見るような感じで」
田中は首をかしげる。
「考えすぎじゃないか? 付き合い始めは、女子って独占欲強いもんだろ」
「そうかな……」
光明は納得できずにいた。
「でも、元樹の表情が暗いんだよ。前はもっと明るかったのに」
「まあ、気になるなら本人に聞いてみれば?」
田中の提案に、光明は頷く。
「そうだな。今度、直接聞いてみるよ」
翌日の昼休み、光明は一人で校内を歩いていた。
元樹は相変わらず奈々美と一緒で、話しかけづらい雰囲気だった。
そんな時、廊下で山田未菜とすれ違う。
「あ、木口くん」
「おう、山田。どうした? なんか深刻な顔してるじゃん」
未菜は少し迷った後、光明に話しかける。
「木口くん、渡部くんと仲いいよね?」
「ああ、中学からの友達だけど……なんで?」
「実は……」
未菜は周囲を見回してから、声を低める。
「渡部くんのこと、心配になってるの」
その言葉に、光明の目が鋭くなる。
「心配って……やっぱり何かあるのか?」
「やっぱりって、木口くんも気づいてたの?」
「ああ。最近の元樹、明らかにおかしい」
二人は意気投合する。
「ちょっと詳しく話さない? 私も気になることがあるの」
「俺も聞きたいことがある。放課後、どこかで話そうか」
放課後、光明と未菜は学校近くのカフェで落ち合った。
「じゃあ、まず俺から話すよ」
光明は元樹の変化について詳しく説明する。
「最近の元樹は、まるで別人みたいなんだ。前は明るくて、冗談もよく言ってたのに……」
「今はどんな感じ?」
「いつも疲れてて、笑顔も作り笑いっぽい。それに……」
光明は声を落とす。
「柊さんが近くにいる時の元樹、なんか怯えてるように見える」
未菜は頷く。
「やっぱり。玲ちゃんも同じこと言ってた」
「上野も気づいてるのか」
「うん。でも上野さんは元樹くんともう話せない状況なの」
未菜は玲から聞いた話を光明に伝える。
「柊さんが邪魔してるって?」
「そう。まるで元樹くんを独占したいみたい」
光明の表情が険しくなる。
「それって……」
「ヤンデレだと思う」
未菜の言葉に、光明は背筋が寒くなる。
「マジかよ……現実にそんなのいるのか」
「いるから怖いのよ。元樹くんが本当に危険かもしれない」
「じゃあ、どうする?」
光明が問いかける。
「このまま放っておくわけにはいかないよな」
「うん。でも、どうすれば……」
未菜は困った顔をする。
「まず、証拠を集めよう」
光明が提案する。
「柊さんが本当に元樹を脅してるなら、なんらかの証拠があるはず」
「証拠って……どうやって?」
「俺は男友達として元樹に近づく。お前は上野を通じて情報を集める」
「なるほど。でも、柊さんに気づかれたら……」
「その時はその時だ。友達を見捨てるわけにはいかない」
光明の決意に、未菜も頷く。
「私も頑張る。玲ちゃんのためにも」
「よし、明日から作戦開始だ」
二人は固い握手を交わした。
翌日、光明は自然を装って元樹に話しかけた。
「元樹、今度の休み、一緒にゲーセンでも行かない?」
元樹は一瞬嬉しそうな表情を見せるが、すぐに暗くなる。
「ごめん、光明……」
「忙しいのか?」
「まあ、そんなところかな」
元樹の歯切れの悪い返事に、光明は確信する。
やはり何かに縛られている。
「そっか。でも、たまには男同士で遊びたいよな」
「そうだな……」
元樹の声には、諦めのような響きがある。
その時、奈々美が現れる。
「元樹くん、お疲れさま」
いつものように優しい声だが、光明を見る目は冷たい。
「木口くんも、お疲れさま」
「おう、お疲れ」
光明は愛想よく挨拶するが、奈々美の反応は薄い。
「元樹くん、今日も一緒に帰りましょう」
「ああ……」
元樹は光明に申し訳なさそうな視線を送る。
「また明日な、光明」
「ああ、また明日」
光明は二人を見送りながら、奈々美の支配的な態度を確認した。
同じ頃、未菜は玲から新しい情報を得ていた。
「玲ちゃん、何か分かった?」
「うん。昨日、元樹の妹の由美ちゃんに会ったの」
「由美ちゃん?」
「元樹の中学生の妹。彼女も兄のことを心配してるって」
未菜は身を乗り出す。
「どんな風に?」
「最近の元樹くん、家でも元気がないらしいの。ため息ばかりついてて……」
「やっぱり」
「それに、よく外を見てるって」
「外を?」
「窓から外を覗いて、何か探してるような感じだって」
未菜は嫌な予感がする。
「まさか……監視されてる?」
「そうかもしれない。由美ちゃんが言うには、最近元樹の帰りが遅いのに、友達と遊んでる様子はないって」
「それって……」
「柊さんと一緒にいる時間が長いってことよ」
玲の声が震える。
「毎日のように一緒にいて、でも楽しそうじゃない。それって……」
「支配されてるってことね」
未菜は拳を握りしめる。
「絶対に許せない」
数日後、光明はついに直接的な行動に出た。
奈々美がいない隙を見つけて、元樹を呼び止める。
「元樹、ちょっといいか?」
「どうした、光明?」
「お前のこと、心配してるんだ」
元樹の表情が強ばる。
「心配って……何を?」
「最近のお前、明らかにおかしい。何かあったら話せよ」
光明の真剣な表情に、元樹は動揺する。
「大丈夫だって……」
「大丈夫じゃない。俺たち、何年の友達だと思ってる?」
その言葉に、元樹の心が揺れる。
「光明……」
「もしかして、柊さんに何かされてるのか?」
その質問に、元樹の顔が青ざめる。
「そんなわけ……」
「嘘だろ。お前の表情、見てりゃ分かるよ」
光明は一歩近づく。
「何でも話せ。俺が力になる」
元樹は泣きそうな表情になる。
長い間抱え込んでいた苦しみが、溢れそうになる。
「光明……俺は……」
その時、背後から冷たい声が響く。
「何の話をしているの?」
振り返ると、奈々美が立っていた。
その瞳には、怒りの炎が燃えている。
奈々美の本性
「あ、奈々美……」
元樹の声が震える。
「木口くん、元樹くんと何を話していたの?」
奈々美の質問は穏やかだが、その眼差しは鋭い。
「別に、普通の友達同士の話だよ」
光明は警戒しながら答える。
「そう。でも、元樹くんは疲れてるの。あまり長話しない方がいいわ」
その言葉には、明確な警告が込められていた。
「疲れてるって……本人が決めることじゃない?」
光明が反論すると、奈々美の表情が変わる。
「あなたに関係ないことよ」
初めて見せる、冷たい本性。
光明は背筋が凍る。
「元樹くん、行きましょう」
奈々美は元樹の腕を掴む。
その力は強く、元樹は逆らえない。
「また明日、光明……」
元樹は申し訳なさそうに呟く。
光明は二人を見送りながら、確信した。
奈々美は確実に元樹を支配している。
翌日、光明は未菜と緊急で会った。
「昨日、とんでもないことがあった」
光明は奈々美との遭遇について詳しく話す。
「やっぱり! 本性を現したのね」
未菜は興奮する。
「もう確実よ。あの人、元樹くんを完全に支配してる」
「ああ。このまま放っておいたら、元樹が本当に危険だ」
「でも、どうする? 直接対決は危険よ」
「そうだな……」
光明は考え込む。
「まず、大人に相談した方がいいかもしれない」
「大人って?」
「先生とか……いや、でも証拠がないと信じてもらえないかも」
「じゃあ、やっぱり証拠集めが先ね」
「ああ。でも時間がない」
光明は焦る。
「元樹の様子、日に日に悪くなってる」
「私たちだけじゃ限界があるわ」
未菜は提案する。
「玲ちゃんも巻き込みましょう。三人なら、なんとかなるかも」
「そうだな。明日、三人で会おう」
翌日の放課後、光明、未菜、玲の三人は学校近くの公園で会った。
「改めて、よろしく」
光明が玲に挨拶する。
「こちらこそ。元樹のこと、ありがとう」
玲は深々と頭を下げる。
「友達だからな。当然だよ」
光明は照れながら答える。
「それで、これからどうしましょう?」
未菜が口を開く。
「まず、柊の正体を暴く必要がある」
光明が提案する。
「正体って?」
「彼女がどうして元樹にこんなに執着するのか。過去に何かあったのかもしれない」
玲は思い返す。
「そういえば、奈々美さん、最初の自己紹介で『懐かしい感じがする』って言ってた」
「懐かしい?」
「この町に、前にも来たことがあるのかも」
未菜が推測する。
「ううん、恐らく元樹くんとの過去の繋がり……」
「それを調べてみよう」
光明が決意する。
「小学校の同級生とか、近所に住んでたとか」
「そういえば元樹小学生のころ違う町に住んでたことがあるの、おそらくその時に会っているのかも…」
玲が昔のことを思い出して答える。
「なるほどね、可能性は高そうだね」
「元樹のお母さんに聴いてみるのはどうかな?」
「それはいいアイデアだ」
光明は頷く。
「俺は学校で情報を集める。誰か柊のことを詳しく知ってる人がいるかも」
「私は柊さん本人を観察する」
未菜が宣言する。
三人はそれぞれの役割を確認し、作戦を開始することにした。
「みんな気をつけて」
玲が心配そうに言う。
「あの人、本当に怖い人だと思う」
「分かってる。でも、このまま元樹を見捨てるわけにはいかない」
光明たちの決意は固い。
「俺たちが動かなければ、誰も元樹を助けられない」
「そうね。元樹くんを取り戻すまで、絶対に諦めない」
未菜も拳を握りしめる。
三人の決意は固く、新たな戦いが始まろうとしていた。
夕陽が三人の影を長く伸ばし、公園に静寂が訪れる。
しかし彼らの心には、熱い闘志が元樹を助けようと動き出す。
その夜、それぞれの家で三人は決意を新たにしていた。
光明は部屋で元樹との思い出の写真を見つめる。
中学時代の文化祭、一緒に出店を手伝った時の笑顔。
元樹を取り戻すまで、絶対に諦めない。
未菜は玲との電話で、作戦を確認する。
親友の様子を見て、自分も本気になった。
元樹と玲の関係を、必ず修復してみせる。
玲は窓辺に立ち、元樹の家の方を見つめる。
幼い頃からの大切な友達を、こんな形で失うわけにはいかない。
どんなに困難でも、真実を明らかにしてみせる。
一方、奈々美は自分のアパートで元樹の写真を眺めていた。
「元樹くん」
奈々美は写真に向かって微笑む。
「元樹くんは私のもの。誰にも渡さない」
そして元樹は、自分の部屋で膝を抱えて座っていた。
友達たちの心配する顔が浮かび、胸が痛む。
でも、玲たちを巻き込むわけにはいかない。
四人の思いが交錯する夜、明日からの新たな展開を予感させるには十分なものだった。
今回の物語では、奈々美の「優しい恋人」という仮面がついに崩れ、本性が仲間たちの前に姿を現しました。
玲と未菜の友情、そして光明の長年の親友としての思いが重なり、元樹を救おうとする動きが始まります。
一方で、奈々美の支配は日に日に強まり、元樹は逃げ場を失っていく。
「友情」と「狂気」のせめぎ合いが、これからどんな結末を導くのか――次回以降、ますます目が離せません。
暁の裏




