016 突然の来訪者
私達はフィリエルの部屋で、紅茶とレモンクッキーを頂いている。エミルが選んだ桃色のライラックが描かれたガラスのティーセットで。
応接室で行商からティーセットを購入した後、私達はフィリエルの部屋に招待された。
フィリエルの部屋は白を基調とした家具と、桃色のカーテンや絨毯といった女の子らしい部屋だった。家具の彫刻は豪華な薔薇の模様で、気品と可愛らしさを併せ持っている。
私は凄く気に入ったのだけれど、レンリとエミルはこの部屋が落ち着かないみたいで、黙々とレモンクッキーを頬張っている。
「フィリエル。私、このお部屋に入るのは初めて。何だか嬉しいわ。二人は……落ち着かないみたいだけれど」
「ふふっ。そうね。でも、東館に戻ってしまったら、レンリは職務に逃げてしまうでしょう? たまには友人として休暇を共にしたかったのよ」
「フィリエルさんとレンリ先生もお友達なの?」
「そうよ。ハミルトンさんの許可ももらったのですからね」
レンリはそれを聞くと迷惑そうに目を細めていた。
その隣でエミルは首をかしげ私に尋ねた。
「友達って許可が必要なの?」
「さぁ? 聞いたことがないわ。そうだわ、エミル。豊穣祭の話はフィリエルにしたの?」
「まだ! フィリエルさん。メルヒオールさんが豊穣祭に連れていってくれるんだ。一緒に行こうよ」
「豊穣祭ですか……。私は遠慮しておくわ」
フィリエルは少し考えた後、笑顔で断った。
しかしエミルはまだ諦めていない。
「でも、毎年イチゴタルトを楽しみにしているんでしょ?」
「どうしてそれを?」
「メルヒオールさんが言ってたよ」
「そう。兄は……知っていたのね。でもね。私、毎年ガスパルと二人で豊穣祭へ行っていたの。だから今年は――」
その時、扉がノックされメイドのサリアの声がした。
「お嬢様。ガスパル様がお見えです。その……ヒルベルタ様とご一緒でして、応接室でお待ちいただいて――ひ、ヒルベルタ様っ?」
サリアの慌てた声がする。扉の向こうからヒルベルタの声が微かに聞こえ、揉み合っている様子が窺えた。
ここにいるのは良くない。立ち上がろうとした時、レンリが私の手を取った。
「エミル。僕とコレットの話は、絶対にしないでくださいね。――フィリエル様。僕らはバルコニーに隠れさせていただきます」
「ええ。コレットをお願い」
意味が分からず座ったまま首を傾げるエミルを残し、私はレンリに連れられるがままバルコニーに身を隠した。
「レンリ。エミルも連れてきた方が良かったんじゃ」
「確かに。……すみません。気が動転してました」
レンリは青い顔で言った。
ヒルベルタにはあまり良い思い出がないからだろうか。
「サリア。お通しして」
フィリエルの声がして、閉じたカーテンの隙間から部屋の中を覗くと、ヒルベルタがサリアを押し退け強引に部屋の中へと入るところだった。
「あら。フィリエルの部屋って、とても可愛らしいのね」
久々に聞いた妹の声。懐かしさよりも、無作法な振る舞いに呆れてしまい溜め息が溢れた。
「ヒルベルタ……さん。こんにちは。お久しぶりね。何のご用かしら?」
「あら。これから私と貴方は義理の姉妹になるのですから、そんな畏まらないで~」
「姉妹? このお姉さんはフィリエルさんの妹さんになるの?」
「あら。何? この小さい子。私、子供は嫌いなの。邪魔だから部屋から追い出してちょうだい」
ヒルベルタのあまりの物言いに、エミルはフィリエルの後ろに身を隠し、フィリエルの声には怒気がこもった。
「ここは私の部屋です。エミル。気にしなくて良いですからね。――ヒルベルタ。嫌なら貴方が出ていってください」




