傲慢不遜な依頼者
騒がしく人目を引いている1人の青年。
そんな青年は、周囲の冒険者へ向けて暴言を吐いており、何とも空気が悪くなっている。
こりゃあ……あれだな。
俺たちの視線の先では、1人の青年が周囲の注目を集めていた。もっともそれは、苛立ちや怒りと言った、ちょっと褒められたものじゃあないんだけどな。
「まったく、ここにいるのは役に立たないボンクラばっかりなのかよぉっ!」
ただ彼の発言を聞けば、そりゃあこめかみに青筋を立てて突っかかって行く輩がいない訳ないよなぁ。
「あぁんっ⁉ 俺たちのどこが役に立たないってんだよぉっ⁉」
言ってるそばから、1人の屈強な戦士が食って掛かっていった。もっとも、見るからに一般人なその青年相手に、流石に掴み掛りはしなかったけど、状況としては今にも取っ組み合いになりそうだ。
「俺を満足させる、兎に角今までに見た事のない食材を探し出して来いって言ってるんだよっ! それが出来ないんなら、役立たずと言われても仕方がないだろうっ⁉」
そしてその理由を聞けば、一気に毒気を抜かれるってもんだった。
普通に冒険者へ依頼をするなら、その内容は詳細に伝えるべきだ。それを元にして冒険者は自分の力量と測って受けるかどうかを思案する。そりゃあ、受諾料が必要なんだから、達成不可能な依頼なんて誰も受けたくはないよな。
でもこの若者の依頼は、余りにも大雑把すぎる。言うなれば、今回のコンテストの受賞条件みたいなもんだ。結果の合否は、依頼主の匙加減だって言ってるようなもんだからな。
「はぁ……。お前ぇ、ギルドで依頼をするのは初めてだろう? そんな言い方じゃあ、誰もお前ぇの話なんか聞かねえぞ。ま、これが最後の忠告って奴だ」
青年に食って掛かった冒険者も、やはり俺と同じ考えなんだろう、白けた顔をして助言めいたものを与えその場を去って行った。見てくれは兎も角、かなり優しい冒険者だったんだろうな。
「……ちっ。誰も、お前なんかに期待してねぇよ! ……他に誰か、俺の依頼を受ける奴はいねぇのかっ!」
去って行った冒険者の発言通り、こいつはギルドで依頼をこなして貰うのは初めてなんだろう。依頼自体はした経験があるかも知れないけど、誰も受諾しなかったんだろうな。
その後は、彼がどれだけ喚こうが挑発しようとも、誰も反応しなかったんだ。まぁ、そりゃあそうだろうけど。
「お……おい、アレク。あれって一体……」
そんな一騒動を目の当たりにして、セリルが俺に状況説明を求めて来た。俺はとりあえず全員を引き連れて、依頼を張り出している掲示板に近いテーブルへと誘った。
「あれは、受けてはいけない典型的な依頼だな」
全員が席に着いたのを見計らって、俺はセリルたちに説明を開始した。内情を把握しているみたいなグローイヤ達だけど、彼女たちも同席するみたいだ。
「何が、どうあかんのん?」
確かに、彼の依頼は耳で聞く分にはおかしくないように思える。だけど、書面に起こせば一目瞭然だ。
だから俺は答える前に、既に張り出されている依頼書を1枚受付から持ってきて、それとは別に、真新しい依頼書にあの青年が口走っていた内容を書き記した。
「これが、掲示板に張り出されていた依頼。そしてこれが、今そこで喚いている男の依頼内容だけど……どう思う?」
テーブルの中央に差し出された2枚の依頼書を見比べて、マリーシェ達が思案していたんだけど。
「……目的が……曖昧過ぎる」
まずは、バーバラが。
「それに、報酬も書いてないわね」
次に、マリーシェが。
「それだけではないぞ。達成希望期間も書かれていない」
そしてカミーラが、次々とその違いを発言していった。うむ、概ね合っているな。
それ以外に違いは見いだせなかったからか、マリーシェ達の視線が俺に集まった。
「さらに言うと、注意事項や特記事項も抜けているんだ。仮にあの青年が食材を望んでいるなら、食材の鮮度や状態も必要だろう。それらを考えれば、この依頼の難易度はかなり高いし、報酬もそれなりでないと割に合わなくなるんだけど……」
そういって、未だに部屋の中央で周囲の冒険者を煽っている青年に目をやれば、その姿から色々と察したマリーシェ達が失笑を零していた。
俺たちが同年代の冒険者より抜きん出ていると言えば、それは間違いなく「出会い」だろうな。
俺たちは運よく、クレーメンス伯爵と懇意になる事が出来た。だから、裕福な人たちの服装も、少なくない頻度で目にする事が出来ていたんだ。
伯爵は、俺たちの前では普段着で現れていたんだろうけど、それでも上品で高価な物だと理解できていた。伯爵やその娘のシャルルーと親しくなったおかげで、目だけは肥えているからな。
で、あの青年はと言えば、見るからに一般人……多分、俺たちと同程度の生活水準だろう。それを考えれば、この依頼に対しての十分な報酬は期待できない。
周囲の冒険者たちは、それが分かっているんだろうな。だからこそ誰も相手にしないんだけど、それさえもあの青年は分かっちゃいない。
「まぁ、掲示板にも張り出していない、直接的な依頼ってのには必ず裏がある。それを忘れない事だな」
「さっきの詐欺師と似たようなものね」
「……確かにな」
マリーシェがそれに気づいて独り言ち、セリルがそれに頷いていた。応用例がすぐに体験できたってのは、物事を覚える上での反復って意味では丁度いい事例だったな。
「お前たち、駆け出しの冒険者だな?」
今回の状況とさっきの件で得た経験を話し合っていた俺たちの背後から、突然若い男の声が話し掛けて来た。全員が一斉に振り向いた先には、つい今しがたまで部屋の中央にいたあの青年が立っていたんだ。
「……何か用かい」
凄まじく不愛想に、真っ先に応答したのはグローイヤだった。彼女の雰囲気は、もはや戦闘態勢のそれと大差ないな。
「見たところ、依頼の吟味をしているようだな。もし良ければ、俺の依頼をお前たちに任せてやっても良いんだが?」
この見るからに傲慢、聞くからに不遜な物言いは、彼が冒険者をどのように考えているのか、その勘違いの度合いが分かろうってもんだ。仮にそれが分からなかったとしても、普通に相手を不快にさせる話しぶりだよな。
「はぁ? こっちは、あんたになんか用はないんだけど?」
「おととい来ぃってやつやなぁ」
これ以上ないって雰囲気と視線で、マリーシェとサリシュが返答する。この態度でこの台詞を浴びせ掛けられたら、なまじ美少女な2人だけに普通の者ならば委縮して撤退する事だろう。
「お前たちは冒険者なんだろう? それに今、依頼を探している最中じゃないのか? 俺がわざわざ、その依頼を提供しようって言っているんだが?」
でも、こいつにそんな辛辣な対応は無意味みたいだ。厚顔って訳じゃなく、本当に俺たちを見下して横柄になっている事にさえ気づいていないんだな。
改めてこいつの風貌を観察する。まず真っ先に目につくのは、何とも挑戦的と言うか野心的なその相貌だろうか。ギラギラと燃えるような赤い瞳が、俺たちの方へと向けられている。そこには、明らかな卑下や侮蔑が含まれている。恐らく、冒険者を金で雇った使用人か召使い程度に考えているんだろうな。
やや長めの黒髪を、無造作に後ろで縛って止めてある。中肉中背、身長も特に高くなく低くない。とりたてて特徴のない風体だ。年齢は、俺たちよりも少し上くらいだろうか。
「その依頼ってのは、さっき叫んでいた珍しい食材を取って来るってものか?」
この手の輩は、俺たちが使えない一団だと見切るか、激怒するかしないと自分から去って行くって事は無い。つまり、延々と話が続くって事だ。だから俺は、奴の話に乗った振りをしてやった。
「そうだ! 俺は今回のコンテストで入賞して、料理人として認められるつもりなんだ!」
食ってのは、食材さえ良ければ美味いものが作れるって訳じゃあ無い。調理の腕、素材の旨味、料理全体のバランスまで。ただ奇異を狙っても、多分認められる話じゃあない。
それでもそこに拘っているってのは、まだまだ経験が足りていないのか、余程自分の腕前を過信しているのか。
「だからお前たち、俺の依頼を受けて、期日までに珍しい食材を持ってきてくれ」
曖昧な対象、報酬の明示は無し。単に願望だけを口にして、何でその依頼を受ける者がいるっていうのか。余程こいつは、食の世界だけに入り浸り、世間の常識が疎いんだろうなぁ。
だからこそ、少し興味が出て来たともいえる。
「そちらの条件を引き受ける代わりに、こちらの提案も飲んで貰えるなら検討しても良いが?」
俺が奴にした返答を聞いて、マリーシェ達どころかグローイヤ達も目を丸くしてビックリしていたんだ。
普通なら、こんな奴の話なんて聞くに堪えない。
でも俺は、そんな奴にある提案を持ち掛けたんだ。
周囲の疑惑を含んだ眼が、全て俺の方へと向けられた。




