第16話 「愛してる。だから、壊すの」
奈々美は昔のことを思い出していた。
「パパ、ママ、早く行くよ」
8歳の柊奈々美は、両親を急かしていた。
春の暖かい日差しが、小さなアパートの窓から差し込んでいる。
「奈々美、はしゃぎすぎよ」
母親が優しく微笑む。
「今日はパパの職場を見学に行くんだから、お行儀よくするのよ」
「わかってる!」
奈々美は元気よく答えた。
父親は建設会社で働いていて、今日は特別に職場を見せてくれることになっていた。
「じゃあ、行こうか」
父親が車の鍵を手に取る。
「ママも一緒に行くわ」
母親もコートを羽織る。
家族三人で出かける、幸せな休日。
この時の奈々美は、まだ何も知らなかった。
数時間後、自分の人生が完全に変わってしまうことを。
「すごい! 高いビルだね!」
奈々美は目を輝かせて、建設中の高層ビルを見上げた。
「まだ半分くらいだけどね」
父親が誇らしげに説明する。
「パパたちが作ってるんだよ」
「かっこいい!」
奈々美は父親の手を握りしめた。
現場には、日曜日で作業は休みだったが、父親は娘に職場を見せたくて、特別に許可を得ていた。
「ここで待ってて。パパ、ちょっと上に行って来るから」
父親が言う。
「ちょっと同僚に挨拶に行ってくるだけだから、すぐ戻るよ」
「わかった」
奈々美と母親は、現場の安全な場所で待つことにした。
しかし、これが、全ての悲劇の始まりだった。
運命の瞬間
「ママ、お手洗い……」
奈々美が母親に言った。
「そう? じゃあ、あそこの仮設トイレに行きましょう」
母親が奈々美の手を引いて歩き始めた時だった。
「あ! 渡部さんのお子さんだ!」
現場監督の声が聞こえた。
振り返ると、小さな男の子が一人で現場に入ってきている。
8歳くらいだろうか。
奈々美と同じくらいの年齢だ。
「こら! 子供がこんなところに来ちゃダメだろ!」
現場監督が慌てて駆け寄る。
その男の子――渡部元樹は、きょとんとした表情で周りを見回していた。
「パパに会いに来たの」
無邪気な声。
「危ないから早く帰りなさい」
現場監督が元樹を外に連れ出そうとした、その時だった。
元樹が何かを見つけて、走り出した。
「あ! パパだ! パパー!」
元樹が指差したのは、奈々美の父親と話している人物だった。
元樹の父親だ。
「パパー!」
元樹の大きな声が、現場に響いた。
その瞬間――
元樹と奈々美の父親が、声に驚いて振り返った。
足場の上。
高さ15メートル。
バランスを崩す。
「あっ!」
父親の手が空を切る。
落下。
「きゃああああ!」
母親の悲鳴。
母親は夫を助けようと、足場の下に駆け出した。
ドサッ。
鈍い音。
父親が落ちてきた。
その下に、母親がいた。
二人とも、動かない。
「パパ! ママ!」
奈々美の叫び声が、現場に響き渡った。
駆け寄る奈々美。
でも、両親はもう反応しない。
血が広がっていく。
「救急車! 早く!」
現場監督が叫ぶ。
混乱する大人たち。
その中で、奈々美は一人の男の子を見つめていた。
渡部元樹。
呆然と立ち尽くしている彼。
その顔は青ざめていて、震えている。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
小さく繰り返す元樹。
その時、奈々美の中で何かが壊れた。
『この子のせいだ』
8歳の少女の心に、暗い感情が芽生えた瞬間だった。
救急車で運ばれた両親は、病院で死亡が確認された。
父親は即死。
母親も、病院到着前に息を引き取っていた。
「奈々美ちゃん……」
看護師が優しく声をかけるが、奈々美は何も答えない。
ただ、ぼんやりと壁を見つめている。
心は空っぽ。
いや、空っぽではない。
一つの感情だけが、激しく燃えている。
『渡部元樹』
あの男の子の名前。
現場監督が呼んでいた名前。
『あの子のせいで、パパとママが……』
しかし、大人たちは「事故だった」と言う。
誰も、元樹のことを責めない。
「可哀想に……」
「不運な事故だった……」
「誰のせいでもない……」
大人たちの会話が、奈々美の耳に入る。
『違う』
奈々美は心の中で叫ぶ。
『あの子が声をかけなければ、パパは落ちなかった』
『あの子が来なければ、パパとママは生きていた』
でも、8歳の少女には、それを言葉にする力がなかった。
ただ、深い恨みだけが心に刻まれていった。
葬儀が終わり、奈々美は親戚の家に引き取られることになった。
その前に、一人で公園に来ていた。
両親との思い出の場所。
よく三人で遊んだ公園。
ベンチに座って、ぼんやりと空を見上げる。
「どうして……」
涙も出ない。
ただ、心が痛い。
「大丈夫?」
後ろから声がした。
振り返ると、そこにいたのは――
渡部元樹だった。
「あ……」
奈々美の心臓が跳ね上がる。
憎しみ。
怒り。
でも、同時に――複雑な感情。
「その……ごめん」
元樹は俯きながら近づいてきた。
「この間のこと……僕のせいで……」
元樹の目からも涙がこぼれている。
「パパとママ、死んじゃったんだよね……」
その言葉に、奈々美は何も答えられない。
「僕が……僕が声をかけなければ……」
元樹は泣き崩れた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
その姿を見て、奈々美の中で何かが動いた。
『この子も苦しんでる』
『この子も……』
でも、それは許しではなかった。
むしろ――
『この子を使えば、償わせられる』
8歳の少女にしては、恐ろしく冷静な思考だった。
「元樹くん、だったよね」
奈々美は静かに声をかけた。
「え?」
元樹が顔を上げる。
「私……寂しいの」
奈々美は涙を流し始めた。
本物の涙。
でも、その奥には計算があった。
「パパもママもいなくなっちゃって……一人ぼっち」
「奈々美ちゃん……」
元樹は奈々美の隣に座った。
「ごめん……本当にごめん……」
「でも」
奈々美は元樹を見つめた。
「元樹くんが一緒にいてくれるなら……」
その言葉に、元樹ははっとする。
「え?」
「元樹くんが、パパとママの代わりに、ずっと一緒にいてくれるなら……」
奈々美は元樹の手を握った。
「私、許してあげる」
その言葉の重さを、8歳の元樹は理解していなかった。
ただ、奈々美を慰めたい。
自分の罪を償いたい。
そんな純粋な気持ちだけだった。
「うん……僕、ずっと一緒にいるよ」
元樹は真剣な顔で言った。
「奈々美ちゃんを守る。ずっと一緒にいる」
「約束?」
「約束」
二人は小指を絡めた。
その時、奈々美の心の中で、一つの計画が生まれた。
『この子に、私の人生を捧げさせる』
『一生、償わせる』
『そして――私だけのものにする』
8歳の少女が抱くには、あまりにも重く、暗い決意だった。
しかし、運命は奈々美の計画を邪魔した。
約束の翌週、元樹の両親が離婚し、元樹は町を離れることになったのだ。
奈々美は親戚の家に引き取られ、やがて養護施設に入ることになった。
「元樹くん……」
夜、一人でベッドに横になりながら、奈々美は天井を見つめる。
「約束を破った……」
怒り。
悲しみ。
そして――さらに深い執着。
『必ず見つける』
『必ず、約束を果たさせる』
『私の人生を奪ったんだから』
『元樹くんの人生は、私のもの』
奈々美は、元樹を探し始めた。
養護施設の職員に頼んで、インターネットで調べてもらった。
図書館に通い、電話帳を調べた。
同じ名前の人は何人もいたが、諦めなかった。
月日が流れ、奈々美は中学生になった。
その間も、元樹への執着は薄れることなく、むしろ強くなっていった。
養護施設での孤独な日々。
他の子供たちとの関係。
でも、奈々美の心には、いつも元樹がいた。
「元樹くん……待ってて」
夜、一人で呟く。
「必ず見つける」
「そして――」
奈々美の目が、暗く光る。
「一生、私から逃げられないようにしてあげる」
午後5時30分
元樹は公園に向かって歩いていた。
心臓が激しく鼓動している。
手のひらには汗がにじんでいる。
「玲に……ちゃんと伝えよう」
昨日から考え続けた結果、答えは出ていた。
玲といる時が一番自然体でいられる。
笑顔になれる。
心が軽くなる。
「俺も、多分玲が好きなんだ」
その答えを、今日はっきりと伝える。
そして――奈々美にも、きちんと話をする。
夕陽が町を染め始めている。
公園はもうすぐだ。
「待っててくれ、玲」
元樹は足を速めた。
玲は公園のベンチに座っていた。
白いワンピースに、髪には小さな花の髪飾り。
今日のために選んだ、特別な服装。
「元樹……」
時計を見る。
まだ5時40分。
約束の時間まで、あと20分。
「緊張する……」
玲は深呼吸をする。
昨日の告白。
あの後、元樹はどんな答えを出したのだろう。
「もし、断られても……」
玲は自分に言い聞かせる。
「元樹の選択を尊重する」
「元樹が幸せなら、それでいい」
でも――
「本当は……」
玲の目に涙が浮かぶ。
「一緒にいたい」
「元樹と、一緒に……」
その時、遠くから元樹の姿が見えた。
「あ……」
玲は立ち上がる。
心臓が跳ね上がる。
「元樹!」
手を振ると、元樹も手を振り返した。
その笑顔を見て、玲の心は温かくなった。
二人の再会
「玲、待った?」
元樹が息を切らせながら近づいてくる。
「ううん、今来たところ」
玲は微笑む。
「座ろうか」
二人は並んでベンチに座った。
夕陽が二人を照らし、長い影が地面に伸びる。
しばらく沈黙が続く。
蝉の声だけが、静寂を埋めている。
「あの……」
同時に口を開いて、二人は笑った。
「元樹から話して」
玲が促す。
「うん……」
元樹は深呼吸をする。
決めていた。
ちゃんと伝えようと。
「玲、俺は――」
言葉を続けようとした時だった。
突然の頭痛
「っ!」
元樹の頭に、鋭い痛みが走った。
「元樹? どうしたの?」
玲が心配そうに顔を覗き込む。
「いや……ちょっと……」
元樹は頭を押さえる。
痛みと共に、何かが蘇ってくる。
記憶。
ずっと忘れていた記憶。
「元樹! 大丈夫!?」
玲の声が遠くなる。
蘇る記憶――8年前
『パパー!』
大きな声で叫ぶ自分。
男性が、驚いて振り返り、バランスを崩す。
「きゃああああ!」
女性の悲鳴。
そして――
ドサッ。
二人とも、動かなくなった。
「パパ! ママ!」
小さな女の子の叫び声。
「僕のせいで……僕のせいで……」
記憶の奥底
『元樹くん、だったよね』
公園で泣いている奈々美。
『私……寂しいの』
『パパもママもいなくなっちゃって……一人ぼっち』
『でも、元樹くんが一緒にいてくれるなら……』
『私、許してあげる』
『うん……僕、ずっと一緒にいるよ』
『奈々美ちゃんを守る。ずっと一緒にいる』
『約束?』
『約束』
小指を絡める二人。
でも――
その約束の重さを、当時の自分は理解していなかった。
奈々美にとって、それは「償い」の約束だった。
自分が奪った両親の代わりに、一生そばにいる。
そういう意味だったのだ。
「元樹! しっかりして!」
玲の声が聞こえる。
元樹は頭を抱えたまま、ベンチに座り込んでいた。
「思い出した……」
小さく呟く。
「何を?」
玲が心配そうに聞く。
「全部……全部思い出した……」
元樹の声が震える。
「俺が……俺のせいで……」
涙がこぼれ落ちる。
「奈々美の両親が……死んだ……」
その言葉に、玲は息を呑んだ。
「え……?」
「8年前……建設現場で……」
元樹は震える声で話し始めた。
「俺が、父さんに会いに行った」
「大きな声で呼んだ」
「それで……奈々美の父さんが、驚いて落ちた」
「奈々美のお母さんも、助けようとして……」
「二人とも、死んだ」
玲は言葉を失った。
「そんな……」
「俺は……ずっと忘れてた」
元樹は顔を上げる。
「いや、忘れようとしてた」
「自分のせいだって、認めたくなくて」
「でも……奈々美は覚えてたんだろうな…忘れるわけないか」
元樹の目から、涙が止まらない。
「ずっと、ずっと覚えてた」
「そして、俺を探し続けてた」
玲は元樹の肩に手を置いた。
「元樹……それは……元樹のせいじゃ…」
玲の言葉に、元樹は首を振る。
「俺が声をかけなければ……あんなことには」
「……」
玲は何も言えなくなってしまう。
二人はしばらく黙って座っていた。
夕陽がさらに傾き、公園は薄暗くなっていく。
「玲……」
元樹が口を開く。
「俺、どうすればいいんだ」
「奈々美に、どうしてあげればいいんだ?」
「彼女の両親を……間接的にでも……」
「その命を奪った」
元樹の声が震える。
「だから、彼女の願いを叶えなきゃいけないのかもしれない」
「一緒にいるって約束を、守らなきゃいけないのかもしれない」
その言葉に、玲の胸が痛んだ。
「元樹……」
「でも……」
元樹は玲を見つめる。
「俺は…」
「元樹、聞いて」
玲の目は、涙で潤んでいる。
「私は、元樹が好き」
「本当に、本当に好き」
「でも――」
玲は続ける。
「元樹は今、罪悪感で胸がいっぱいで、そんな気持ちで選ばれても、嬉しくない」
「元樹が苦しみながら一緒にいても、幸せじゃない」
その言葉に、元樹は玲を見つめた。
「だから」
玲は涙を拭う。
「ちゃんと考えて」
「自分の気持ちと、奈々美さんへの責任と」
「全部、ちゃんと考えて」
「その上で、答えを出して」
玲は微笑む。
「私は待ってる」
「どんな答えでも、受け入れるから」
その優しさに、元樹は胸が締め付けられた。
「玲……」
「今日は、帰ろう」
玲が立ち上がる。
「元樹も、ゆっくり休んで」
「また、連絡してね」
そう言って、玲は公園を去っていった。
残された元樹は、一人で夕暮れの公園に座り続けていた。
家に帰った元樹は、部屋のベッドに横になっていた。
天井を見つめながら、考え続ける。
「俺は……どうすればいいんだ」
奈々美への責任。
玲への想い。
二つの感情が、激しくぶつかり合う。
「奈々美……」
小さく名前を呟く。
8年前の彼女の顔が浮かぶ。
一人で泣いていた小さな女の子。
両親を失って、絶望していた彼女。
「俺が……奪ったんだ」
罪悪感が、胸を締め付ける。
「彼女の幸せを」
「彼女の人生を」
でも――
「玲……」
玲の笑顔が浮かぶ。
一緒にいて、心から楽しかった時間。
自然体でいられる、かけがえのない存在。
「俺は、玲が好きだ」
その気持ちは、嘘じゃない。
「でも……それで、いいのか?」
罪悪感だけじゃなく、転校して離れて気づいた気持ち。
奈々美への気持ちもある事を俺は知った。
元樹は起き上がり、机の前に座った。
そこには、奈々美がくれたフィギュアが置いてある。
「奈々美……」
フィギュアを手に取る。
あの日、ゲームセンターで嬉しそうに笑っていた奈々美。
看病してくれた時の、優しい表情。
「彼女も……苦しんでたんだ」
7年間、ずっと一人で。
孤独と憎しみを抱えながら。
「それでも、俺を探し続けた」
元樹の目から、涙がこぼれる。
「俺に、償わせるために……」
スマホを手に取る。
奈々美の連絡先を見つめる。
「話さなきゃ……」
電話をかけようとした時、スマホが震えた。
着信。
奈々美からだった。
「っ!」
元樹は一瞬躊躇したが、電話に出た。
「もしもし……」
『元樹くん』
奈々美の声が聞こえる。
いつもより、低く、重い。
「奈々美……」
『その申し訳なさそうな声、思い出したのね』
その言葉に、元樹は息を呑んだ。
「どうして……」
『わかるわ。元樹くんの声で』
奈々美は続ける。
『あの日のこと、思い出したのでしょう?』
『建設現場での、出来事を』
元樹は何も言えない。
『私の両親を、殺したこと』
その言葉が、胸に突き刺さる。
「奈々美……俺は……」
『謝らないで』
奈々美の声が震える。
『今さら謝られても、意味がない』
『両親は戻ってこない』
『私の孤独も、消えない』
沈黙が流れる。
『でもね、元樹くん』
奈々美の声が、少し柔らかくなった。
『あなたは約束してくれたでしょう』
『ずっと一緒にいるって』
『私を守るって』
「それは……」
元樹が言いかけると、奈々美が遮った。
『わかってる』
『子供の約束だって』
『でも、私にとっては違った』
『それが、生きる支えだった』
奈々美の声が、さらに震える。
『7年間、ずっと一人で』
『養護施設で、誰にも頼れなくて』
『でも、元樹くんとの約束があったから』
『生きてこられた』
その言葉に、元樹の胸が締め付けられた。
「奈々美……」
『元樹くん、お願い』
奈々美が懇願する。
『私を、捨てないで』
『私には、元樹くんしかいないの』
『両親もいない』
『友達もいない』
『元樹くんだけが、私の全て』
涙声になる奈々美。
『お願い…一緒に…いて…』
元樹は何も言えなくなった。
罪悪感。
責任感。
でも――
「俺は…奈々美の事が好きだ」
『…』
「でも……玲の事も好きなんだ」
その言葉を言った瞬間、電話の向こうが静かになった。
長い沈黙。
『そう……』
奈々美の声が、冷たくなった。
『やっぱり、そうなのね』
『私の両親を殺しておいて』
『約束を破って』
『それでも、玲を選ぶというの?』
その言葉に、元樹は何も答えられない。
『わかったわ』
奈々美は冷静に言った。
『でも、一つだけ言っておく』
『私は諦めない』
『絶対に、諦めない』
『元樹くんは、私のものだから』
そう言って、電話は切れた。
残された元樹は、スマホを握りしめたまま動けなかった。
――こんばんは、奈々美です。
今回の物語、どうでしたか?
少し長かったけれど、これでやっと「私がなぜ元樹くんを手放せないのか」が分かってもらえたんじゃないかな。
あの日のことは、今でも夢に見るの。
落ちていくパパと、駆け寄るママ。
血の匂い。
そして、ただ立ち尽くす私。
誰も責めてくれなかった。
みんな「事故だった」って言った。
でも、私の中では“あの声”がずっと響いてる。
――『パパー!』って。
だから、私の時間はあの日から止まっていたの。
だけどね、元樹くんは覚えていなかった。
私だけが、その痛みの中で生きてきた。
寂しいよね。ずっと独りだったから。
それでも、彼を見つけた時は嬉しかった。
あの約束を、もう一度果たせると思ったの。
「ずっと一緒にいる」って。
ねぇ、覚えてる? 小指、絡めたんだよ。
……でも、今の元樹くんの隣には玲ちゃんがいる。
優しくて、まっすぐで、綺麗な子。
きっと、あの子の隣にいると安心するんでしょうね。
でもね、私は――諦めない。
だって、約束したんだもん。
たとえ、誰に責められても、誰が泣いても、私はあの約束を守る。
それが、私の“生きる理由”だから。
次回はきっと、彼と私の“答え合わせ”。
……ねぇ、元樹くん。
覚悟、できてるよね?
――柊奈々美




