007 可愛い弟
エミルは教会近くの大きな木下で丸くうずくまって泣いていた。小さな背中は震え、すすり泣く声が微かに耳に届いた。
「エミル。大丈夫よ。みんな離ればなれになんかならないわ。ずっと――」
「でもっ。教会もお家も……なくなっちゃうんでしょ?」
「それは……」
「なくなっちゃうんだ。母様と一緒にいたお家も、みんなで遊んだ教会も……ボクの、大切な……」
「エミル……」
私は泣きじゃくるエミルを抱きしめた。母親を失っても泣かなかったエミルが、大粒の涙を溢れさせて私にしがみついていた。
「もしも家がなくなってしまっても、私もシスターもいなくならないわ。それに、お母様との思い出も消えたりなんかしないわ」
「でもっ。なくなって欲しくないんだっ。あんな変な奴に取られたくないっ。みんなで教会を守るって誓ったんだよ。僕達の剣にっ」
木の剣で初めて稽古をした時、みんなは剣に誓いを立てた。
教会を守る為にこの剣を振るうと。本物の騎士様みたいで格好いい、なんて笑顔を溢しながら。
エミルは悲しくて泣いているんじゃない。
悔しくて泣いているんだ。
「そうだね。誓ったよね。エミルは強い子だね。――少しだけ時間をちょうだい。シスターや町の人達で力を合わせたら、きっと良い方法が見つかると思うの」
「うん。分かった。……でも母様だったら、悪い奴はボッコボコにして二度と悪いことを言えないように痛い目にあわせてやらなきゃ駄目だって言ったと思う」
「へ?」
「だから、ぶりょくこうし!」
まさかエミルからそんな言葉を聞くとは思ってもみなかった。それに、あんな奥ゆかしい雰囲気の女性が武力行使を推奨するのも意外すぎる。
「エミルは、まだ剣を握り始めたばかりだから、私の許可もなしに人に剣を向けては駄目だからね」
「……うん。約束する」
すっごく不満そうだけれど、念のため言っておいて良かった。一人で突っ込んでいきそうだから。
「家に戻りましょうか?」
「うん」
手を繋いで歩き始めると、エミルがポツリと呟いた。
「ボク、一人ぼっちになるのかなって思ったんだ」
「え?」
「ただいまって言えるところがなくなったら、みんないなくなっちゃうでしょ」
「…………」
「母様が言ってた。ゲインズさんのお家に住めて良かったって。お家があるから、みんなが家族になれたって。だから、なくなったら――」
「エミル。なくなっても変わらないよ。そうだ! ひとつだけ、私とレンリの秘密を教えてあげるわ。――私達、本当は姉弟じゃないの。でも、一緒に助け合って……。あら? 私はレンリの助けになっているかしら?」
助けて貰ってばかりで、何も返せていない。
レンリにも、この町の人達にも。
「あははっ。変なのっ。コレット先生の弟って誰でもなれるの?」
「え? そうね。なれるかも」
「じゃあ、ボクも先生の弟になろうっと。いい?」
「……いいわよ。勿論歓迎するわ」
「やったぁ」
エミルはとびきりの笑顔で私を見上げ、繋いだ手をギュッと握り返した。
何とも可愛らしい弟が私に出来ました。
二人で手を繋いで貸家までの道を歩く。
エミルは繋いだ手を大きく振って歩き、何だか楽しそう。しかし、貸家が見えてくると、エミルは急に立ち止まった。
「あっ。さっきの悪い奴かな?」
「あれは――」
家の前には、馬車が止まっている。その隣には二頭の馬も繋がれていて、エミルは警戒し私の後ろにそっと隠れた。
でも、私はその馬車を知っていた。
乗せてもらったこともある。
碧き剣と盾の家紋が描かれた豪華な馬車。
これはラシュレ家の馬車だ。




