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服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳ぱんだ


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20/26

第20話 試合観戦

 今日は部活も、鍼灸院の予約も入っていない日だ。

 俺は帰宅後に贔屓球団の中継を見ることにした。


 ファシアに、新しく買った猫用ユニフォームを半ば強引に着せ、そのまま膝の上に乗せる。これで応援準備は完了だ。

 愛猫は服を着せられて嫌そうにニャーニャー鳴くが、軽くマッサージすればすぐに黙る。対処は楽なものだ。


 犬飼選手は今日はDHでスタメン出場している。

 彼はあれから頻繁に鍼灸院へ通ってくれた。

 四回ほど施術を重ねた結果、あれほど酷かった肩の筋肉も、なんとか一般的な萎縮レベルまで戻ってきた。


『犬飼選手、打った! 打球はライトへ――右翼手はすでに落下地点に入っています!』


 一打席目は、粘った末のフライアウト。

 解説によると、崩れていたフォームが最近はかなり戻ってきているらしい。


「ニャ!」


 そんなことを考えていると、膝の上で撫でられていたファシアが、ぴょんと床に飛び降りた。


 隣の仕事部屋の鍵が開く音がする。

 ファシアは尻尾をピンと立て、壁の穴から向こうへ消えていった。

 どうやら、綾辻先輩が『無料猫カフェ』を利用しに来たらしい。


「あら、可愛い! ファシアちゃん、今日は服を着てるのね!」


「ニャン!」


 穴の向こうから、楽しそうな会話が聞こえてくる。

 ……完全に愛猫を取られてしまった。


 しばらくして、今度は壁の穴から先輩の声が響いてきた。


「ヒノくん、なんでファシアちゃん、ユニフォーム着てるのー?」


「今日は犬飼選手がスタメンで出る試合なんで、一緒に応援してたんですよ」


「あ、そうなんだ! 私も混ぜてー」


 返事を待つ気はないらしく、先輩の足音がそのまま遠ざかる。

 そして、仕事部屋の鍵が閉まる音。

 ……この人、男の部屋に上がり込む気なんだろうか。


 玄関に行って鍵を開けると、すぐに先輩が入ってきた。


「あれ、ヒノくんの部屋、意外に綺麗だね! 合格!」


 そう言うなり、ベッドの下を覗き込み、つまらなさそうな顔をする。

 エロ漫画はクラウドに置いてるんで。そこにはないですよ。


 ファシアが壁の穴から戻ってきて、先輩の足に抱きつく。

 俺が隣にいても、この子は先輩のほうへ行ってしまう。

 やっぱり、綺麗な女の人のほうが好きなんだろうか。


「ベッドの上、座ってもいい?」


「あ、はい」


 ベッドの縁に並んで腰掛け、一緒にテレビを見る。

 先輩は、相変わらず楽しそうだ。


 表情だけを見れば、この人はいつも明るく、誰にでも愛想がいい。

 場の空気を和ませるのが、自然にできるタイプだ。


 ――だけど。


 多感な思春期を、人の表情を見れずに過ごしてきた俺には分かる。

 先輩は、感情を隠すのが上手い。

 志望校に落ちて浪人が決まったときですら、声だけは明るかった。


「きゃっ、ヒノくんの部屋に連れ込まれちゃった!」


 ……勝手に入ってきたのは、あなたのほうです。

 ちなみに今は、多分、人をからかって楽しんでいるだけ。

 長い付き合いだ。先輩の考えは大体読める。

 この人は言葉とは裏腹に、襲われる心配など微塵もしていない様子。


 この人は、自分の容姿を分かってこんなことをしているんだろうか。

 ……しているんだろうなぁ。


 ファシアを撫でていた先輩が、ふとこちらを見る。


「ねぇねぇ、犬飼選手って、今日はどこ守ってるの?」


「今日はDHです。守備にはつかず、打つだけのポジションですね」


 俺の言葉に頷きながら、あまり分かってなさそうな先輩。

 あ、そういえば。


「先輩、犬飼選手から本拠地のドームに招待されてるんですが、今度行きませんか? 球場裏も見学できるらしいですよ」


 ペアチケットをもらったのだ。

 彼女さんと一緒に、と言われた。実は彼女じゃないんだけど。


「その日、予定どうだったかな……」


 先輩はスマホを取り出し、予定を確認する。

 スマホの壁紙が俺のネコなのは、なんか複雑な気持ちだ。


「うん、その日大丈夫!

 ヒノくんがデートに誘ってくれるなんて、嬉しい!」


 デートという言葉に、自分でも分かるくらい、顔が少し熱くなる。

 たぶん揶揄(からか)われているな。


 そんな話をしていると、ファシアが俺の足元に来た。

 どうも、餌が欲しいらしい。足をテシテシ叩いてくる。


 高級ペットフードを皿に出す。

 最近はこれしか食べなくなり、正直かなり困っている。

 カリカリを出しても、そっぽを向いて食べてくれない。


「ファシアちゃん、最近高級ペットフードしか食べなくなって困ってるんすよね……あんまりお金ないのに」


「じゃあ、買ってきてあげようか!

 ファシアちゃん、私の飼い猫でもあるし!」


 違います。俺だけの飼い猫です。

 ……でも助かる。


 いつも揶揄(からか)われているし、ここらでリベンジするか。

 ベッドに置かれていた先輩の手を、両手で握る。


「ありがとうございます。嬉しいです」


「……もう! どういたしまして」


 不意打ちだったのか、先輩は珍しく恥ずかしそうにしていた。

 顔は真っ赤だ。


 ふふ。

 いつもドキドキさせられているお返しだ。


「ニャン!」


 なぜかファシアも、繋いだ手の上に乗ってきた。

 『遊んでるなら入れてほしい!』と言わんばかりだ。


 甘い空気は、一気に猫を愛でるモードへ切り替わった。

 全く、ファシアは可愛いなぁ。


「あ、犬飼選手の打席みたい」


 先輩の声で我に返る。


 場面はツーアウトの一、二塁。

 チームは一点差で負けている。


『犬飼選手、しっかり振り切れるようになってきましたね』


 解説が、犬飼選手のフルスイングに言及する。

 確かに、前よりも勢いがある。


 本人はスイングスピードが一割ほど上がったと喜んでいた。

 肩の負担もあるので、喜んでいいのかは分からないが、施術の効果自体は確実に出ている。


 画面では、犬飼選手が大きなフライを打ち上げた。

 今日は交流戦、甲子園での試合だ。

 甲子園は広い。入るだろうか。


「あ、これホームランじゃない!?」


「行くかな……あ、行きましたね!」


 打球は浜風に乗り、レフトスタンドの浅いところへ吸い込まれた。


 犬飼選手にとって、今季初ホームラン。

 しかも、試合の流れを決定づける、一打千金の一発だ。


 今季は不調が続いていた犬飼選手。

 功労者ゆえ表立った批判はないが、記録のための出場に疑問の声があるのも事実だ。

 そして、それを本人が一番気にしていることも、俺は知っている。


 試合はそのまま、二点リードで終了。

 ヒーローは、もちろん犬飼選手だった。

 お立ち台に上がる犬飼選手の目には、はっきりと涙が浮かんでいた。

 

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