8 目撃者は誰?
「ほら、私は無実よ!」
「……へえ」
妙が静かに瞳をとがらせる。
「目撃者は、いますよ」
「なによ、それ! 誰がみていたっていうのよ!」
「娟倢伃です――」
妙がいったのが先か。
白木蓮が、悲鳴をあげた。
木が声をだすはずがない。幹が、裂けたのだ。
もともと、人の重さを支えるには木蓮の幹は細すぎた。緩やかに裂けてきていた幹が今頃になって、ひと息に折れたのだ。
雪崩れるように葩が落ち、風をはらんで吹きあがる。
白の嵐が乱舞する。
木蓮は、桜や梅みたいに綺麗には散らない。端からくすんで、老い、縮んで、みすぼらしくもほたほたと落ちる。そうあるべきなのだ。
婉麗と咲き誇りながら散る木蓮は、哀しかった。
無残に殺された花が、命を終える。
小紡は言葉を絶して木蓮を眺めていた。
剥きだしになった瞳には、誰が映っているのか。誰か、映っているのか。
「……やっ……あ、ああぁ、ごめんなさい!」
小紡がひきつれた絶叫をあげる。
「だっ、だ、だって、うらやましかったのよ! そ、宗家に産まれた貴方が……だっ、だから笄ひとつくらい、もらってもいいんじゃないかって……こ、殺すつもりまではなかったのよ」
ああ、そうか。彼女は、分家の姑娘だったのか。
娟倢伃が嘆いていたのを想いだす。宗家と分家の折りあいが宜しくないのだと。実家を離れて後宮にいるのにそれほど気になるものだろうかとおもっていたが、女官のなかに分家の姑娘がいたのなら、日頃から意識せざるを得なかったことだろう。
「ゆ、許して……あやまるからあ!」
小紡が恐怖に泣き崩れた。自身の首に爪を喰いこませ、彼女は喚き続ける。
誰も彼もが呆然と小紡をみていた。霊にでも憑りつかれたのではないかと考えているに違いない。
(霊なんかいない。亡霊を産むのは人の心ひとつ――特に、怨まれているのではないかという恐怖は、現実と紛うほどの幻を視せる。それが、心理だ)
妙がため息をついた。
(……まったく。怨まれるのがそんなに怖いなら、殺さなきゃいいのに)
それでも、ひと時の感情にのまれ、欲にかられて罪を犯すのもまた人間というものだ。
小紡が罪を認めたことで、彼女は逮捕された。小紡は壊れてしまったのか、先程までの喧しさが嘘のように項垂れて、無抵抗に連れていかれた。
こうして、縊死事件は終幕を迎えた。
……………
……
「へえ、あの占い師の小姑娘、なかなかに敏いじゃないか」
宮の屋頂に腰掛けて、占い師の活躍の一部始終を眺めているものがいた。
紅の髪をなびかせた彼は、第一皇子の累神だ。
「観察眼の鋭さといい、推理の的確さといい、息をのむほどにあざやかだな。ついでに人を追いつめていくときの容赦のなさも気にいった」
唇の端を持ちあげ、彼は笑った。ウラのある微笑で。
「……あの姑娘、ほんきで欲しくなってきたな」
事件は解決しましたが、ここからが推理の答えあわせです!




