008 三人だけの秘密
「ボクが作ったから美味しいでしょ?」
エミルの自信たっぷりの言葉に、メルヒオール様は目を丸くして驚くと、柔らかい笑みを口元に浮かべエミルの頭にポンっと手を乗せた。
「ああ。これはエミルが作ったのか? 凄いな」
「えへへ。ほとんどコレット先生だけどね」
「ほぉ。料理が出来るのか?」
あんな風に笑うんだって見とれていたのに、私に向けられた顔には眉間にシワがくっきりと刻まれていて、さっき見せたあの笑顔は……幻だったみたい。
「コレット先生もレンリ先生も、お料理が上手だよね!」
「お食事は見よう見真似で簡単な物しか作れませんが、菓子なら得意です。妹が甘い物に目がなくて」
「コレット先生って妹がいるの?」
「ええ。……あ。メルヒオール様、おかわりしますか? 甘い方がお好みですよね。切り分けますよ」
甘い方を食べた時の方が何となく嬉しそうな顔をしていたから、きっとメルヒオール様は甘党だ。でも、メルヒオール様はより眼圧を高めて私の言葉を否定しようとした。
「いや。俺は……」
「えー。甘い方がいいの? 母様と一緒だ!」
「あら。フィリエルも甘い方が好きだから。エミルの味覚はお父様似なのかしら」
「そっか。何だか嬉しいなぁ。ボク、髪の色しか父様と似てるところなかったから」
エミルはサラサラの短い金髪に触れて言った。
そう言えば、紺碧色の瞳はメルヒオール様そっくりだ。
「発見できて良かったわね。メルヒオール様、訓練後で空腹なのですよね。あと何切れ召し上がりますか?」
「丸ごと食べたいくらいだ」
「へ?」
ボソッと呟くように言った言葉は、本気っぽいのだけれど、驚いた私を見るとメルヒオール様は咳払いした。
「いや。冗談だ。今日は後ひと切れでいい。次回はワンホールいただく」
「は、はい……」
顔は怖いままなのだけれど、冗談とか言うのね。
でも次回はまるごと食べたいみたい。
私の兄は、私が作った物は決して口にしなかったから、何だか嬉しい。
エミルはその冗談が面白かったみたいで、ケタケタ笑いながら嬉しそうにメルヒオール様の袖を掴んで何度も引きながら尋ねる。
「次回っていつ? 明日も食べたい?」
「次は明後日だな。……訓練後は甘いものが欲しくなるのだ」
「じゃあ、またコレット先生と一緒に作るね。今度はみんなで食べようよ」
「いや。フィリエルには言うな。使用人達にも」
まるでそれが当たり前だと言わんばかりにそう言い切るメルヒオール様。
「何故ですか?」
「おかしいだろ。俺が甘いものを好むのは」
「どうしてですか?」「何で?」
言葉が重なり、エミルと私は顔を見合わせて微笑みあった。
「別にいいじゃないですか。疲れた時は甘い物に限りますよね」
「あ! それ母様も言ってた! メルヒオールさん、やっぱり母様に似てる」
「そ、そうか? 取り敢えずこのことは他言無用だからな」
「じゃあ、三人だけの秘密ね。コレット先生」
「はい。承知いたしました」
その時、レンリとフィリエルが微妙な雰囲気で食堂に戻ってきた。行く時も揉めていたけれど、向こうでも何かあったようだ。
メルヒオール様はエミルに執務に戻ることを伝えると、二人に軽く挨拶して出ていった。
「お兄様、エミルの顔を見に来たのですか?」
「そうみたい。ねぇ、二人とも喧嘩でもしたの?」
「それが……」
「何もありませんよ。僕は運ぶものがあるので、皆さんでいただいてください。失礼します」
レンリはティーセットと紅茶缶をテーブルに置くと、厨房の奥へ他の荷物を運び、また食堂を出ていった。フィリエルは肩を落とし溜め息と共にレンリの背中を見送っていた。




