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008 一目惚れ(フィリエル視点)

 うずくまる少年の隣には、木剣が無造作に置かれていた。

 訓練兵の一人だろうか。

 それにしては、若い気がするけれど。


 私はその少年に声をかけた。


「ねえ、怪我でもしたの? 医務室まで案内しましょうか?」

「うるさいっ、あっちいけっ!」


 少年は顔を上げて怒鳴ると、私の顔を見るなり驚いて固まってしまった。

 そして顔を真っ赤に染めていった。

 泣いているところを見られて、恥ずかしかったのだろう。


「だだだだだ誰だお前っ!?」

「フィリエル・ラシュレよ。あなたは?」

「フィリエル……」

「ねぇ、あなたは?」

「お、俺はガスパル。ガスパル・ダヴィアだ」

 

 そう言って颯爽と立ち上がると、ガスパルは砂で汚れたボロボロの手を私の前に出した。

 私は握手を求められたことなんてなかったから、どうしていいか戸惑ってしまった。そしたら、ガスパルは、汚くてごめんって言いながら服で手の砂を払ってくれた。


「ち、違うの。私、こういうの初めてで……」

「そっか。じゃあ、これからよろしく! の、握手な」

「うん。よろしく……」


 よろしくってことは、友達ってことかしら。

 友達がいない私には、握手をしたら友達になれるのか、それともただの挨拶なのか、よくわからなかった。

 でも、そんなのどちらでもいいくらい、ただただ嬉しかった。


 それから、門の横に腰を下ろして、二人でお喋りをした。

 ガスパルは、今日初めて青藍騎士団の練習に参加したらしく、その過酷さに心が折れかけ、休憩時間に誰もいないところで一人泣いていたそうだ。

 まあ、泣いていたとは言っていなかったけれど。


「俺は絶対に強い騎士様になるんだ!」

「どうして?」

「家は剣士の家系だからな」

「そっか、お父様を喜ばせたいのね」


 私にはメルヒオールという兄がいて、兄も剣を習っている。

 兄は父のようになりたいと言って、剣を握るようになったらしい。現に、父に褒められている時の兄は、とても幸せそうなのだ。

 きっとガスパルもそうなのだと思ったけれど、彼の表情は暗かった。


「いや、違う。俺は……フィリエルにだけ教えるけど、俺は兄様を守りたいんだ」

「えっ?」

「兄様は、いつも俺の味方で優しくてカッコよくて、大好きなんだ。でも、身体が弱くて剣を握れないんだ。父様はそれが気に入らなくて、兄様に厳しく当たるんだ。俺はそれが嫌なんだ」


 私もお姉様も身体が弱いほうだけれど、お父様は大切にしてくれている。

 きっと、もしお兄様がそうだったとしても、変わらないだろう。


「身体が弱いのに辛くあたるなんて、酷いわ。──あっ、ごめんなさい。ガスパルのお父様に失礼なことを言ってしまったわ」

「別にいいよ。今まで誰にも言えなかったけど、俺だって同じことを思ってたし。あんな口煩くて意地悪な父様を喜ばせたいなんて思わない。俺は、兄様に笑顔でいてほしいから、兄様を守りたいから、騎士様になるんだ」


 瞳を輝かせて語るガスパルに、私は魅入ってしまっていた。

 私と同い年で、さっきまで泣きべそをかいてた男の子なのに、自分のしたいことが決まっていて、それも自分じゃなくて、誰かのためにしたいことだなんて。

 私も彼の夢を応援したいって思った。


「ガスパルは、立派な騎士様になれると思うわ」

「そ、そうか?」

「ええ。誰かを守りたいって思いがあると、人は何倍も強くなれるって、お父様が言っていたもの。だから、ガスパルは絶対に、立派な騎士様になれるわ」

 

 私が自信満々に言い切ると、ガスパルはちょっと恥ずかしそうに頭をかいて言った。

 

「……ありがとう。俺、なんだか自信が湧いてきた。フィリエル。俺、フィリエルが応援してくれたら、すっごく強くなれる気がする。いや、なる!! それで……兄様だけじゃなくて、フィリエルのことも俺が守るからな!」

「わ、私のことも?」

「うん、約束な!」


 そう言って、ガスパルはまた私に手を差し伸べた。

 友達? と約束なんて初めて。

 それだけでも、嬉しいのに。

 私のことも守ってくれるんだって。

 守るってなんだろう。

 ガスパルは、お兄様に笑顔でいてほしいから守りたいって言ってたから、私のことも、ずっと笑顔にしてくれるってことかな。


 私はガスパルの手を握り返した。

 

「うん。約束……。あ、あの……」

「ん?」

「私は、ずっとガスパルを応援するわ。や、約束……ね?」

「お、おう!」


 ガスパルは真っ赤に頬を染めて、恥ずかしそうに、でも力強く頷いてくれた。

 私が微笑むと、ガスパルも笑い返してくれて、それが嬉しくて胸がドキドキと高鳴るのを感じた。

 

「あっ、いたー。ガスパルっ!」


 練習場の方から女の子の声がした。

 ガスパルは私の手をぱっと離すと、地面に落ちていた木剣を手に取り、声がした方へと振り返った。


「コレットだ」

「コレット?」


 視線の先には私と同い年くらいの女の子が立っていた。

 オレンジ色のワンピースを着た飴色の髪と紅い瞳の女の子は、ガスパルを呼び戻しに来たのか、とても怒っていた。


「もう休憩時間はとっくに終わっているのよ。こんなところで……あら? あなたは……」


 女の子は、ガスパルの後ろにいた私に気が付くと、目を丸くして驚いていた。さっきまでガスパルを叱っていたけれど、私を見る瞳はとても優しくてホッとした。


「私はフィリエル・ラシュレです」

「は、初めて、フィリエル様。私はコレット・キールスです。兄のライアスの訓練が見たくて、見学させていただいています」

「様だなんて、同い年だと聞いているわ。フィリエルと呼んで」

「じゃあ、私のこともコレットとお呼びください」


 名前で呼び合うなんて、これはもう友達といっていいのではないだろうか。

 コレットは嬉しそうに笑みを私に向け、そしてガスパルを見るとハッとして苦言を呈した。


「ガスパル、フィリエルとお話したいのはわかるけど、早く戻りましょう。ラシュレ公爵様がお待ちよ」

「コレット、俺はサボってたんじゃないからな。フィリエルと話してただけだからな!」

「それは練習の後にしなさい。フィリエルまで叱られてしまったらどうするの!?」

「そ、それは……」


 コレットの指摘にガスパルがたじろいでいると、練習場の方から兄が走ってくる姿が見えた。


「おい! お前たち……って、フィリエルもいたのか?」

「お兄様、散歩の途中で偶然出会って、私が二人を引き止めてしまいました。だから……」

「そうか。早く部屋に戻れ。サリアが心配するぞ」

「はい……皆様、ごきげんよう」


 私のせいで、ガスパルが叱られなければよいのだけれど。

 兄は怒っていなさそうだし、きっと大丈夫だろう。


「父上を待たせている。早く行くぞ」

「ごきげんよう。またね」


 そう言ってコレットは私に手を振ると、行き渋るガスパルの背中を押した。


「おいっ。押すなよ」

「ガスパルが遅いからでしょう!」

「なんで女がここにいるんだよ」

「ライアスお兄様の格好いい姿を近くで見たいの」

「……変なやつ」


 二人は仲良く言い合いながら兄と一緒に行ってしまった。


 ****


「ガスパルが私のことを守りたいと言っていたことは知らなかったな」

「そうなのですね。……本当に、私だけに話してくれていたのね」

「フィリエルと初めて出会った日のことを、ガスパルから何度も聞かされたよ。一目惚れだったのだろうな」


 ヴェルネル先生は懐かしそうに言った。

 ガスパルはそんな話をしていたのか。

 私は誰にも話したことがないのに。

 でも、一目惚れというなら、私もだろう。


「私も、一目惚れだったかもしれません。ガスパルの、夢へと向かうキラキラとした眼差しは、本当に綺麗で格好良くて……もう、昔のことですけれどね。私はガスパルと一緒にいても、彼に嘘をつかせることしかできませんでしたから。──私は、もっと広い世界を見て、たくさん好きなものを見つけたいと思います」

「そうか。それは良い目標だ。宝物がたくさん見つかるといいね」

「宝物……ですか?」


 宝物というと、真っ先に思い浮かぶのは、我が家に伝わる宝剣だけど、きっと、ヴェルネル先生が言う宝物は違うのだろう。


「ああ、宝物といっても、高価な物とか、そういうものではなくて、自分が大好きだと思う物のことだよ。宝物がたくさんあると、心が豊かになれる。辛い時も、宝物の存在が自分に力をくれる。私はそう思っているよ」

「私に力をくれる……。コレットみたい」

「そうだね。コレットはフィリエルの宝物だと思うよ」


 人でもいいんだ。宝物、たくさん見つけたいな。

 ヴェルネル先生とちゃんとお話したことはなかったけれど、話してみてよかった。


「小さな頃から、コレットとも仲が良かったのかい?」

「はい。コレットは、私の元気の源でした」



お読みいたたきありがとうございます。

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