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奈々美さんの裏の顔  作者: 暁の裏


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13/17

第13話 「光と影の夏祭り」

 8月10日の夜、元樹は部屋でスマホを見つめていた。

 奈々美とのメッセージのやり取りが、画面に並んでいる。

 何気ない日常の話題だが、そのたびに心が温かくなる。


「夏祭りか……」


 町の掲示板で見た夏祭りのポスターを思い出す。

 8月15日、ちょうど一週間後だ。


「奈々美を誘ってみようかな」


 でも、すぐに迷いが生じる。

 彼女は「時間をかけて」と言っていた。

 急ぎすぎるのは良くないのではないか。

 しかし、一緒に祭りに行くくらいなら問題ないだろう。

 友達として、ゆっくり関係を築き直していけばいい。

 元樹は意を決してメッセージを打ち始めた。


『奈々美、今度の15日にこっちで夏祭りがあるんだ。良かったら一緒に行かないか?』


 送信ボタンを押した後、心臓が激しく跳ね上がる。

 返事が来るまでの数分が、異様に長く感じられた。


『夏祭り!ぜひ行きたいわ。誘ってくれてありがとう』


 予想以上に前向きな返事に、元樹は安堵と喜びを感じた。


『じゃあ、当日の午後6時に駅前で待ち合わせでいい?』

『もちろん。楽しみにしてる』


 やり取りを終えた元樹は、久しぶりに心から笑顔になった。

 奈々美と過ごす時間が楽しみで仕方がない。

 一方、そのメッセージを受け取った奈々美は、部屋で冷たく微笑んでいた。


「計画通りね」

「でも、これだけじゃつまらない」


 奈々美は別のスマホを取り出す。

 そこには、この町の様々な人々の情報が記録されていた。

 光明、未菜、玲……元樹の周りの人間関係を、奈々美は綿密に調査していた。


「もっと面白くしてあげないと」


 奈々美の瞳に、狂気的な光が宿った。




 同じ頃、光明は自分の部屋で頭を抱えていた。

 未菜の誕生日は15日。

 プレゼントは用意してあるが、渡す機会がない。


「このままじゃ誕生日が過ぎてしまう……」


 そう思った時、ふと夏祭りのポスターが目に入った。


「そうだ、祭りに誘ってみよう」


 人が多い場所なら、未菜も警戒心を緩めるかもしれない。

 そして、みんなの前でプレゼントを渡せば、誤解も解けるはずだ。

 光明は勇気を出して、未菜にメッセージを送ることにした。


『未菜、15日の夏祭り、一緒に行かない?誕生日プレゼントも渡したいんだ』


 しかし、送信ボタンを押す直前で躊躇する。


「いや、これじゃあ賄賂だと思われるかもな……」


 何度も文面を書き直した結果、最終的にこう送った。


『未菜、夏祭り行かない?話したいことがあるんだ』


 送信後、光明は不安で胸がいっぱいになった。




 その夜、未菜は部屋のベッドで横になりながら、スマホを見ていた。

 光明からのメッセージ通知が画面に表示される。


「どうしよう……」


 最初は無視しようと思った。

 でも、「夏祭り」という言葉が気になって、つい開いてしまう。


『夏祭り行かない?話したいことがあるんだ』


 未菜の心は激しく揺れた。

 光明と二人で祭りに行く。

 以前なら、夢のような誘いだった。

 でも今は……。


「玲ちゃんと行くんじゃないの?」


 疑念が湧き上がる。

 もしかして、祭りの場で自分と玲の二人を天秤にかけるつもりなのか。

 あるいは、玲との関係を正式に報告するために呼び出すのか。


「わからない……」


 未菜は枕に顔を埋める。

 でも同時に、もう一つの感情も湧いてくる。


「もし、本当に誤解だったら……」


 亜里沙の言葉を思い出す。


『もう一度確かめてみたら?』


 確かめる機会を作らないまま、関係を壊してしまうのはもったいない。

 光明への想いは、そう簡単には消えない。


「一度だけ……信じてみようかな」


 未菜は震える指でメッセージを打った。


『わかった。行く』


 送信した後、すぐに後悔の念が押し寄せる。


「やっぱり間違いだったかも……」


 でも、もう遅い。

 光明からすぐに返事が来た。


『本当?ありがとう!6時に駅前で待ち合わせでいい?』


 未菜は短く返事を返した。


『わかった』


 スマホを置いた後、未菜は天井を見つめながら考える。


「15日……私の誕生日」


 光明がそれを覚えているのかどうか。

 それが、全ての答えになるかもしれない。




 翌日、玲は元樹と偶然商店街で出会った。

「あ、元樹」

「玲、買い物?」

「うん。夏物のセールをやってて」


 二人は並んで歩きながら、他愛もない話をする。


「そういえば元樹、旅行はどうだったの?」


 玲の質問に、元樹は少し照れながら答える。


「うん……良かったよ。奈々美に会えた」

「そうなんだ……」


 玲の表情が微かに曇る。


「それで、どうなったの?」

「まだ関係を急がないことにしたんだ。でも……」


 元樹は嬉しそうに続ける。


「15日の夏祭り、一緒に行くことになった」


 その言葉を聞いて、玲の胸に複雑な感情が湧き上がる。


「そう……良かったね」


 精一杯の笑顔を作るが、心の奥では寂しさを感じていた。


「玲は祭り、誰かと行くの?」


 元樹の何気ない質問に、玲は首を振る。

 元樹に誘ってもらえるかもという淡い期待も儚く砕け散った。


「まだ決めてない。一人で行くかも」

「そっか……」


 元樹は少し申し訳なさそうな表情を見せる。


「玲も誰か誘えばいいのに」

「そうね……考えてみる」


 二人は商店街を歩き続けるが、どこか気まずい空気が流れていた。

 別れ際、玲は元樹の背中を見送りながら小さくため息をついた。


「私は……何を期待してたんだろう」


 幼馴染として元樹を見守りたい。

 でも同時に、どこか寂しさも感じる。

 その矛盾した感情に、玲は混乱していた。




 その夜、奈々美はスマホで情報を確認していた。

 あの町には、奈々美の「協力者」が何人かいる。

 その「協力者」に頼み、元樹の周りの人間関係を監視している。


「光明が未菜を誘った……予想通りね」


 奈々美の調査によれば、光明と未菜の間には誤解が生じている。

 その誤解を深めることができれば、より面白い展開になる。


「玲は一人で来る可能性が高い……」


 奈々美は計画を練る。

 夏祭りの日、全員を集めて、一気に関係を破綻させる。

 そうすれば、元樹には自分しか残らない。


「完璧な計画ね」


 奈々美はある人物に連絡を取り始めた。


「15日の夕方、駅前と祭り会場を監視して。写真も撮っておいて」


 指示を出した後、奈々美は満足そうに微笑む。


「元樹くん、楽しみにしててね」




 8月14日、祭りの前日。

 それぞれが複雑な思いを抱えていた。

 元樹は奈々美に会える喜びで、心が弾んでいる。

 浴衣を新調し、髪型も整えた。


「久しぶりのデートだな……いや、デートじゃないか」


 自分に言い聞かせるが、心はすでに浮かれている。

 光明は未菜に渡すプレゼントを何度も確認していた。

 ブレスレットと手帳のセット。

 玲と一緒に選んだ、心のこもったプレゼントだ。


「明日こそ、誤解を解いて、ちゃんと想いを伝える」


 決意を新たにする光明。

 未菜は自分の部屋で、何を着ていくか悩んでいた。

 浴衣にするか、普通の服にするか。


「浴衣だと気合い入れすぎって思われるかな……」


 結局、シンプルなワンピースを選んだ。

 心の準備は、まだできていない。




 玲は一人で部屋にいた。

 夏祭りに行くべきか、行かないべきか。


「一人で行っても寂しいだけかも……」


 でも、どこかで元樹の様子が気になっている。

 奈々美と元樹がどんな風に過ごすのか。

 嫉妬ではなく、心配だと自分に言い聞かせる。


「やっぱり行こう。友達として、元樹の様子を見ておきたい」


 そう決めた玲は、浴衣の準備を始めた。

 そして奈々美は、全てが計画通りに進むことを確信しながら、最終的な準備を整えていた。




 8月15日、午後5時。

 真夏の太陽がまだ高い位置にあり、気温は30度を超えている。

 それでも、祭りを楽しみにする人々の熱気で、町は活気に溢れていた。

 元樹は家を出る前に、鏡で自分の姿を確認した。

 紺色の浴衣に白い帯。

 母親に着付けを手伝ってもらい、初めてまともに浴衣を着た。


「似合ってるかな……」


 少し恥ずかしいが、奈々美のために精一杯のおしゃれをした。


「行ってきます」

「気をつけてね。楽しんできなさい」


 母親の温かい言葉に送られ、元樹は家を出た。

 駅前での待ち合わせ

 午後6時、駅前は祭りに向かう人々で賑わっていた。

 浴衣姿の女性たち、家族連れ、若いカップルたち。

 夏の風物詩が、そこにあった。

 元樹は約束の場所で奈々美を待っていた。

 時計を見ると、まだ5分前だ。


「早く来すぎたかな」


 周りを見渡すと、同じように誰かを待っている人が何人もいる。

 その中に、見覚えのある後ろ姿を見つけた。


「光明?」


 近づいてみると、やはり光明だった。

 彼も浴衣を着て、手には小さな紙袋を持っている。


「元樹!」


 光明は驚いたように振り返る。


「光明、お前も祭りに?」


 光明は驚いたように振り返る。


「ああ、未菜と待ち合わせしてるんだ」

「未菜と?」


 元樹は少し驚く。

 最近、玲から二人が付き合っているとは聞いていたが、現在は関係が拗れていると聞いている。


「誤解を解きたくて……」


 光明が説明しようとした時、元樹の視線が遠くに向けられる。


「奈々美が来た」

「えっ!?」


 光明も元樹の口から奈々美という言葉が出て驚く。

 2人はもう別れているし、奈々美が引っ越したのでもう会うこともないと思っていたからだ。

 光明も振り返ると、薄紫の浴衣を着た奈々美が歩いてくるのが見えた。

 その美しさに、周りの人々も視線を向けている。


「元樹くん、お待たせ」


 奈々美は微笑みながら近づいてくる。


「奈々美……似合ってるよ」


 元樹の素直な褒め言葉に、奈々美は嬉しそうに笑う。


「ありがとう。元樹くんも素敵よ」


 二人の甘い雰囲気を見て、光明は少し気まずそうにする。


「じゃあ、俺は未菜を待つから……」

「うん。じゃあまた」


 元樹と奈々美は、祭りの会場に向かって歩き始めた。




 光明が一人で待っていると、未菜が姿を現した。

 白いワンピースに麦わら帽子。

 浴衣ではないが、夏らしい爽やかな装いだった。


「未菜……」


 光明の声に、未菜は少し警戒したような表情を見せる。


「来たよ」


 短い返事だが、来てくれたことに光明は安堵する。


「ありがとう。行こうか」

「うん」


 二人は並んで歩き始めるが、距離は以前よりも遠い。

 ぎこちない雰囲気が、二人の間を支配していた。




 祭りの会場に着いた頃、すでに多くの人々で賑わっていた。

 屋台が立ち並び、金魚すくいや射的などの出店も見える。

 子供たちの笑い声、太鼓の音、提灯の明かり。

 夏祭りの活気が、辺りを包んでいた。

 玲は一人で会場を歩いていた。

 淡いピンクの浴衣に、白い花の髪飾り。

 一人でも堂々としている玲の姿は、周りの男性の視線を集めていた。


「元樹はもう来てるかな……」


 人混みの中を歩きながら、玲は元樹の姿を探す。

 すると、遠くに見覚えのある紺色の浴衣を発見した。


「あ……」


 元樹の隣には、奈々美がいる。

 二人は楽しそうに話しながら、屋台を回っている。

 その光景を見て、玲の胸に鋭い痛みが走った。


「私は……何しに来たんだろう」


 友達として見守りたいと思っていた。

 でも、実際に元樹が奈々美と楽しそうにしているのを見ると、胸が苦しい。


「帰ろうかな……」


 そう思った時、別の方向から声をかけられた。


「玲ちゃん?」


 振り返ると、未菜が立っていた。

 その隣には、光明もいる。


「未菜ちゃん……光明くんも」


 玲は複雑な表情を浮かべる。


「一人で来たの?」


 未菜の質問に、玲は頷く。


「うん……ちょっと様子を見に」


 その言葉に、未菜の表情が変わる。


「様子って……もしかして光明くんの?」


 未菜の声に、トゲがある。


「違うよ。元樹の……」


 玲が説明しようとするが、未菜の疑念は消えない。


「元樹くんなら、あそこにいるよ。柊さんと一緒に」


 未菜が指差す方向を見ると、確かに元樹と奈々美がいる。


「そうだね……」


 玲の表情が曇る。

 その様子を見て、光明は気を利かせる。


「じゃあ、一緒に回る?」


 光明の提案に、未菜がすぐに反応する。


「何で玲ちゃんと一緒に?」


 その言葉に、玲も傷つく。


「私は別にいいよ。一人で……」

「待って」


 光明が止める。


「みんな友達なんだから、一緒でもいいだろ」


 しかし、未菜は納得していない。


「友達……そうやってまた誤魔化すの?」


 未菜の声が大きくなり、周りの人々が振り返る。


「誤魔化すって、何のこと?」


 玲が問い返すと、未菜は溜まっていた感情を爆発させた。


「光明くんとアクセサリーショップにいたこと!」

「それは説明したでしょ!」


 玲も声を荒げる。


「あなたの誕生日プレゼントを選ぶのを手伝っただけ」

「でも……」


 未菜の目に涙が浮かぶ。


「でも玲ちゃんはあの時、言葉を詰まらせたでしょ?」


 その指摘に、玲は返す言葉に困る。


「それは……」

「光明くんのこと気になっているんだよね?」


 未菜の直球な質問に、玲は動揺する。

 光明も驚いて二人を見る。


「違う! 私は元樹が……」


 そこで玲は口を止める。

 自分の気持ちがまだはっきりしていないことに気づいたのだ。


「元樹くんが何?」


 未菜が詰め寄る。


「元樹くんが好きなの? それとも光明くんが好きなの?」


 その問いに、玲は答えられない。


「わからない……」


 小さく呟く玲の声に、未菜はさらに怒りを募らせる。


「わからないって……そんな曖昧な態度で、人を振り回さないで!」


 未菜の言葉が、玲の心を深く傷つける。


「振り回してなんか……」

「振り回してるよ!」


 未菜の声が会場に響く。


「私は2人でいるうちに光明くんのことが好きになった。」

「未菜ちゃん……」


 光明が止めようとするが、未菜は続ける。


「それなのに、玲ちゃんは曖昧な態度で……元樹くんのこと好きなくせに、私たちを引っ掻き回して!」


 その言葉に、玲の目から涙がこぼれ落ちた。


「そんなつもりじゃ……」

「つもりじゃなくても、結果がそうなってるの!」


 未菜も泣きながら叫ぶ。


「玲ちゃんのせいで、私と光明くんの関係がめちゃくちゃになった!」


 周りの人々が騒ぎに気づき、遠巻きに見ている。

 光明は二人を止めようとするが、感情的になった二人を制することができない。


「もういい!」


 玲は涙を拭いながら、その場から走り去ろうとする。


「玲、待って!」


 光明が追いかけようとするが、未菜が腕を掴む。


「行かせてあげて……」

「でも……」

「お願い……今は玲ちゃんの顔を見たくないの」


 未菜も泣きながら、その場に座り込んでしまった。

 遠くから見ていた奈々美

 元樹と奈々美は、屋台で焼きそばを買っていた時、遠くで騒ぎが起きていることに気づいた。


「何だろう、あの騒ぎ」


 元樹が首を伸ばして見ようとすると、奈々美が腕を引く。


「気にしない方がいいわ。私たちは楽しみましょう」


 奈々美の言葉に、元樹は頷く。

 しかし奈々美は、内心で満足していた。

 あの騒ぎは、全て自分が仕組んだものだからだ。

 実は、未菜が光明と玲を目撃したあの日、奈々美の「協力者」が意図的に未菜をショッピングモールに誘導していた。

 そして、光明と玲が親密に見える瞬間を、未菜に目撃させたのだ。


「計画通り……」


 小さく呟く奈々美。


「元樹くんの周りから、邪魔者が消えていく」


 そう呟く奈々美は顔は笑っていた...



 玲は人混みから離れた場所で、一人で泣いていた。

 神社の裏手、誰も来ない静かな場所。

 提灯の光も届かない暗闇の中で、玲は膝を抱えて座り込んでいた。


「私は……何をしているんだろう」


 未菜の言葉が、胸に突き刺さる。


『元樹くんのこと好きなくせに、私たちを引っ掻き回して!』


 確かにそうかもしれない。

 元樹への気持ちも、光明への気持ちも、はっきりしないまま。

 自分でもわからない感情に振り回されて、結果的に周りを傷つけている。


「ごめんなさい……」


 誰に向けてかわからない謝罪の言葉を、何度も繰り返す。

 浴衣の袖が、涙で濡れていく。

 祭りの賑やかな音が遠くから聞こえるが、玲には別世界のように感じられた。




 未菜を落ち着かせた後、光明は玲を探しに行った。


「未菜、少しここで待ってて」

「……うん」


 未菜は力なく頷く。

 光明は会場を走り回り、玲の姿を探した。

 しかし、人混みの中では見つからない。


「玲……どこに行ったんだ」


 光明は思いつく場所を片っ端から探すが玲の姿が見当たらない。

 もう帰ったのだろうか?と諦めて未菜の元に戻ろうとした時に前に元樹から聞いた話を思い出す。

 昔、元樹と喧嘩した玲は、よく神社の裏手で泣いていて、よく探しに行ったという事を。

 その事を思い出した光明は神社に向かって走り出した。




 神社の裏手に辿り着いた光明は、予想通り玲の姿を見つけた。


「玲……」


 小さく声をかけると、玲は顔を上げる。

 涙で腫れた目が、光明を見つめる。


「光明くん……」

「大丈夫か?」


 光明が近づくと、玲は首を振る。


「大丈夫じゃない……私、最低だ」


 玲の言葉に、光明は隣に座る。


「最低なんかじゃないよ」

「でも、未菜ちゃんの言う通りだもん……」


 玲は膝を抱えたまま続ける。


「私、自分の気持ちがわからなくて……みんなを傷つけて」

「それは……」


 光明が何か言いかけた時、玲が遮る。


「光明くんのことも、元樹のことも、どう思ってるのかわからない」


 玲の正直な告白に、光明は言葉を失う。


「でも……」


 玲は涙を拭いながら続ける。


「未菜ちゃんが光明くんのことが好きなのは確かだよ」

「え?」

「私が誤解を解きに行った時も、怒ってたのは好きだからだもん」


 玲の言葉に、光明ははっとする。


「だから……」


 玲は立ち上がる。


「光明くんは未菜ちゃんのところに行って。ちゃんと想いを伝えて誤解を解いて」

「でも、お前は……」

「私は大丈夫」


 玲は無理に笑顔を作る。


「私のことは気にしないで。未菜ちゃんをお願い」


 その言葉に、光明は複雑な表情を見せる。


「わかった……でも玲」


 光明は立ち上がり、玲の肩に手を置く。


「お前も無理するなよ。自分の気持ちに正直になって」


 その優しい言葉に、玲は再び涙があふれそうになる。


「ありがとう……」


 光明が去った後、玲は一人で夜空を見上げた。


「私の気持ち……」


 花火が上がる音が聞こえる。

 祭りはクライマックスを迎えているようだ。


「元樹……」


 小さく名前を呟く。

 胸の内が暖かくなるのを感じる。

 確かに私は元樹のことが好き。

 でも確かに元樹と奈々美さんの件でいろいろと助けてくれた光明の事も、1人の男性として気になっているのかもしれない...




 光明が戻ると、未菜はまだベンチに座っていた。


「未菜……」


 光明の声に、未菜は顔を上げる。

「玲ちゃんは……」

「大丈夫だよ」


 光明は未菜の隣に座る。


「未菜、話を聞いてくれるか」


 光明は真剣な表情で未菜を見つめる。


「あの日、玲と一緒にいたのは本当に君のプレゼントを選ぶためだった」


 光明は持っていた紙袋を取り出す。


「これ……未菜の誕生日プレゼント」


 袋の中から、ブレスレットと手帳のセットが現れる。


「一人じゃ選べなくて、玲に相談したんだ。女性の意見が欲しかったから」


 未菜は目を見開く。


「これ……私のため?」

「そうだよ。ずっと君に渡したかった」


 光明の真剣な表情に、未菜の心が揺れる。


「でも……玲ちゃんが……」

「玲は友達だ。大切な友達だけど、それ以上じゃない」


 光明は未菜の目を見つめる。


「俺が好きなのは、君だけだ」


 その言葉に、未菜の目から涙があふれる。


「ごめんなさい……勝手に誤解して……」

「いいよ。俺も説明不足だった」


 光明は未菜の手を取る。


「改めて言う。未菜、誕生日おめでとう」


 その優しい言葉に、未菜は堪えきれずに泣き出した。


「ありがとう……」


 二人は抱きしめ合い、長い誤解がついに解けた瞬間だった。




 一方、元樹と奈々美は花火を見上げていた。

 夜空に咲く大輪の花火が、二人を照らす。


「きれいだな」


 元樹の言葉に、奈々美は微笑む。


「ええ。元樹くんと一緒だと、もっときれい」


 その言葉に、元樹は頬が赤くなる。


「奈々美……」

「何?」

「今日は来てくれてありがとう」


 元樹の素直な感謝の言葉に、奈々美は優しく笑う。

 しかし、その瞳の奥には計算された冷たさが潜んでいた。


「こちらこそ。誘ってくれてありがとう」


 二人は手を繋ぎながら、花火を見続ける。

 周りには幸せそうなカップルたちが並んでいる。

 まるで自分たちもその一組のように。

 でも元樹は知らない。

 今日の出来事の全てが、奈々美によって仕組まれていたことを。




 花火が終わった後、二人は駅に向かって歩いていた。


「楽しかった?」


 奈々美が聞くと、元樹は満面の笑みで答える。


「ああ、すごく楽しかった」

「また来年も一緒に来れるといいね」


 奈々美の言葉に、元樹は頷く。


「必ず」


 駅前で別れる時、奈々美は元樹の手を握る。


「元樹くん」

「何?」

「私、もう少し頑張ってみる。変わるために」


 その言葉に、元樹は感動する。


「奈々美……」

「だから……待っててくれる?」


 元樹は力強く頷く。


「もちろん。いくらでも待つよ」


 その言葉を聞いて、奈々美は満足そうに微笑んだ。

 しかし、心の中では別のことを考えていた。


『完璧。元樹くんはもう私から離れられない』


 電車に乗る奈々美を見送った後、元樹は一人で夜道を歩いていた。

 心は満たされているはずなのに、どこか引っかかるものがある。


「今日の騒ぎ、結局何だったんだろう」


 祭りで見た遠くの騒ぎ。

 あれは光明や玲、未菜だったのだろうか。


「明日、確認してみよう」


 そう思いながら、元樹は帰路についた。




 祭りの翌日。元樹は光明に連絡を取った。


『昨日の祭り、騒ぎがあったみたいだけど、何かあった?』


 しばらくして光明から返事が来た。


『色々あったけど、今は大丈夫。未菜とも仲直りできた』


 その言葉に、元樹は安堵する。


『そうか、良かった。玲もいたのか?』

『玲は……一人で帰ったみたい。』


 元樹は玲のことが心配になり、直接電話をかけることにした。

 しかし、玲は電話に出ない。

 何度かけても、留守番電話になってしまう。


「玲……大丈夫かな」


 不安を感じながらも、元樹は今日は待つことにした。




 玲は自分の部屋で、スマホを見つめていた。

 元樹からの着信履歴が、画面に並んでいる。


「ごめん……今は話せない」


 昨日の出来事が、まだ心に重くのしかかっている。

 未菜との喧嘩、自分の曖昧な態度、そして気づいてしまった自分の気持ち。


「私は元樹が…好きなはずなのにどうして?」


 その問いが部屋で反響しているように聞こえる。

 未菜ちゃんと付き合っていると聞いた時は、間違いなく心の中で応援していた。

 でも誤解を解こうと会いに行って「あの件以来、玲ちゃんが光明くんを見る目が違う気がするの!」

 と言われたとき、確かに光明のことを意識していたことに気づいた。

 そんな自分に嫌気がさす。


「元樹」


 でもやっぱり私は元樹の事が好きだ。

 幼馴染としての愛情ではなく、一人の男性として元樹を愛していた。

 別れたと聞いた時は踊りだしそうになった。

 でも、もう遅いのかもしれない。

 二人は昨日の祭りで楽しそうに過ごしていた。


「私が入る隙間なんてない」


 ベッドに横になり、天井を見つめる。


「でも……元樹が幸せなら、それでいい」


 自分に言い聞かせるが、涙が止まらない。


「未菜ちゃんと仲直りできるかな?」


 幼馴染だけじゃなく、友達まで失ってしまったらどうしよう…


「こんな女が友達じゃ嫌だよね」


 こんなメンタルでは悪いことばかり考えてしまう。

 しばらく泣いた玲は気分転換に散歩に出かけた。



 その日の午後、散歩から帰ってきた玲に未菜からメッセージが届いた。


『玲ちゃん、昨日はごめん。言い過ぎた』


 玲は驚いて画面を見つめる。


『私こそ、ごめん。曖昧な態度で、みんなを困らせて』


 返信すると、すぐに未菜から返事が来た。


『光明くんと話して、全部わかった。玲ちゃんは悪くないよ』

『でも……』

『話したいことがある。会える?』


 玲は少し迷ったが、承諾した。


『わかった。どこで会う?』




 夕方、二人は公園で会った。

 昨日の喧嘩の場所ではなく、静かな住宅街の小さな公園。


「玲ちゃん……」


 未菜が先に口を開く。


「昨日は本当にごめん。あんなひどいこと言って」

「ううん、私も悪かった」


 玲は首を振る。


「未菜ちゃんの言う通り、私は曖昧だった」


 二人はベンチに座る。


「光明くんと、ちゃんと話せた?」


 玲の質問に、未菜は嬉しそうに頷く。


「うん。誤解も解けて、プレゼントも貰ったよ」

「良かったね」


 玲の笑顔は、心から祝福しているものだった。


「玲ちゃんは……元樹くんのこと、好きなんだよね?」


 未菜の直球な質問に、玲は少し驚く。


「うん…」

「でも、もう遅いの」


 玲は空を見上げる。


「元樹には奈々美さんがいる。しかも、二人は昨日すごく楽しそうだった」


 その言葉に、未菜は何か言いたそうな表情を見せる。


「でも……」

「何?」

「何だか怖い」


 未菜の言葉に、玲ははっとする。


「怖いって……」

「うまく言えないんだけど、計算されてる感じがして」


 未菜の直感に、玲も同じものを感じていたことに気づく。


「え?」


 未菜は驚く。


「考えすぎかもしれないけど……」


 二人は顔を見合わせた。




 その頃、奈々美は自分の部屋で満足そうに微笑んでいた。


「順調ね」


 スマホの画面には、昨日の祭りでの写真が並んでいる。

 光明と未菜の喧嘩の様子、泣いている玲、そして楽しそうな元樹と自分。


「これでもう、誰も元樹くんを奪えない」


 しかし、奈々美の計画はまだ終わっていない。


「次は……もっと確実に」


 奈々美は次のターゲットを考える。


「玲はまだ諦めていないかもしれない」


 画面に映る玲の写真を見つめながら、奈々美は冷たく笑う。


「でも大丈夫。次の作戦で、完全に心を折ってあげる」


 奈々美は新たな計画を練り始めた。




 その夜、元樹は部屋で考え込んでいた。

 奈々美と過ごした楽しい時間。

 でも、どこか引っかかるものがある。


「何だろう、この感じ……」


 祭りでの奈々美の行動を思い返す。

 遠くで騒ぎが起きた時、彼女は明らかに気づいていた。

 でも、見に行こうとする元樹を引き止めた。


「気にしない方がいい」


 あの時の奈々美の表情。

 優しい笑顔の裏に、何か別のものを感じた気がする。


「考えすぎかな……」


 でも、心のどこかで警告が鳴っている。

 スマホを見ると、玲からメッセージが届いていた。


『元樹、明日話せる? 大事なことがあるの』


 その真剣な文面に、元樹は不安を感じる。


『わかった。放課後、いつもの場所で』


 返信を送った後、元樹は窓の外を見つめた。


「何が起きてるんだろう……」


 夏の夜は静かに更けていくが、物語は新たな展開を迎えようとしていた。

 奈々美の計略はまだ終わっておらず、玲と未菜は真実に気づき始め、元樹は違和感を抱き始めている。

 それぞれの想いが複雑に絡み合い、物語は次の局面へと進んでいく。


元樹と奈々美は再会を喜び合い、花火を見上げながら再び心を通わせるように見えましたが、その裏では奈々美の冷徹な計算が働いていました。


一方、光明と未菜は長く続いた誤解をついに解き、誕生日プレゼントと告白を通して仲直りに成功。これにより彼らの関係は大きく前進しました。しかし同時に、玲は自分の感情と向き合い、元樹への想いと光明への揺らぎに苦しむ姿をさらけ出すことになりました。


そして最後に描かれたのは、奈々美の「完璧な計画」が進行しているという冷酷な事実。彼女の策略が、元樹たちの友情や恋愛を根底から揺るがしていくことが示唆されました。


次回は、玲が元樹に「大事な話」をする場面が待っています。彼女がどんな真実を伝え、元樹がそれをどう受け止めるのか──奈々美の計略と玲の告白、その二つが交錯する瞬間にご期待ください。



暁の裏

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