アレクの迷案
目の前の傲慢な青年の依頼を、俺は条件付きで受けると返答した。
驚き絶句する青年だが、もっと驚いたのはマリーシェ達だった。
俺が目の前の青年に条件を出す。まさか話を聞くなんて思っていなかっただろうマリーシェ達、そしてグローイヤ達は、全員呆気に取られている。
「……はぁ? なんで依頼主の俺が、お前の要件を呑まないと……」
「吞めないなら、この話は無しだ」
「うっ……」
そんな俺の意見に反論しようとした青年だったが、俺が「断る」と明確な意思を示した為に、言葉に詰まって沈黙しちまった。まぁそこには、すこぉし威圧感を織り込んでやったんだけどな。
冒険者として修羅場を潜ってきた俺たちには、常人にはない「迫力」がある。女神の加護が働かなくても、これくらいの芸当はマリーシェだけじゃなくセリルにも可能だろう。
(ちょ……ちょっと、アレク)
無言状態となったタイミングで、マリーシェが俺に顔を寄せ小声で話しかけて来た。
(ああ言う依頼は、断るって話なんじゃないの?)
さっきまでのやり取りを考えれば、この依頼は断るのが筋だろう。特に、報酬が明確でないのは致命的だ。恐らくは、この青年もそこに考えが至っていないまである。
冒険者家業は、慈善事業じゃあない。安くても良い、どんな仕事でもやるってのはあり得ない話なんだ。
何せ、自分の命が掛かっているからな。どんなに簡単と思われる依頼であっても、その内容によっては自分や仲間が命を落とす可能性もあるんだ。
薬草採集なんて一見安全そうに見えても、向かう先は森や谷だ。遭難や滑落の危険性は当然、自分たちよりも遥かに強い魔物との遭遇も十分に考えられる。絶対に安全な場所なんて、例え街の中でさえあり得ないだろう。
だからこその冒険者だし、だからこそ一般人は冒険者に依頼する。そしてそこには、その依頼内容に見合った適正報酬があるんだ。
そこを飛び越えての話なんて無い。この青年はそこを完全に軽く見ているんだけど、その辺りをこいつは最後にどう対応するのか、そこにも興味があったんだ。
(騙されている事に気付いていないって訳じゃないんだ。話を聞いて判断しても遅くないだろう? それに……)
注意すべきは、相手がこちらを騙し利用しようとしている場合だ。それ以外ならば、相互に条件が合えばれっきとした依頼になりうる。
(熱意だけは本物のようだしな)
(それは……そうだけど……)
それに、彼の食材に賭ける本気度は相当なものだ。依頼の出し方には問題があるけど、今回のコンテストに賭ける想いは並みじゃ無い。俺の説明を聞いて、マリーシェは近づけていた体を離した。勿論、納得はしているように見えないけどな。
「……分かった。その条件ってのは何だ?」
相変わらず横柄で鼻に突く話し方だな。まずは、ここを改善しない限りは誰も相手にしてくれないだろう。
「そんなに難しい話じゃあない。その素材を取りに行く俺たちに、お前も同行してくれれば良いんだ」
「な……なんだとっ⁉」
俺の提案に、この青年は大きな声で驚きを露にした。面白いのは、それを聞いてマリーシェ達も全員が目を丸くしている。
「ちょ……ちょっと、アレク⁉」
「依頼内容は兎も角、こんな奴を連れて行くってのはどういう了見なんだい⁉」
青年が再始動を果たす前に、マリーシェとグローイヤが鋭く突っ込みを入れて来た。間違いなく、その他の面子も同じ心情なんだろうと思ってみれば。
「……ふむ、なるほどな」
「まぁ、悪い考えではないが」
「うっふふぅ……。アレクも、中々人が悪いのねぇ」
どうやらカミーラとシラヌス、そしてスークァヌは俺の考えを察したみたいだ。
「な……何故、依頼主の俺がわざわざお前たちに付いて行かないといけないんだ!」
そんなやり取りなんて耳に入っていないんだろう、動揺を隠しきれていないその青年は、何とか俺に反論してきた。
「なぁに、簡単な話だよ。お前……仮に俺たちが上等な食材を持ち帰って来たとして、俺たちに成功報酬を支払えるのか?」
提示されていない報酬を考えれば、こいつの考えている事なんて簡単に読み取れる。そして、そんな条件なんてまず普通の冒険者なら吞まないって事もな。
「そ……その食材で、俺は必ずコンテストで優勝して見せる! 報酬は、その賞金で……」
「……アホちゃうか」「誰がそれを信じるってんだ」「……話にならない」
想像通りの返答を聞いて、サリシュとヨウ、バーバラが即座に突っ込みを入れていた。これ見よがしの態度と声音は、敢えて青年に見せつけているみたいで、それを耳にした青年は顔を赤くしていた。それが怒りなのか、それとも羞恥なのかは分からないけどな。
「……その条件で、お前なら受けるのか?」
「ぐっ……」
ここにきて、ようやく自分が突飛な事を言っていると理解したのか、簡単に返した俺の言葉に、その青年は言い返す事も出来ずにいた。俯き、悔しそうに歯を食いしばっている。
「だからさ、お前も俺たちに同行しろって言ってるんだよ。道中の食事をお前が担当するって言うなら、俺たちへの成功報酬も格安にしてやるって提案だ」
そんな青年に、俺は助け舟の様なものを出してやる。……いや、今の青年には、間違いなく助言に聞こえただろう。
「そ……それだけで良いのか?」
「ちょっと、アレクっ! 本気なの⁉」
明らかに、俺たちが大損する提案だ。それでも、目の前の青年は俺の本意に気付きもしない。そして、マリーシェは驚き俺に確認してきた。
「ああ、本気だよ。少なくとも道中は旨い物が食えるじゃないか。……まぁ、腕の方は知らないけどな」
「そ……そりゃ、そうだけど。……って、そうじゃなくって!」
俺の返答を聞いて、いったんはマリーシェも納得しかけていた。冒険者と言っても、料理の腕に自信がある訳じゃあ無いからな。野宿の際の夕食の内容は同じようなものばかりで、味付けもマンネリだ。
野営の際の食事に文句を言っても始まらないんだけど、出来るなら旨い物が食いたいってのは心情だよな。
それでもマリーシェは、もう1つの方の問題を危惧していたんだ。
もう1つの問題、それは言うまでもなく……足手まといの件だ。
冒険の経験もなく、それどころか戦う術も持たないだろう素人を連れて歩く危険性。もしかするとこいつは、女神の加護さえ身に付けていない可能性もある。
そんな奴をパーティに入れれば、間違いなく足を引っ張られる。下手をすれば、自分たちにも身の危険が迫るかも知れないのだ。
「あらぁ……本当にアレクは、面白い事を考えるのねぇ」
誰もが、厄介事を引き込もうとしているようにしか見えない俺に対して、スークァヌだけは見透かしているようだ。ほんと、こいつは油断ならないよなぁ。
「そんな事なら、お安い御用だ。毎食、旨い物を食わせてやるよ!」
俺の言葉を深く考えもしない青年は、二つ返事で引き受けた。こいつの頭の中では、恐らく貴重な食材が手に入り、コンテストで優勝……とまでは行かなくても、好評価を受けている姿が浮かび上がっているんだろうなぁ。
「それなら、契約は成立って事で良いな。それじゃあ、自己紹介と行こうか。俺の名はアレックス。みんなからはアレクって呼ばれている」
「俺の名はコロシネ=エアガイツだ。この名はいずれ、料理界で響き渡るからな。今から覚えておいて、損は無いぞ!」
さっきまでの不利な状況が一転、自分にとって好転した事が嬉しかったんだろう。コロシネは満面の笑みに自信を取り戻して、聞いていない事まで加えて自己紹介をしたんだ。
俺が名乗ったんだ、マリーシェ達も次々に自己紹介を開始する。もっともその態度はおざなりで、とても歓迎しているようには見えなかったけどな。そしてコロシネの方は、そんなマリーシェ達の心情に気付かない……いや、興味さえ抱いていない様だった。
「それじゃあ、準備もある。出発は明後日早朝って事で、この酒場の前に集合だ。コロシネ、お前も準備をしておけよ」
「ああ、了解だ。それじゃあな!」
俺の言葉を聞いて、奴は嬉々としてこの場から去って行った。
残された俺たちは、何とも微妙な空気の中にいたんだけどな。
「……アレクゥ。後で、ちゃあんと説明してもらうでぇ……」
そんな中で、ポツリと齎されたサリシュの低い台詞が……俺には心底怖かった。
コロシネとの話も終わり、依頼受ける事となった。
それは良いんだけど……サリシュを始めとして、皆の問い詰めるような視線がとても痛い。




