015 ヴェルネル邸
翌日、時間通りにヴェルネル様は東館へと迎えに来てくれた。
こちらへ来る前に本館でメルヒオール様と話を済ませたそうで、二人揃って東館へと訪れ、ヴェルネル様は今まで自分の家族がしてきた数々の非礼を詫び、レンリに感謝を述べていた。
綺麗すぎるその笑顔に緊張していたけれど、それを忘れてしまうほど、馬車の中は賑やかだった。
「あのね。ボクとレンリ先生はコレット先生の弟なんだよ」
私の向かいにはヴェルネル様と、メルヒオール様の膝の上に座るエミルがいる。ちなみに、私の両脇にはフィリエルとレンリがいる。
ちょっと窮屈だけれど、無理やり乗った。
私より先に、普通にメルヒオール様が馬車に乗り込んで、見送りに来ていたフィリエルは、そんな兄を見て自分も行きたいと懇願し、ヴェルネル様は快く受け入れてくれた。
そして、ずっとエミルのお話を聞いてくれている。
「私も二人には世話になっているのだよ。素敵なお姉さんとお兄さんを持って、エミルは幸せだね」
「うん! レンリ先生。ヴェルネルさんは変な虫?」
その問いにヴェルネル様は首を傾げ、レンリはいつものように微笑んで答えた。
「ヴェルネル様は変な虫ではありませんよ。お城でちゃんとした職に就き、王様からお屋敷まで与えられた凄い方なんですよ」
「そうなんだ。じゃあ。変じゃない虫一号かな。あ、二号かな?」
「エミル。その変な虫ってどういう意味なのかな?」
独り言を呟きつつ首を捻るエミルにヴェルネル様が尋ねると、エミルは得意気に知識を披露した。
「変な虫っていうのは、結婚しても女の人を幸せに出来ない男の人の事を言うんだよ。ディオさんが言ってた。ボクとレンリ先生は、コレット先生の弟だからね、変な虫がくっつかないように見張ってなきゃいけないんだよ!」
「それは頼もしいですね」
なんて変な虫の話で盛り上がっている間に、王都の一等地にあるヴェルネル様のお屋敷に着いた。ヴェルネル様は、一週間ほど前にこちらに越してきたらしい。屋敷を与えられたものの、まだほとんど城で寝泊まりしているそうだ。
応接室に通された私達は、お土産に持って来たフルーツタルトと紅茶をいただいた。
メルヒオール様はタルトを一口で食べると、壁にかけられた剣のオブジェを見に行き、エミルとフィリエルは部屋の隅で本を読んでいる。
おまけで付いてきた人々がそれぞれ自由に過ごし始めると、ヴェルネル様は向かいのソファーに腰かけた私とレンリに話を始めた。
「レンリ。君の名前が剣を折った犯人として審議会で挙げられれば、否定する材料がないのだ。何故剣が折れていたのか分かれば良いのだが。何か知らないか?」
その問いに、棚の前で本を物色していたメルヒオール様は吹き出して笑った。フィリエルはメルヒオール様の反応に驚いて固まり、ヴェルネル様は慣れているのか、メルヒオール様に平然と尋ねた。
「メルヒオールは知っているのか?」
「ああ。コレットが一番よく知っているぞ」
「そうなのか?」
何も知らない純粋な目で見られると凄く言い辛い。
メルヒオール様は私が困るのを分かってて話を振ったのだろう。
「教えてくれるか。そうでないと、レンリが学園を退学処分にされてしまうかもしれない」
「た、退学ですか?」
「ああ。だから――」
「私ですっ。私が折ったんです」




