016 自分のしたこと
「えっ。でも、あの硬い剣を……」
「魔法で強化して、門に叩きつけて折りました」
ヴェルネル様はクスッと笑みを溢した後、うーんと顎に手を当て困り始めた。でも、思ったより普通の事として受け入れてくれたことに驚きと共に安心感を得た。
「やはり、僕が折ったことにしましょう。別に退学くらいなら構いません」
「賠償金も請求されるだろうが、それは私が用意する。しかし、退学になった場合、宮廷魔導師にはなれないかもしれない。それに、研究はどうするのだ。学園の設備は素晴らしいからな。まだ途中なのだろう?」
「……ですが。僕がしたことにしなければ、他の使用人に押し付けそうですよね。ガスパルのように、誰かのせいにしたくありませんし、コレットが剣を折った時、僕もその場で見て笑っていたので、同罪ですから」
なるようになるとは言っていたけれど、レンリは元々こうするつもりだったのかもしれない。
でも、それは間違っている。
「駄目よ。私はもう自分を偽りたくないの。それに、レンリに罪を被せるなんて絶対に嫌。――ヴェルネル様。私が、その審議会に参加することは出来ませんか?」
「……出来なくはないが、君を晒し者のようにはしたくない。この国は女性が騎士になるのは好まれていない。宮廷魔導師には女性もいるのにな。――すまない。馬鹿な弟の管理も出来ず」
ヴェルネル様は私の意図を察してくれたけれど、首を横に振った。レンリに目を向けると、彼も無言で首を振る。
私のしたことなのに、こんなの嫌だ。
どうしたらよいか思案していると、メルヒオール様が隣に立って私を見下ろしていた。
「コレット。君は正直に話すといい」
「え?」
「自分のしたことの責任を持つ。それは当たり前の事だ。幸い、君は失うものなど無いのだろう?」
「メルヒオール。しかしだな」
「学園を追放されることもない。賠償が求められたら俺が払う。コレットは俺の……ラシュレ家の家庭教師だからな」
苦言を呈したヴェルネル様とメルヒオール様は睨み合った。どちらも自分の意見を譲る気は無いようだけれど、私は嬉しかった。メルヒオール様の言葉が。
「それに、いずれにしろガスパルに責任がいくだろうな。あの剣は王から賜った誓いの剣。騎士たる者が、目の前で剣を折られるなど不甲斐ないにも程がある。そのような者に近衛など勤まるはずがない。いくら執事に騙されただの言い張っても結局のところ免職だろう。馬鹿馬鹿しい。ライアスも何を考えているのか……」
「それはそうだが……」
ヴェルネル様は私の身を案じてくれているのがよく分かる。でも私は――。
「ヴェルネル様。私は事実を話したいです」
「……分かった。でも、君に矛先が向かないように、レンリがやったことでは無いという証明が出来ないか模索してみるよ」
「ありがとうございます」
レンリは不満そうに私に目を向けているけれど、これで良かったんだ。
レンリの話が一段落つくと、フィリエルは、ちょっとよろしいですか、とヴェルネル様へ尋ねた。
「ヴェルネル様。一応確認しておきたいのですが、ヒルベルタとの婚約はどうなさるおつもりですか? 祭りの夜、ヒルベルタは屋敷の使用人に、婚約者だと名乗っていましたわ」
フィリエルの言葉を聞くと、ヴェルネル様は頭を抱え溜め息をつく。
「そうらしいな。コレットの妹には、言葉が通じないのだ。だが、あの日ダヴィア家を出るつもりでいると話したから、もう私に興味はないだろう。フィリエル。ガスパルとはもう――」
「何の関係もありませんわ。もし青藍騎士団に戻ろうとしても、門前払いするように兄に頼みました」
「そうか。それは少し困るな。ガスパルを跡取りに出来ないと父が判断した場合、私に泣きついてくるだろうからな。以前は私を追い出したがっていた父だが、最近は沈黙を貫いている。ガスパルの処遇が決まるまで静観するつもりだ」
フィリエルの冷めた視線に、ヴェルネル様は背筋を正した。
「あ。すまない。自分勝手な意見だった。ガスパルを騎士団で拾って欲しいなど、もう頼むつもりはない。兄として出来る限りしたつもりではあったが、祭りの夜……。私に出来ることは、もうないと悟ったよ」
「そうですわね」
フィリエルは俯き、レンリは何か思うところがあるのか、心配そうにフィリエルを見ていた。
部屋に沈黙が続くと、ヴェルネル様が私へ視線を伸ばし口を開いた。
「コレット。少しだけ、二人で話しても良いだろうか?」
「あ、僕はエミルやメルヒオール様が勝手にうろうろしないように見張ってますよ」
「ありがとう。――コレット、バルコニーから王都の街並みがよく見えるのだ。一緒に良いか?」
「はい」
エミルがボクも、と言いかけたが、レンリが止めてくれていた。




