表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奈々美さんの裏の顔  作者: 暁の裏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

第12話 「操られる心、揺らぐ恋」

 未菜は光明を意図的に避けるようになった。

 メッセージにも返事をせず、偶然会いそうになると逃げるように立ち去る。

 光明は理由がわからず、困惑していた。


「未菜、どうしたんだろう……」


 何度か話しかけようとしたが、未菜は頑なに距離を置き続ける。

 一週間が過ぎても状況は変わらない。

 光明は玲に相談することにした。


「玲、未菜の様子がおかしいんだ」


 カフェで落ち合った光明は、心配そうに話す。


「おかしいって?」

「この前から避けられてるんだ。理由がわからない」


 玲も首をかしげる。


「何か心当たりは?」

「全然……あ」


 光明がハッとする。


「もしかして、この前の買い物を見られたとか?」

「え?」


 玲も理解する。


「誤解されてる可能性があるね」

「どうしよう……説明しようとしても、逃げられちゃうんだ」


 二人は対策を考えることにした。




 一方、未菜は友人の佐藤亜里沙(さとうありさ)に相談していた。


「光明くんと玲さんが?」


 亜里沙は驚く。


「うん……アクセサリーを一緒に選んでた」

「でも、それって……」

「きっと玲ちゃんへのプレゼントだよ。二人は前から仲良かったし」


 未菜の思い込みは深くなる一方だった。


「でも光明くん、未菜のことが好きだって言ってたじゃない」

「あれは嘘だったのかも……」


 佐藤は未菜の肩を抱く。


「もう一度確かめてみたら?」

「無理だよ。もう会いたくない」


 未菜の頑なな態度に、佐藤も困惑した。

 数日後、光明は直接未菜の家を訪ねることにした。


「未菜、話を聞いてくれ」


 インターホン越しに必死に呼びかける。


「……帰って」


 冷たい返事が返ってくる。


「お願いだ。誤解なんだ」

「誤解って何よ」


 ついに未菜が返事をした。


「玲と一緒にいたのは、君のプレゼントを選ぶためだったんだ」

「……嘘」

「本当だよ。君の誕生日のプレゼント」


 しかし、未菜は信じようとしない。


「騙されない」


 そう言って、インターホンの通話を切ってしまった。

 光明は途方に暮れた。



「間もなく桜ヶ丘です、お出口は右側です」


 電車に揺られながら眠っていた元樹はアナウンスの声で目を覚ます。

午後2時、元樹は目的の駅に到着した。

7年ぶりの町は、記憶よりも小さく感じられた。


「懐かしい……」


 小学生の頃、母親の手を握って歩いた通り。

 そして、奈々美と初めて出会った公園。




 その頃、奈々美は自分の部屋で窓から外を見ていた。


「来るかしら……元樹くん」


 小さく呟きながら、微笑みを浮かべる。

 学校に元樹が電話することも、先生が居場所を教えることも、全て計算の内だった。

 担任の佐々木先生には、事前に「もし渡部くんから連絡があったら、こちらの居場所を教えてください」と頼んでいたのだ。


「きっと来てくれる……」


 奈々美の瞳に、以前と同じような執着の光が宿る。

 表面的には変わったように見えるが、本質は何も変わっていない。

 元樹の空虚感も、孤独感も、全て奈々美には予想できていた。

 束縛から解放されても、同時に愛されることの喜びも失う。

 その矛盾に苦しんだ元樹が、自分を探しに来ることを確信していた。


「今度こそ、完全に手に入れる……」


 奈々美の計画は、まだ始まったばかりだった。




 公園を出て商店街に戻る途中、元樹は小さな花屋の前で足を止めた。


「すみません」


 元樹は意を決して声をかけた。


「はい、何か?」


 女性は振り返る。


「あの……柊奈々美さんという方をご存知ないでしょうか」


 女性の表情が少し変わった。


「奈々美ちゃん? あの子のことを知ってるの?」

「小学生の頃、友達だったんです」


 元樹の説明に、女性は理解を示す。


「そうなのね。最近戻ってきたのよ、あの子」

「本当ですか!」

「駅から少し離れた住宅街よ。確か桜ヶ丘の……」


 女性は親切に道順を教えてくれた。

 しかし、実はこの女性も、奈々美から頼まれていたのだった。




 桜ヶ丘住宅街は、小さな戸建てが立ち並ぶ静かな場所だった。

 元樹は教えられた住所を頼りに、一軒一軒確認しながら歩く。


「ここかな……」


 小さな表札に「柊」の文字を見つけた時、元樹の心臓は激しく跳ね上がった。

 元樹は深呼吸をして、インターホンを押した。

 チャイムの音が家の中に響く。

 しばらく待ったが、返事がない。

 もう一度押してみる。


「はーい」


 聞き覚えのある声が聞こえた瞬間、元樹の全身に鳥肌が立った。

 慎重な再会


「どちら様ですか?」


 インターホン越しに聞こえる奈々美の声は、記憶よりも落ち着いて聞こえた。


「あの……渡部元樹です、奈々美さんのお家はこちらですか?」


 名前を名乗った瞬間、向こう側が静寂に包まれた。

 内心、奈々美は微笑んでいた。


『やっぱり来た』


 しかし、表面的には驚いた演技をする必要がある。

 長い沈黙の後、小さな声が聞こえる。


「……元樹くん?」

「うん。久しぶり」


 また沈黙。


「どうして……ここが分かったの?」

「学校で聞いて、探してきたんだ」


 ドアの向こうで、何かを考えているような気配がする。

 実際には、どんな表情で会うべきか計算していた。


「……少し待って」


 足音が遠ざかっていく。

 5分ほど待った後、玄関のドアが開いた。


「……」


 そこに立っていたのは、以前とは雰囲気の違う奈々美だった。

 髪は肩くらいまでの長さで、服装もシンプルな白いブラウスにデニムのスカート。

 自然な美しさが際立っている。


「元樹くん……本当に来てくれたの?」


 その言葉に、元樹は胸が締め付けられる思いがした。


「奈々美……会って話したかった」


 素直な気持ちを口にすると、奈々美の目に涙が浮かんだ。

 しかし、その涙も計算されたものだった。


「私も…」


 二人は無言で見つめ合う。


「何で引っ越しを?というか何で何も言わずにいなくなったんだ」

「親戚の人が一緒に暮らさないかって言ってくれたから…どう?私の気持ち、少し分かってくれた?」


 その言葉にもときは何も言えなくなってしまう。

 話してもらえなかった事に対しての孤独感と昔の罪悪感が心の中で複雑な感情が渦巻いていた


「とりあえず中に入って」


 奈々美の招きで、元樹は家の中に入った。




 家の中は清潔に保たれており、温かい雰囲気に包まれている。

 居間に通されると、奈々美がお茶を用意してくれた。


「ありがとう」


 湯呑みを受け取りながら、元樹は奈々美の変化に驚いていた。

 以前の彼女には感じられなかった、穏やかさと落ち着きがあるように見える。


「なんか変わったね」


 元樹の言葉に、奈々美は微笑む。


「そうかもしれない。あの時は……いろいろと間違っていた」


 その素直な言葉に、元樹は安堵する。

 しかし、奈々美の心の中では別のことを考えていた。


『この演技、完璧ね。元樹くんは完全に騙されてる』


「俺の方こそ、ひどいことを言ってしまって……」

「いいのよ」


 奈々美が首を振る。


「元樹くんは正しかった。私の愛し方は……歪んでいた」


 その告白に、元樹は言葉を失う。


「でも」


 奈々美が続ける。


「元樹くんを愛していた気持ちは、本物だった」


 静かに告白される想い。

 表面的には深く静かな愛情に見えるが、その本質は何も変わっていない。

 巧妙な誘導


「俺も……」


 元樹が口を開く。


「最初は束縛だと思って嫌がってた。でも、君がいなくなってから気づいたんだ」


 奈々美が身を乗り出す。

 内心では『計画通り』と思いながらも、表情は真剣そのものだ。


「君を失って初めて、君がどれだけ大切な存在だったか分かった」


 その言葉に、奈々美の頬に涙が流れる。

 しかし、その涙は喜びの涙だった。


「元樹くん……」

「奈々美、俺は」


 元樹が続けようとした時、奈々美が立ち上がった。


「ありがとう……そう言ってもらえて」


 しかし、奈々美は続ける。


「でも、今はまだ……時期が早いかもしれない」


 その言葉に、元樹は困惑する。


「え?」

「私、まだ完全には変われていないかもしれない。元樹くんを苦しめた過去もある」


 奈々美は窓の外を見つめる。


「もう少し時間をかけて、本当に変われたかどうか確かめたい」


 その慎重さが、逆に元樹の心を揺さぶる。

 以前の奈々美なら、すぐにでも復縁を迫っただろう。

 この変化が、本物に思えてしまう。


「そうだね……急がない方がいいかもしれない」


 元樹も同意する。


「でも、また会えるよね?」

「もちろん。でも……」


 奈々美は少し考える素振りを見せる。


「今度は、お互いをもっと理解し合ってからにしましょう」


 その提案に、元樹は頷く。

 内心、奈々美は満足していた。


『焦らせることで、より深く依存させる。完璧な作戦ね』


 元樹が求めているのは、束縛ではなく愛されている実感だということを理解していた。

 だからこそ、表面的には変わったように見せながら、徐々に依存させていく。

 今度はもっと巧妙に、気づかれないように。




 電車の中で、元樹は複雑な気持ちでいた。

 奈々美に会えた喜び、彼女の変化への安心感、そして微かな物足りなさ。


「変わったな、奈々美……」


 窓の外の景色を眺めながら考える。

 以前なら、別れる時にすがりついてきただろう。

 復縁を強く迫っただろう。

 でも今日の彼女は違った。

「時間をかけて」という言葉が、逆に元樹の心に引っかかっていた。

 会えたのに、なぜかすっきりしない。


「俺は何を期待していたんだろう……」


 自分でも理解できない複雑な気持ちを抱えながら、元樹は帰路についていた。




 その頃、光明は未菜の家の前で途方に暮れていた。

 先ほどのやり取りで、未菜が全く聞く耳を持たないことがわかったからだ。


「どうしよう……」


 玲に電話をかけることにした。


「玲、未菜が全然話を聞いてくれないんだ」


『そんなに深刻なの?』

「ああ。完全に誤解が固まってしまってる」


 玲は少し考えてから提案した。


『私が直接話してみる』


「本当か? 助かる」


 翌日、玲は未菜の家を訪ねた。


「未菜ちゃん、話があるの」


 玲の声に、未菜は渋々ドアを開けた。


「玲ちゃん……何の用?」


 冷たい口調に、玲は困惑する。


「光明くんのことで誤解があるみたい」

「誤解って?」


 未菜の目に怒りが宿る。


「あの日のデートのこと?」

「デートじゃないの。あなたの誕生日プレゼントを一緒に選んでいただけ」


 しかし、未菜は信じようとしない。


「どうせ口裏を合わせてるんだよね」

「そんなことない!」


 玲も声を荒げてしまう。


「私は光明くんのことなんて……」


 そこで玲は口を止める。

 自分の気持ちを整理できていないことに気づいたのだ。


「なんて……何?」


 未菜が詰め寄る。


「私は……」


 玲も動揺している。

 光明への気持ちが友情なのか、それ以外なのか、自分でもわからなくなっていた。

 その沈黙を、未菜は別の意味で受け取った。


「やっぱり……玲ちゃんも光明くんのことが」

「違う!私は元樹のことが…」

「知ってるよ、でもあの件以来、玲ちゃんが光明くんを見る目が違う気がするの!」


 未菜の発言に玲が言葉を詰まらせてしまう。


「もういい。帰って」


 未菜は玲を追い返し、一人で泣いた。




 家に帰った玲も、動揺していた。

「私が光明くんのことを……違う私は元樹が…」


 自分の気持ちと向き合うことになった。

 確かに光明は魅力的な男性だ。

 友人として大切に思っている。

 元樹の件でも色々と動いてくれた。

 でも、それ以上の感情があるのだろうか?


「元樹のことを……」


 元樹への気持ちもまだ整理できていない。

 幼馴染としての愛情なのか、恋愛感情なのか。


「私、どうしちゃったんだろう」


 玲は自分の感情の混乱に苦しんでいた。




 夜遅く、元樹は家に帰った。


「おかえりなさい。どうだった?」


 母親が心配そうに聞く。


「うん……いい旅だったよ」


 曖昧に答える元樹。

 部屋に戻ると、机の上にフィギュアを手に取る。

 奈々美に会えたが、思っていた結果とは違っていた。


「時間をかけて……か」


 奈々美の言葉を思い返す。

 確かに賢明な判断かもしれない。

 でも、どこか物足りない。

 スマホを見ると、奈々美からメッセージが届いていた。


『今日はありがとう。またいつでも連絡してね』


 短いが、温かいメッセージ。

 元樹は少し安心した。




 同じ頃、奈々美は鏡の前で微笑んでいた。


「完璧な演技だった」


 今日の出来事を振り返りながら、満足している。

 元樹の表情、言葉、仕草。

 全てを観察し、分析していた。


「まだ完全には諦めていない。でも、迷いもある」


 それが奈々美の読みだった。


「焦らせれば焦らせるほど、深くハマる」


 今度の作戦は、以前とは正反対だ。

 束縛するのではなく、距離を置く。

 追いかけるのではなく、追わせる。


「時間はたっぷりある。今度は絶対に失敗しない」


 奈々美の瞳に、狂気的な執念が宿っていた。




 元樹が旅から帰って数日後、周りの人たちも変化に気づいていた。

 光明は相変わらず未菜のことで悩んでいる。

 プレゼントを買ったものの、渡す機会がない。


「もうすぐ誕生日なのに……」


 玲は自分の気持ちの整理がつかずにいる。

 元樹、光明、どちらに対する感情も曖昧になっていた。

 そして元樹は、奈々美のことを頻繁に思い出すようになっていた。


「連絡してみようかな……」


 でも、彼女が「時間をかけて」と言ったことを思い出し、遠慮してしまう。

 まさに奈々美の思う壺だった。

 奈々美からの絶妙なタイミングでの連絡

 元樹が迷っていた矢先、奈々美からメッセージが届いた。


『元気にしてる? こちらは毎日暑くて大変よ』


 何気ない内容だが、元樹には嬉しかった。


『元気だよ。そちらも体に気をつけて』


 短いやり取りだが、元樹の心は温かくなった。

 この後も、奈々美は絶妙なタイミングでメッセージを送り続ける。

 頻繁すぎず、少なすぎず。

 元樹の心理を完全に把握した、計算された連絡だった。




 未菜の誕生日が近づく中、関係者全員が混乱した状況に陥っていた。

 光明は未菜に誤解を解く機会を求めて奔走している。

 未菜は光明と玲への不信を深めている。

 玲は自分の気持ちがわからず悩んでいる。

 元樹は奈々美への想いを募らせている。

 そして奈々美は、全てを見透かしたように微笑んでいる。


「まだまだこれからが楽しみね」


 夏の終わりに向けて、それぞれの感情がより複雑に絡み合っていく。

 奈々美の新たな計略は、ゆっくりと、しかし確実に進行していた。

 物語は新たな段階に入ろうとしていた。


第12話では、いよいよ奈々美が再び物語の中心に姿を現しました。

一見落ち着きを見せ、過去を反省しているように振る舞う奈々美ですが、その裏には冷静で計算高い策略が潜んでいました。以前のように束縛するのではなく、「距離を置く」という形で元樹を深く絡め取っていく──この変化が、彼女の恐ろしさを際立たせています。


同時に、光明と未菜の関係は誕生日を前に誤解が決定的となり、玲自身もまた心の整理がつかないまま動揺を深めています。友情と恋愛、依存と自由、誤解と策略──それぞれの感情が絡み合い、まさに「夏の終わりの嵐」の前触れのような章でした。


次回、未菜の誕生日を迎える中で、この複雑な想いがどうぶつかり合うのか。そして奈々美の計略は、どんな形で彼らを翻弄していくのか。ますます目が離せない展開となりそうです。


暁の裏

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ