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奈々美さんの裏の顔  作者: 暁の裏


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15/17

第15話 「選べない心」

 朝、目が覚めた瞬間から、元樹の頭には玲のことがあった。


「玲……」


 昨日、連絡がきて会えるかと聞いてきたからだ。

 時計を見ると、朝の7時。

 少し早いが、もう一度電話をかけてみることにした。

 プルルル……プルルル……

 コール音が続く。

 5回、6回、7回……


「……出ない」


 ため息をついて電話を切る。

 夏祭りでの騒ぎ。

 遠くから見えた玲の姿。

 あの後、何があったのだろう。


「光明に聞いてみるか」


 元樹は光明にメッセージを送った。


『玲の様子、知らない? 電話が繋がらないんだ』


 すぐに返信が来た。


『あの後、一人で帰ったみたい。未菜と喧嘩してたから……心配だよな』

『喧嘩? 何があったんだ?』

『かなり激しかったよ』


 元樹は胸が痛んだ。

 玲が傷ついている。

 それなのに、自分は奈々美と楽しく過ごしていた。


「俺は……」


 罪悪感が込み上げる。

 幼馴染として、もっと気にかけるべきだった。

 もう一度、玲に電話をかける。

 しかし、やはり繋がらない。


「玲……」




 その頃、玲は自分の部屋で鏡を見つめていた。


「行こう」


 昨夜、一晩中考えた。

 未菜との喧嘩、自分の気持ち、そして元樹のこと。

 全てを整理した結果、一つの結論に達した。


「奈々美さんに会いに行く」


 元樹の心を本当に掴んでいるのは誰なのか。

 奈々美の本性を確かめたい。

 そして、自分の気持ちを伝える覚悟を決める。

 玲はシンプルな白いシャツにジーンズという格好で家を出た。

 髪を整え、少しだけ化粧をする。

 自分と向き合うための準備。


「元樹……待ってて」




 午前10時、玲は駅に向かった。

 元樹が以前行った、あの桜ヶ丘という町。

 奈々美が今住んでいる場所。

 切符を買い、電車に乗り込む。

 窓の外を流れる景色を見ながら、玲は考える。


「私は何をしようとしてるんだろう」


 奈々美に会って、何を言うのか。

「元樹を譲って」と言うのか。

 それとも、「私も元樹が好き」と宣言するのか。


「わからない……」


 でも、このまま何もしないで後悔するよりはいい。

 元樹の幸せを願うなら、奈々美の本性を確かめる必要がある。

 電車は田園風景を抜け、やがて桜ヶ丘駅に到着した。




 駅を降りた玲は、元樹から聞いていた住所を頼りに歩き始めた。

 商店街を抜け、住宅街に入る。

 元樹が歩いた道を、同じように辿る。


「ここかな……」


 小さな表札に「柊」の文字。

 深呼吸をして、玲はインターホンを押した。


 ピンポーン。


 しばらくして、聞き覚えのある声が聞こえた。


「はい、どちら様ですか?」

「あの……上野玲です。元樹くんの幼馴染の」


 一瞬の沈黙の後、奈々美の声が聞こえた。


「上野さん……どうしてここが?」

「元樹から聞きました。少しお話しできませんか?」


 また沈黙。

 やがて、玄関のドアが開いた。




 玄関に立っていた奈々美は、穏やかな表情を浮かべていた。


「いらっしゃい、上野さん。どうぞ、中に入って」


 玲は警戒しながらも、家の中に入った。

 清潔で整頓されたリビング。

 壁には元樹の写真はなく、普通の家のようだった。


「お茶を入れるわね」


 奈々美が台所に向かう間、玲は周りを観察する。

 表面的には、何も問題のない普通の家。

 でも、どこか違和感がある。


「はい、どうぞ」


 お茶を出されて、二人は向かい合って座った。


「それで……何のお話かしら?」


 奈々美の穏やかな声に、玲は少し戸惑う。

 予想していた敵意や威圧感がない。


「私……元樹のことで話があって」


 玲は意を決して口を開く。


「元樹くんのこと?」

「はい。奈々美さんと元樹の関係について」


 玲の真剣な表情に、奈々美は微笑む。


「私たちの関係……そうね、ゆっくり築いているところよ」

「元樹は本当に幸せなの?」


 玲の直球な質問に、奈々美の表情が一瞬変わった。

 しかし、すぐに穏やかな笑顔に戻る。


「もちろん。元樹くんは私といる時、とても楽しそうよ」

「でも、学校にいた時の元樹は違ったよね」


 玲は臆せず続ける。


「あの時の元樹は、疲れていた。束縛されて、苦しんでいた」


 奈々美の瞳が冷たくなる。


「それは……私の未熟さだったわ」


 奈々美は認める。


「でも、今は違う。距離を置いて、お互いを尊重している」

「本当に?」


 玲は疑いの目を向ける。


「奈々美さんは本当に変わったの?」


 その問いに、奈々美は静かに答える。


「人は簡単には変われないわ。でも、変わろうと努力することはできる」


 奈々美は玲を見つめる。


「上野さん、あなたは元樹くんのことが好きなのね」


 突然の指摘に、玲は動揺する。


「え……」

「隠さなくてもいいわ。わかるもの」


 奈々美は冷たく微笑む。


「でも、元樹くんは私を選んだの」


 その言葉に、玲は拳を握りしめる。


「まだわからないじゃないですか」

「そうね」


 奈々美は立ち上がる。


「でも、あなたには勝算がない」


 奈々美の冷たい言葉に、玲は立ち上がる。


「私……元樹に告白します」


 その宣言に、奈々美の表情が変わった。


「告白?」

「はい。自分の気持ちをちゃんと伝えます」


 玲は真っ直ぐ奈々美を見つめる。


「そして、元樹に選んでもらいます」


 奈々美は少し考えてから、微笑んだ。


「いいわ。やってみなさい」


 その自信に満ちた態度に、玲は不安を感じる。


「でも、覚えておいて」


 奈々美は玲に近づく。


「元樹くんと私には、絆があるの」

「小さい頃の約束、覚えてる? 元樹くんは私に『ずっと一緒』って言ったの」


 その言葉に、玲は何も言えなくなった。


「帰っていいわよ」


 奈々美は玄関に向かう。


「でも、無駄な努力はやめた方がいいわ」


 玲は奈々美の家を後にした。

 悔しさと不安が入り混じる中、決意を新たにする。


「絶対に……諦めない」




 玲が奈々美の家を訪れている頃、元樹は一人で悶々としていた。


「玲……どうしてるかな」


 何度電話をかけても繋がらない。

 メッセージも既読にならない。

 不安が募る中、奈々美からメッセージが届いた。


『元樹くん、今日はどう過ごしてる?』

『家でゆっくりしてるよ』

『そう。体は大丈夫?』

『うん。奈々美は?』

『私も家でのんびりしてる』


 他愛もないやり取り。

 でも、奈々美とのメッセージは、どこか心を落ち着かせる。

 しかし、玲のことが気になって仕方がない。


「明日、また家に行ってみようかな」


 そう決めた元樹は、その日は早めに寝ることにした。




 翌朝、元樹が目を覚ますと、スマホに通知が来ていた。

 玲からのメッセージだった。


『元樹、今日会える? 話したいことがあるの』


 心臓が跳ね上がる。

 やっと連絡が来た。


『もちろん! どこで会う?』

『午後2時、駅前のカフェで』

『わかった。待ってる』


 返信を送った後、元樹は安堵と緊張が入り混じった気持ちになった。


「話したいこと……何だろう」


 夏祭りのこと?

 未菜との喧嘩のこと?

 それとも……


「まあ、会ってみればわかるか」


 元樹は準備を始めた。

 午後2時・カフェにて




 窓際の席に座った元樹は、時計を何度も確認していた。

 2時3分前。

 玲の姿が見えた。


「玲!」


 手を振ると、玲は小さく笑って近づいてきた。

 白いワンピースに麦わら帽子。

 いつもとは違う、女性らしい格好だった。


「元樹、待った?」

「いや、今来たところ」


 二人は向かい合って座る。

 注文を済ませた後、しばらく沈黙が続いた。


「あの……」


 同時に口を開いて、二人は笑った。


「玲から話して」


 元樹が促すと、玲は少し緊張した表情を見せた。


「ううん、まずは今日を楽しもうよ」

「え?」

「久しぶりに二人でゆっくり話したいし」


 玲の言葉に、元樹は頷いた。


「そうだな。最近、ゆっくり話せてなかったもんな」


 こうして、二人のデートが始まった。




 カフェを出た後、二人は商店街を歩いた。


「懐かしいね、この道」


 玲が言う。


「小さい頃、よく一緒に歩いたよね」

「ああ。お前がよく駄菓子屋に寄り道して、俺が待たされたっけ」

「あはは、そうだったね」


 二人の会話は自然で、心地よい。

 久しぶりに、元樹は肩の力が抜けるのを感じた。


「ねえ、あの駄菓子屋、まだあるかな」

「行ってみる?」


 二人は思い出の場所を訪れた。

 小さな駄菓子屋は、以前と変わらずそこにあった。


「おお、まだあった」

「入ろうよ」


 玲の提案で、二人は店に入った。

 懐かしい駄菓子が並んでいる。


「これ、好きだったよね」


 玲がラムネ菓子を手に取る。


「覚えてるのか」

「当たり前でしょ。幼馴染なんだから」


 その言葉に、元樹は胸が温かくなった。

 二人は駄菓子を買って、公園のベンチで食べた。


「美味しい」

「子供の頃と味が変わってないな」

「そうだね」


 玲は空を見上げる。


「元樹とこうして過ごすの、久しぶりだね」

「そうだな……」


 元樹も空を見上げる。


「最近、色々あったからな」

「奈々美さんのこと?」


 玲の問いに、元樹は頷く。


「ああ。まだ自分の気持ちがよくわからないんだ」

「そっか」


 玲は優しく微笑む。


「焦らなくていいよ。ゆっくり考えれば」


 その優しさに、元樹は救われる思いがした。




 午後3時、二人は水族館に向かった。


「水族館なんて、いつ以来だろう」

「中学生の時、遠足で来たきりかな」


 暗い館内で、様々な魚たちが優雅に泳いでいる。

 青い光に照らされた水槽の前で、二人は並んで立った。


「綺麗だね」


 玲が呟く。


「ああ」


 ふと見た玲の横顔が綺麗で胸が高鳴るのを感じる。

 玲ってこんなに可愛いかったっけ?

 そんなことを考えていると奈々美の顔がよぎった。

 俺は自分の気持ちをごまかすように元樹も水槽を見つめる。

 クラゲの水槽の前で、玲が立ち止まった。


「クラゲって、不思議だよね」

「どうして?」

「脳もないのに、ちゃんと生きてる」


 玲は微笑む。


「考えなくても、本能で生きていける」

「それがいいのか?」

「わからない。でも、人間は考えすぎて苦しむことがあるから」


 玲の横顔を見つめながら、元樹は何か言いたいことがあるのを感じた。


「玲……」

「ん?」

「お前、何か言いたいことがあるだろ」


 その問いに、玲は小さく笑った。


「わかる?」

「幼馴染だからな」

「そうだね」


 玲は水槽から目を離し、元樹を見つめた。


「でも、まだ言わない」

「え?」

「今日の最後に言うから」


 その真剣な表情に、元樹は心臓が跳ね上がった。




 午後6時、二人は夕暮れの公園にいた。

 ブランコに並んで座り、ゆっくりと揺れる。


「楽しかったね、今日」


 玲が言う。


「ああ。久しぶりに心から楽しめた」


 元樹は正直な気持ちを口にした。


「そっか……良かった」


 玲は嬉しそうに微笑む。

 夕陽が二人を照らし、長い影が地面に伸びる。

 蝉の声が遠くから聞こえ、夏の終わりを感じさせる。


「元樹」


 玲がブランコを止めて、元樹を見つめた。


「何?」

「ずっと言いたかったことがあるの」


 元樹も立ち上がり、玲と向き合う。


「なんだ?」


 玲は深呼吸をして、真っ直ぐ元樹を見つめた。


「私……」

「私、元樹のことが好き」


 その言葉を聞いた瞬間、元樹の時間が止まった。


「え……」

「幼馴染として、じゃない。一人の男性として」


 玲の目には涙が浮かんでいる。


「こんなに側にいて気づかなかった。自分の気持ちに」

「でも夏祭りの日、わかったの、自分の気持ちに正直にならないとダメだって」


 玲は続ける。


「元樹が奈々美さんと楽しそうにしてるのを見て、胸が痛かった」

「それが嫉妬だって、やっとわかった」


 元樹は何も言えずに立ち尽くす。


「私、元樹と一緒にいたい。友達としてじゃなくて」


 玲は一歩近づく。


「元樹の隣にいたい。元樹を笑わせたい。元樹の悲しい時に寄り添いたい」

「玲……」

「でも」


 玲は涙を拭う。


「元樹が奈々美さんを選ぶなら、それでもいい」

「私は元樹の幸せを願ってる。だから、元樹が選んだ人を応援する」

「ただ……」


 玲は真っ直ぐ元樹を見つめる。


「私の気持ちだけは伝えたかった」


 その告白に、元樹の心は激しく揺れた。


「玲……俺は」


 言葉が出てこない。

 奈々美への想い、玲への想い、全てが混乱している。


「答えは今じゃなくていい」


 玲は微笑む。


「ゆっくり考えて。私は待ってるから」


 そう言って、玲は元樹に背を向けた。


「じゃあね、元樹」

「待って!」


 元樹が呼び止めると、玲は振り返った。


「今日は……ありがとう。楽しかった」


 その言葉に、玲は涙を流しながら笑った。


「こちらこそ。ありがとう」


 玲は走って公園を去っていった。

 残された元樹は、夕焼けの中で一人立ち尽くしていた。




 家に帰る途中、元樹の頭は混乱していた。


「玲が……俺を好きだって」


 幼馴染。

 いつも一緒にいた、特別な存在。

 でも、恋愛対象として考えたことはなかった。


「いや……本当に?」


 今日のデート。

 玲の笑顔、優しさ、そして告白。

 全てが心に深く刻まれている。


「でも、奈々美は……」


 7年間探し続けてくれた奈々美。

 小さい頃の約束。

 最近の穏やかな関係。


「どうすればいいんだ……」


 家に着いても、元樹の混乱は収まらなかった。




 部屋に戻った元樹は、ベッドに横になった。


「玲……」


 今日の玲の姿が脳裏に浮かぶ。

 白いワンピース、笑顔、そして涙。


「俺は……玲のことを、どう思ってるんだ?」


 幼馴染として大切。

 それは間違いない。

 でも、それ以上の感情はあるのか?


「奈々美は……」


 奈々美との思い出も蘇る。

 ゲームセンターでの笑顔。

 看病してくれた優しさ。

 夏祭りでの楽しい時間。


「でも……」


 同時に、束縛されていた日々も思い出す。

 自由を奪われた苦しさ。

 玲との関係を邪魔された悲しさ。


「今は変わったって言うけど……本当に?」


 疑念が湧いてくる。

 スマホを見ると、奈々美からメッセージが届いていた。


『元樹くん、おやすみ。また明日ね』


 短いが、温かいメッセージ。

 でも、今日の玲の告白の後では、このメッセージにどう答えていいかわからない。


『おやすみ』


 短く返信を送った後、元樹は天井を見つめた。




 眠れない。

 時計を見ると、午前2時を回っていた。


「どうすればいいんだ……」


 元樹は起き上がり、机の前に座った。

 そこには、奈々美がくれたフィギュアが置いてある。


「奈々美……」


 フィギュアを手に取ると、あの日のことを思い出す。

 嬉しそうに笑う奈々美の顔。

 その顔を思い出して優しい気持ちになる。


「俺は、奈々美が好きなのか?」


 自分に問いかける。

 答えは……わからない。


「玲は?」


 今日の玲の笑顔を思い出す。

 一緒にいて、心が軽くなった。

 楽しかった。


「でも、それは友情なのか、恋愛感情なのか……」


 わからない。


「俺は……誰を選べばいいんだ」


 窓の外を見ると、月が明るく輝いている。

 でも、元樹の心は嵐のように荒れていた。




 朝、元樹は寝不足の顔で朝食の席についた。


「お兄ちゃん、顔色悪いよ」


 由美が心配そうに声をかける。


「……ちょっと寝不足で」

「何かあったの?」


 由美の問いに、元樹は迷ったが、答えることにした。


「実は……玲に告白されたんだ」

「え!?」


 由美は目を丸くする。


「玲さんが!?」

「ああ……」


 元樹はため息をつく。


「どうしたらいいかわからなくて」


 由美は少し考えてから口を開いた。


「お兄ちゃんは、誰が好きなの?」

「それが……わからないんだ」

「奈々美さんは?」


 その名前を聞いて、元樹は困惑する。


「奈々美は……大切な人だと思う。でも」

「でも?」

「玲も大切なんだ。幼馴染として、いつも支えてくれて」


 由美は真剣な表情で兄を見つめた。


「お兄ちゃん、私は奈々美さんがいいと思うけど」

「どうして?」

「だって、奈々美さんはお兄ちゃんをずっと探してたんでしょ?」

「ああ……」

「そんなに想ってくれる人、他にいないよ」


 由美の言葉に、元樹は何も言えなくなった。


「でも」


 由美は続ける。


「最後に決めるのはお兄ちゃんだから」

「自分の心に正直になってね」


 その言葉に、元樹は小さく頷いた。




 午後、元樹は光明に電話をかけた。


「光明、相談に乗ってくれ」


『どうした? 深刻そうだな』


「玲に告白されたんだ」


『え!? マジかよ!』


 光明の驚く声が聞こえる。


「どうしたらいいかわからなくて……」


『お前、玲のことどう思ってるんだ?』


「それが……わからないんだ」


 元樹は正直に答える。


「幼馴染として大切。でも、それ以上かどうか」


『柊のことは?』


「奈々美も大切。でも、以前の束縛が頭から離れなくて」


『そうか……』


 光明は少し考えてから言った。


『俺が思うに、お前は誰かを選ぶ前に、自分の気持ちを整理する必要があるんじゃないか?』


「自分の気持ち……」


『そう。お前は本当に、誰と一緒にいたいのか』


『誰といる時が一番自分らしくいられるのか』


 光明の言葉が、元樹の心に響く。


「そうだな……考えてみる」


『焦らなくていいよ。でも、あまり長く放置するのも良くない』

『玲も奈々美も、お前の答えを待ってるんだから』


「わかった。ありがとう」


 電話を切った後、元樹は一人で考え込んだ。




 夕方、元樹は一人で散歩に出かけた。

 いつもの通学路を歩きながら、考えを整理する。


「誰と一緒にいたいのか……」


 奈々美といる時。

 楽しいこともある。

 でも、常に監視されているような緊張感もあった。

 今は変わったと言うが、本当に変わったのだろうか。


「玲といる時は……」


 昨日のデートを思い出す。

 自然体でいられた。

 笑顔になれた。

 心が軽かった。


「でも、それは友情だからかもしれない」


 元樹は公園のベンチに座った。

 昨日、玲が告白した場所。


「玲……」


 玲の涙を思い出す。

 あの真剣な表情。

 震える声。


「俺は……」


 心の奥底で、何かが動き始めている。

 でも、まだはっきりとは見えない。


「もう少し時間が必要だ」


 そう自分に言い聞かせて、元樹は家に帰った。

 夜・スマホを見つめて

 部屋に戻った元樹は、スマホを見つめていた。

 画面には、玲と奈々美の連絡先が並んでいる。


「どちらに連絡すればいいんだ……」


 玲には、告白の返事をしなければならない。

 奈々美には、今日の出来事を伝えるべきか悩んでいる。

 結局、元樹はどちらにも連絡せずに、スマホを置いた。


「明日……明日考えよう」


 ベッドに横になり、目を閉じる。

 しかし、眠りは訪れない。

 玲の笑顔と、奈々美の微笑みが、交互に脳裏に浮かぶ。

「俺は……誰を選ぶんだ」

 その答えを見つけるまで、元樹の葛藤は続く。




 元樹は重いまぶたを開けた。

 また眠れない夜を過ごしてしまった。

 時計を見ると午前7時。

 スマホを手に取ると、奈々美からメッセージが届いていた。


『おはよう、元樹くん。今日も暑くなりそうね』


 いつもの何気ないメッセージ。

 でも、今の元樹には重く感じられる。

 玲の告白。

 奈々美への想い。

 自分の本当の気持ち。

 全てが頭の中でぐるぐると回っている。


「返信しないと……」


 でも、何と書けばいいのかわからない。

 結局、短く返信を送った。


『おはよう。今日も暑いな』


 送信ボタンを押した後、元樹はため息をついた。


 同じ頃、玲は自分の部屋のベッドで目を覚ました。

 一昨日、元樹に告白してから、返事はまだない。


「焦らせちゃったかな……」


 玲は天井を見つめながら考える。


「でも、言えて良かった」


 自分の気持ちに正直になれた。

 それだけでも、前に進めた気がする。

 スマホを見ると、未菜からメッセージが届いていた。


『玲ちゃん、今日会える? 話したいことがあるの』


 未菜との喧嘩から数日。

 まだきちんと仲直りできていない。


『うん、会おう。どこで?』


 すぐに返信が来た。


『午後2時、いつもの公園で』

『わかった』


 玲は立ち上がり、窓の外を見た。

 夏の青空が広がっている。


「今日は、色々と整理する日にしよう」




 玲が公園に着くと、未菜はすでにベンチに座っていた。


「未菜ちゃん」


 玲が声をかけると、未菜は立ち上がった。


「玲ちゃん……」


 二人は少し距離を置いて向かい合う。


「あの時は、ごめん」


 未菜が先に口を開いた。


「ひどいこと言って……」

「ううん、私こそごめん」


 玲も謝る。


「曖昧な態度で、未菜ちゃんを傷つけて」


 二人は同時に頭を下げた。

 そして、顔を上げて見つめ合った瞬間、笑いが込み上げてきた。


「あはは……」

「ふふふ……」


 緊張が解け、二人はベンチに並んで座った。


「光明くんとは、ちゃんと話せた?」


 玲が聞くと、未菜は嬉しそうに頷いた。


「うん。誤解も解けて、正式に付き合うことになったの」

「良かったね」


 玲の笑顔は心から祝福しているものだった。


「玲ちゃんは……元樹くんに告白したの?」


 未菜の質問に、玲は頷く。


「うん。一昨日」

「返事は?」

「まだ……」


 玲は空を見上げる。


「でも、焦らせたくないから。ゆっくり考えてもらいたい」

「そっか……」


 未菜は玲の横顔を見つめる。


「玲ちゃん、強くなったね」

「え?」

「前は、自分の気持ちもわからないって言ってたのに」


 未菜は微笑む。


「今は、ちゃんと向き合ってる」


 その言葉に、玲は少し照れる。


「未菜ちゃんとの喧嘩が、きっかけだったかも」

「そうなの?」

「うん。あの時、未菜ちゃんに言われて気づいたの」


 玲は続ける。


「私、ずっと逃げてたんだって」

「自分の気持ちから、元樹への想いから」


 未菜は玲の手を握る。


「でも今は違うよね」

「うん。今は、ちゃんと向き合ってる」


 二人は微笑み合った。


「ねえ、玲ちゃん」


 未菜が真剣な表情になる。


「柊さんのこと、どう思う?」


 その質問に、玲は少し考えてから答えた。


「わからない……」

「わからないって?」

「表面的には変わったように見える。でも……」


 玲は眉をひそめる。


「何か引っかかるの」

「引っかかる?」

「うまく言えないけど……掌の上で踊らされてる感じがする」


 玲の言葉に、未菜も同意する。


「私も同じこと思ってた」

「本当?」

「うん」


 二人は顔を見合わせた。


「でも、証拠があるわけじゃないし……」


 玲が言うと、未菜は首を振った。


「証拠がなくても、女の勘ってあるじゃん」

「そうね……」

「玲ちゃん、元樹くんを守りたいなら、もっと積極的にならないと」


 未菜の言葉に、玲は驚く。


「積極的って……」


 未菜は立ち上がった。


「私も協力する。親友のためだもん」


 その言葉に、玲の目に涙が浮かんだ。


「未菜ちゃん……ありがとう」

「当たり前じゃん。私たち、親友でしょ?」

 二人は抱き合った。




 同時刻・元樹の部屋

 元樹は部屋で悶々としていた。


「玲に返事をしないと……」


 でも、まだ自分の気持ちがはっきりしない。

 スマホを手に取り、玲の連絡先を見つめる。


「電話……するべきか」


 指が震える。

 その時、由美が部屋に入ってきた。


「お兄ちゃん、また悩んでるの?」

「由美……ノックしろよ」

「ごめんごめん」


 由美は兄の隣に座った。


「昨日も言ったけど、自分の心に正直になりなよ」

「正直にって……」

「お兄ちゃん、誰といる時が一番楽しい?」


 由美の質問に、元樹は考え込む。


「誰と……」


 奈々美といる時。

 確かに楽しいこともある。

 でも、常に気を遣っている自分がいる。

 玲といる時。

 自然体でいられる。

 笑顔になれる。


「わからない」

「そっか……」


 由美は微笑む。


「お兄ちゃん、答えは出てるんじゃない?」

「でも……俺は…」

「お兄ちゃんが一緒にいたい人は誰?」


 その問いに、元樹は答えられなくなった。


「由美……俺、どうすれば」

「まず、玲さんに返事をしなよ」

「返事……」

「うん。お兄ちゃんの気持ちを伝える」


 由美は立ち上がる。


「そして、奈々美さんにもちゃんと話す」

「どっちも傷つけたくない……」

「でも、どっちも曖昧にしておく方が、もっと傷つけるよ」


 由美の言葉が、元樹の心に響いた。


「わかった……」


 元樹は立ち上がり、スマホを手に取った。


「玲に電話する」

「頑張って」


 由美は部屋を出て行った。

 玲への電話

 元樹は深呼吸をして、玲に電話をかけた。

 プルルル……プルルル……

 コール音が続く。


「もしもし?」


 玲の声が聞こえた。


「玲……俺だ」

「元樹……」


 玲の声が少し震えている。


「あの……話したいことがあるんだ」

「うん」

「今日、会えないか?」


 その問いに、玲は少し考えてから答えた。


「いいよ。どこで会う?」

「夕方6時、あの公園で」

「わかった。待ってる」


 電話を切った後、元樹は深く息を吐いた。


「決めた……」


 玲に自分の気持ちを伝える。

 そして、奈々美にもきちんと話す。


「もう逃げない…」


第15話では、玲がついに自分の気持ちを伝え、元樹が「答えを出す側」へと立たされました。

奈々美という絶対的な存在に挑む玲の勇気、そしてその裏で静かに余裕を見せる奈々美の不気味な自信──

すべてが“決断の瞬間”へ向けて積み上がっていく緊張感が、この章の魅力です。


元樹の中には、過去の絆と現在の安らぎ、そして未来への恐れが混在しています。

誰かを選ぶことは、同時に誰かを傷つけること。

その事実から逃げていた彼が、「もう逃げない」と決意したラストの一言は、静かでありながら強烈な宣言でした。


暁の裏

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