幕間(ヴェルネル*フィリエル)
また弟に騙された。
近衛騎士の審議を来週に控え、ガスパルは相談したいことがあると言い、王都の私の屋敷に訪ねてきた。
馬車でラシュレ家に向かう間に話したいとの事で乗り込むと、そこにはキールス家の次女がいた。
「兄様は仕事のし過ぎです。今日は豊穣祭ですよ。実は俺、毎年フィリエルと街の出店を回るんです。兄様はしたことないですよね。良かったらヒルベルタと楽しんできてください」
誰と何を楽しめと言っているのか。
私の理解の範疇を越えている。
ガスパルは嘘が下手だ。
だが、最近よくこうして騙される。
そういう時は大抵、半分本当の事を織り混ぜて話していることが分かった。
ガスパル本人は、嘘ではないと自分に暗示でもかけているのかもしれない。
「相談があるのではなかったのか?」
「それもあります。俺、近衛騎士に戻れそうなんですよ!」
「……剣が折れていたのだろう? その事はどう説明しても逃れられないだろう。剣は騎士の命なのだから」
「ですが、あれは没落寸前の貴族による巧妙な策略であったことが発覚したのです!」
得意気に語るガスパルは、昔から変わらぬ可愛い弟のそれなのだが、話が全く見えない。
「何の話だ?」
「実は、ヒルベルタの屋敷に、元魔法学科のレンリ=ベルトットが執事として働いていたのです。彼は今、コレットと駆け落ち中なのですが、そいつの仕業だったのです」
「は?」
「執事という立場を利用して、恋敵であるガスパルに仕返ししたのですわ。ですから、今度の審議でライアス兄様はその事を報告致しますの。ベルトット家に弁償を求めて差し上げますわ」
「レンリ=ベルトットはそんな事しないぞ」
「何故そんなことが言えますの? 私は執事としてのレンリをみていましたから分かりますわ。鈍臭くてろくな仕事も出来ない癖に給金だけはちゃんと貰う浅ましい少年でしたわ」
それはお前だと言い返したい気持ちを腹の底に沈めて、感情を出さないように深く息を吐いた。
「……私は、レンリの兄とは同僚なのだ。先輩や後輩の弟を悪く言われるのは心外だな。その卑しい口を閉じてくれないか」
「兄様っ。それは言い過ぎですっ」
「そうですわ。酷すぎますわ」
「どう思われても良い。頼むから黙ってくれ」
二人はやっと口を閉ざした。
馬車の外はまだ明るい。空は青く雲一つない。
こんな美しい日に何故、私は一人で空を見上げているのだろうか。
馬車はラシュレ家を目指していたな。
……コレットは元気にしているだろうか。
◇◇
私は馬車に乗り込み、ヴェルネル様の隣に腰を下ろした。
目の前にはヒルベルタがいて、その隣にガスパルがいる。
席順、おかしくありませんか?
それに、ヴェルネル様って柔らかい雰囲気の方、という印象でしたのに、私の兄みたいに近寄りがたいオーラが出ているのですけれど。
またヒルベルタが変なことでも言ったのかしら。
ガスパルは何も言わないし、馬車内の空気が酷く淀んでいる。
長い沈黙が続いた後、ヴェルネル様が口を開いた。
「フィリエル。先日は申し訳ないことをした」
「い、いえ。もう済んだことですから」
「そうか。誤解が解けたようで安心した。これからも、大切にしてやってくれ」
優しく、誰かを慈しむような笑顔を向けられ、今日、ガスパルに別れを告げる予定ですなんて絶対に言えない雰囲気だ。
「はい。あの、ダヴィア侯爵様のお加減はいかがですか?」
ヴェルネル様は口を閉ざし、ガスパルを見た。
そういえば、ヴェルネル様は家に帰っていないと言っていた。
「あ、父は大分良くなった。俺が近衛騎士に戻れれば全快するさ」
「まだそんな事を言っているの?」
自信満々な様子のガスパルに私が嫌悪感を顕にすると、ヴェルネル様が説明を足してくれた。
「レンリ=ベルトットに罪を被せるそうだ。剣を折ったのは、執事という立場を利用した彼の仕業だそうだぞ」
「な、何ですって!? ガスパル。いい加減にしてっ。レンリ……」
ガスパルとヒルベルタが目を丸くして私を見ていた。少し、熱くなりすぎてしまった。
「レンリ=ベルトットのような、ただの魔法学科の青年に、剣なんて折れないわ。とても弱そうな方でしたから」
「そうか。……レンリ=ベルトットとは、どのような青年なのだろうな。彼の兄とは同僚だが、本人と直接話したことはないのだ。ガスパル。彼に罪を被せるのは、私が許さないからな」
「ち、違うよ兄様。本当に……」
「そうですわ。――」
「君は黙っていてくれないかな」
ヴェルネル様の笑顔でヒルベルタは半べそをかいたまま俯いてしまった。
早く王都に着かないかしら。
この馬車から、早く降りたい。
そして王都についてすぐ、ヴェルネル様とヒルベルタと別れたのだけれど。
「ガスパルっ。ヴェルネル様がいなくなっちゃったの~」
別れてすぐにヴェルネル様とはぐれたヒルベルタが後を追ってきた。
「えっ? どこで見失ったんだ?」
「えっとぉ。馬車の前よ」
出てすぐじゃない。
本当にこの子はコレットの妹なのかしら。
それに、人前でも恥ずかしげもなくガスパルの腕に手を絡めるなんて、常識のない子。
「ガスパル。ヴェルネル様はご自宅に戻られたのではないの?」
「そうかもな。行ってみるか」
「私達も行くの?」
「当たり前でしょう。可愛い義妹のためでしょ!」
ヒルベルタとこれ以上共に過ごすのは耐えがたいけれど、彼女の前で婚約破棄を言い渡すつもりはない。
これは私とガスパル、二人の問題だから。
私は仕方なく、ヴェルネル様の屋敷までついていくことにした。




