006 お節介(フィリエル視点)
「まだ、元婚約者にお気持ちがある……」
工房を出てからも、フローレスさんの言葉が何度も頭に響いた。
否定したかったけれど、フローレスさんの言う通りかもしれない。
私はまだ、ガスパルを忘れられないでいる。
以前、レンリに告白めいたことを言ってしまった後、自分なりに考えた。
どうしてレンリには我が儘を言えるのだろうかという事を。
多分、コレットがレンリに心を許しているから。
それと、レンリがひたむきで優しくて、芯のある人だと知っているから、つい頼ってしまうのだと思う。
私には友人と呼べる人がコレットしかいない。
人付き合いは苦手だ。
学園では、あの鉄仮面の妹だという目で見られ、近づいてくる女性陣は兄めあての方ばかり。
そして、男性はというと、侯爵家の次男なんて婚約者に相応しくないと言い、ガスパルを蔑む輩ばかりだった。
もしかしたら、ガスパルは私のせいで、男友達なんていなかったのかもしれない。
だから、女性とばかり……。
やめよう。もういいの。
彼がしたことは消えないし、私が彼を許すこともないのだから。
私も新しい恋がしたいな。
レンリみたいに……。
さてさて、レンリの告白は上手くいったかしら。
どう見ても二人は両想いだろう。
フローレスさんへ向けるレンリの瞳は愛おしい人を見つめるように優しかった。
いつの間にあんな可愛い子と出会っていたのだろう。
正直羨ましい。
今日はいいことばかりだわ。私も試験に合格したし、友人の幸せを間近で見ることができたのだから。
コレットはどこにいるかしら。
早くあの二人のことを話したい。
コレットを探していると、私は別のものを見つけてしまった。
そして、レンリとフローレスさん、二人のことは、そっとしておこうと思っていたのだけれど、私は今、工房へ向かっている。
庭で迷子の伝書鳩を見つけたからだ。年老いた人懐こい鳩が持っていた手紙は、レンリ宛のものだった。
なので、届けに行くことにしたのだ。
決して二人の邪魔をするつもりはない。
工房の入り口が見えてきた。
ゆっくり歩いてきたけれど、まだ二人とも中にいるだろうか。
邪魔しないように、扉をほんの少し開いて鳩だけ置いていこうかな、と考えていると、工房の扉が勢いよくバタンと開いた。
しかし、誰も出て来ず中庭の方へ、土煙が立っただけだった。
もしかしたら、人避けのローブを着たフローレスさんではないだろうか。
何となく胸騒ぎがして、急いで工房へ入ると、俯き、今にも泣きそうな顔のレンリが一人立っていた。
なんでそんな顔をしているのよ……。
「ちょっと、レンリっ!!」
「……フィリエル、まだいたんですか?」
「いいえ。この子が学園の庭で迷子だったから連れてきただけよ。それより、フローレスさんは?」
レンリは唇をキュッと噛んだ後、口を開いた。
「パーティーへ、一緒に行けない旨を伝えました」
「どうして? レンリだって彼女と行きたかったのでしょう?」
「いいえ。そんなことはありません」
辛そうに否定するレンリを見ると腹が立ってきた。
どうしてレンリはいつも無理して自分の気持ちを隠してしまうのだろう。
「嘘つきっ! じゃあ、どうして泣きそうな顔してるのよっ」
「えっ?」
レンリは、壁にかけられた鏡に映る自分を見て驚いていた。
「今からでも遅くないわ。早く追いかけなさいよっ」
「……です」
「えっ?」
「無理です。僕、婚約者がいるんです」
婚約者?
そんな話、初めて聞いた。
いつから婚約者なんていたんだろう。
私はレンリを友人だと思って勝手に頼ってしまうけれど、レンリは私を友人とすら思ってくれていないのだろうか。
レンリに頼られたことは一度もない。
むしろ、レンリから話しかけられたことすらないかもしれない。
私はレンリの友人であるコレットの友人程度の存在なのだろう。
それは少し寂しいけれど、それでも私は、レンリに笑っていてほしい。
だから、迷惑かもしれないけれど、お節介を焼くことにした。
「知らなかったわ。レンリに婚約者がいるなんて……。その婚約者のことが、大切だから断ったの?」
「大切、と言われましても、どこのどなたかも知りません。父の恩人の娘さんだそうで、弱小子爵家の三男坊でも気に入っていただけたらしく、婚約が結ばれたとのことです。父の期待を無下にすることはできません」
レンリの立場や真面目な性格から考えると、そうしてしまうのは分からなくない。
でも、私だったらそうしないし、レンリだって、簡単に諦めてほしくない。
「だから、フローレスさんのことが好きなのに、諦めてしまうの?」
「す、好きとか……分かりません。ただ、不誠実ではないですか。彼女は真っ直ぐに自分の気持ちを僕に向けてくれるのに、僕は……返すことができません」
「何よ、それじゃあレンリだって、フローレスさんの気持ちに応えたいってことじゃない」
「違います」
否定はしたけれど、本当はフローレスさんの気持ちに、レンリも応えたいし、同じように返したいのだろう。
だったら……。
「私が兄に頼んで、婚約を潰してもらいましょうか?」
「は?」
「レンリの婚約相手に、もっと良い条件の令息を紹介できれば上手くいくかもしれないわ。子爵家の三男坊よりいい条件の令息なんて、青藍騎士団にたくさん在籍していると思うの」
「…………」
レンリは私を見て驚いた表情で固まった。
そして何か言いかけたけれど口を閉ざしてしまった。
「今、迷ったでしょう?」
「そ、それは……否定はしません。ですが、婚約を破棄するなんて、僕の立場では考えられないことですし。それに……フローレスさんのこと、傷つけてしまいましたし」
「はいはい。取り合えず、お相手が誰か調べてみましょう。やらない理由を考えるより、やれるだけの事をしてみましょう。そうしてから、フローレスさんとまた向き合えば、そんな顔をしないで済むのではないかしら?」
「……なんだか、メルヒオール様みたいですね」
そんな言葉、初めて言われた。
何故か嬉しいと思ってしまったけれど、喜んでいいのかしら。
「あら。それは褒め言葉かしら」
「わかりません。あの、その伝書鳩の手紙に、婚約者について書かれていると思うんです」
「まぁ。早く言いなさいよ。一体どんなご令嬢が……」
手紙を開くと、すぐに婚約者の名前が目に止まった。
私の知っている名前だったから。
これは……。
「レンリ。フローレスさんを探して」
「えっ、でも」
「レンリのお相手、青藍騎士団に所属する者の親族だったわ。だから大丈夫。レンリはフローレスさんに自分の気持ちを素直に伝えてきなさい!」
「で、でも、あんな態度をとってしまったのに、合わせる顔が……」
「フローレスさんを泣かせたままでいいの!?」
「嫌ですよ」
「なら、行きなさいっ」
レンリは戸惑いながらも工房から飛び出していった。
そして、出てすぐ誰かとぶつかりよろけていた。
「きゃっ」
女の子の声がした。窓越しに外を見ると、地面に尻もちをつくフローレスさんが見えた。瞳は赤く、頬には涙の跡がある。
レンリは素早く手を伸ばし、彼女を立たせてあげていた。
「す、すみません。大丈夫ですか?」
「は、はい」
「あの。フローレスさん。先程はすみませんでした。その……僕と、卒業パーティーに参加していただけませんか? 僕は、フローレスさんと参加したいんです」
あら意外。レンリは直球で攻めるのね。
フローレスさんは驚いているけど、瞳に希望が宿り、喜んでいるように見えた。
上手くいきそうだ。
そうと分かれば、早めに私は退散しておこう。
私はレンリの父からの手紙を、よく見えるように丁寧に机の上に置いて、裏の出口から外へ出た。
もうしばらく様子を見ていた方が良かっただろうか。
いや、やめておこう。二人ならきっと大丈夫だ。
考え事をしつつ工房から出て裏道を少し歩いていると、前方から名前を呼ばれた。
「フィリエル?」
「あ、ヴェルネル先生」
「コレットは戻っているかい?」
「いえ」
「では、待たせてもらっても……」
「あっ、今は駄目です!」
「ん?」
ヴェルネル先生は察してくれたのか、その場を去ろうとしてくれたけれど、急に振り向いて私の顔をじっと見つめると、一緒にお茶でもどうですかと誘ってくれた。
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